179. 赤翼隊(8月9日)
サモラの言葉に甘えて、俺達はのんびりと赤翼隊野営地へと向かった。
“街の南東”という曖昧な表現でしか所在を聞いていなかったが、従軍経験のあるカミラとソフィアにはピンと来たらしい。迷う事もなく案内された場所には確かに黄色地に赤い双頭の獅子の旗が掲げられた野営地があった。
「やっぱりここだったか」
「私達の時も集結地点はここだったものね」
頷き合う2人の様子から察するに、エルヴァスを経由ないしは駐屯する国軍の野営地とはこの場所らしい。伝令役の少年が迷わず辿り着けるのも頷ける。
「何だ貴様ら!此処で何をしている!」
鋭い誰何が飛ぶ。街の衛兵とは違うな。
だがカミラの返答に続く言葉は少なくとも俺の意表を突くものだった。
「アルカンダラから来た魔物狩人だ。指揮官は何処か!」
「何だと!魔物狩り風情が偉そうに!此処がシドニア伯の陣と知っての狼藉か!」
ほほう。確か王国法とやらでは“ 魔物からの地域防衛指揮は3人以上の魔物狩人から選抜された1名を指揮官の任に充て、王国軍がそれに協力する”んじゃなかったか。
これまで接してきたナバテヘラやリナレス、或いはカディスの衛兵達は協力的だった。
赤翼隊が吸血鬼を狩り出すために動いたのならば、法の定めに従って俺達に協力するのが筋というものだ。
だが目の前に集まってくる兵士達は友好的な目をしてはいない。
カミラと娘達が静かに臨戦態勢に入る。
「面倒ね。纏めてお仕置きしようかしら」
物騒なことを呟くソフィアの肩に手を置き娘達を留め、そのまま兵士達に向き直る。
「任務の邪魔をするようで悪い。俺達はルシタニアのアルテミサ神殿から派遣された神官と狩人だ。この先に凶悪な魔物が出ると聞いている。その件で指揮官と話をさせてほしい」
“神官だと……”とか“アルテミサ神殿が動いてくれたのか”といった呟きが拡がっていく。神殿の権威を借りるようで若干後ろめたい気もするが、事実はどうあれ嘘ではない。
「何の騒ぎか!」
兵士達の後方で男の声がする。落ち着いた、しかしまだ若い男の声だ。
と、俺達を取り巻いていた兵士達が一斉に整列した。まるで俺達と男の間に海が割れたかのようだ。
「シドニア伯ガスパールの御出ましね」
俺の傍らのソフィアがそっと耳打ちする。
「その方等、何者だ。見たところただの旅人でもあるまい。手にしているのは武器か?」
彼が注視しているのはカミラが担いだ三八式歩兵銃と俺の手の中にあるG36Cだ。三八式歩兵銃は着剣しているから、柄がゴツい短槍に見えなくもない。
「ルシタニアのアルカンダラから来た魔物狩人とアルテミサ神殿の者です。この隊の指揮官とお見受けします」
「確かに我が赤翼隊隊長、ガスパールである。その方等名を名乗れ……いや、その顔見覚えがあるな。まさか……」
ガスパールがカミラとソフィアの顔を交互に見る。
「お前は邪眼の……と言うことはまさか……黒薔薇か?」
「やれやれ。此処でもその名は付いて回るのか」
軽く肩を竦めて首を振るカミラの姿が2人の心情を語る。
「仕方ないですわ。北方では向かうところ敵なしの黒薔薇でしたもの。貴方も出世なさったわね。今では飛ぶ鳥も落とす勢いとか」
「なんだソフィア、知り合いか?」
「あら。貴女も知らない仲ではないはずよ。ユーレの砦、私と貴女が初めて会った夜のこと、覚えているでしょう?」
何やら思い出話に逸れそうな気配を察したのか、ガスパールの顔色がみるみる変わっていく。
「とにかく!この手紙にある子連れの魔物狩人とはお前達で間違いないんだな!」
“子連れ”という表現が気に入らないが、世間一般の目からすればルイサとグロリアは間違いなく子供だし、元の世界の常識からすればイザベルやアリシア、俺でさえ見た目は成人に見えないかもしれない。
「そうよ。だからさっさと案内してもらえると助かるわ」
カミラの態度はあくまでも上からである。旧知の仲かもしれないが、伯爵にして王国軍の一部隊長に対してその態度は如何なものか。
内心ハラハラしている俺をひと睨みして、ガスパールが踵を返した。
◇◇◇
ガスパールに案内されたのは野営地に一張りだけ張られた天幕であった。天幕の中央には大きな机が置かれ、羊皮紙に描かれた地図が広げてある。奥には簡単な寝台と水差しとランプが置かれたサイドテーブル。奥に控えている兵士は彼の従卒か護衛か。此処が指揮所兼ガスパールの居室らしい。
「それで、人狩りの名高い赤翼隊が、どうして出張ってきているのかしら。魔物狩りなんか狩人と衛兵隊に任せておけばいいと思うのだけれど」
口火を切ったのはソフィアであった。
机の向こう側で仁王立ちするガスパールは、苦々しげに唇を歪めた。
「人狩りか。民草にそう揶揄されているのは知っている。まったく、誰の為に汚名を被っていると思っているのか」
「カミラ、人狩りってどういう事だ?赤翼隊は国軍の最精鋭ではないのか?」
俺の傍らで三八式歩兵銃を担いだままのカミラに尋ねる。俺達の後ろに控える娘達から緊張した気配が伝わってくる。
「文字どおりの意味だ。確かに彼らは最精鋭の部隊だ。過酷な戦場においても大半が生還するし、彼らが投入された戦いは必ず勝つとも聞いている。対人戦闘の専門部隊。だが実態は……」
「そこまでだ。お前達とは共闘するんだ。俺から話す」
カミラの話を遮り、ガスパールが言葉を繋ぐ。
「懲罰部隊。それが今の赤翼隊だ」
懲罰部隊。ナチスドイツや旧ソ連軍に実在した執行猶予大隊や懲罰大隊のようなものか。脱走兵や刑法犯罪者を集めて構成された攻撃特化型の部隊だ。
それと同じならば此処にいるのは……
「だが勘違いするな。全員が前科持ちってわけじゃない。例えばそこにいるルイスは娼館上がりってだけだ。貧民街でくたばっちまう所を保護されて、今は俺の副官をやっている」
ルイスと呼ばれた若い男が軽く頭を下げる。
「まあ座れ。今のお前さん達の顔を見て、きっちり説明せねばならんことがよくわかった」
ガスパールに促されて、テーブルに着席する。
簡単な自己紹介をする過程で、アイダ ローランとビビアナ オリバレスの名を聞いてガスパールの態度が少し変わった。
アイダの実家は首都タルテトスで代々続く王国騎士の家柄だし、ビビアナの実家はルシタニアで序列3位、タルテトス王国全体でも序列8位の侯爵家らしい。ビビアナ自身には爵位はないはずだが、目上である侯爵家の娘を無下には扱えないのも事実なのだろう。
「いいか。この国で家業も継げず手に職もない奴らが生きていくには、そんなに選択肢は多くない。軍に入るか狩人になるか、開拓村の一員になるって方法もある。だが衛兵隊の身元調査は厳しいし、狩人になるには魔法がある程度使えないとすぐに死ぬ。それはお前さん達も骨身に感じてるはずだ」
アリシア達3人娘が首を縦に振る。彼女達は同じパーティーの仲間を探索で失っているから、実感としてあるのだろう。
「それではそんな奴らはこの国で生きていくことさえ許されないのか。そうではあるまい。何らかの受け皿さえあれば、誰もが生きていく道があるはずだ。そんな奴らを集めて俺の祖父が編成した隊が赤翼隊だ。任期満了と共に戸籍と仕事の斡旋をするという契約でな」
「それならば懲罰部隊などと卑下することもないのでは?良い行いのように感じますが」
思わず口を突いて出た俺の言葉に、ガスパールは唇の端だけで笑った。
「“良い行い”か。そうだな。そうだったはずだ。だがいつしかその意志は薄れ、新しい戸籍を得る為に入隊してくる奴らが増えてきた。どこかの街を追われた者、人を殺めた者、そういった奴らはいくら大人しくしていても雰囲気でバレる。そのうちに他の隊を追われた奴らまで潜り込むようになった。お陰で俺達はどこの街に行っても怯えられる様だ」
「だから街の人々の様子が怯えているように見えたのですね」
「それは俺達だけのせいでもないだろう。状況を説明したほうが早いか」
ガスパールがテーブルに広げられた地図の一点を指差した。





