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175. ルイサの覚醒②(7月31日)

端的に記せば“何がなんだかわからない”という一行で済む。

それぐらい直後の俺達は混乱していた。

初陣を果たしてゴブリンを倒したルイサが、緑色の瞳に青みがかった髪の少女が突然眩い光を発したかと思うとフワリと浮き上がったのだ。まるで重力など無いかのように。

そして再び強い光に襲われた俺達が目を開けると、そこには一対の白い翼の天使がいたのである。


ルイサの手を握っていたはずの俺の右手は、宙に浮かぶ天使の手を握っている。

つまり……


「ルイサ……か?」


目の前の天使は確かにルイサの顔をしている。青みがかった髪もルイサのものだ。目を閉じているから瞳の色は見えないが、違うのはその背中に生えた一対の翼。よく見れば両の足首からも小さな翼が生えている。

その天使がゆっくりと目を開いた。


「お兄さん?」


その声は紛れもなくルイサのものだ。

そして俺のことを“お兄さん”と呼ぶのはルイサしかいない。


「ルイサ!」


彼女を引き寄せ抱き締める。

と、背中に生えていた翼がみるみる小さくなっていく。

“生えて”という表現は適切ではないかもしれない。

翼の付け根は彼女が着ている服の僅かに外側にあるのだ。背中側の布地は破れることもなくきちんと続いている。

縮んだ翼は子供の手の平よりも小さくなり、それでもパタパタと羽ばたいている。それに比例するかのように腕に掛かる彼女の重みが戻ってくる。


「ルイサ!」


今度は娘達が一斉に集まってルイサを抱き締める。

俺はそっとその輪の中から離れた。あとは娘達に任せればいい。

それよりも、あの光と翼はいったい何だ。


◇◇◇


その夜はルイサを囲むようにテントに入っていった娘達に代わって、カミラとソフィアが不審番に就いてくれた。

グロリアは結局目が覚めなかったらしい。あの騒ぎでも起きないとなると単に意識を失っているのではないかと心配になるが、ソフィアに言わせれば“いつもの事”らしい。


焚き火を囲んでの話題は当然ルイサのことになった。


「有翼種」


「神使では?」


俺の問い掛けにカミラとソフィアが呟く。

“神使”か。

“天使”あるいは“御使い”の概念が固定化されたのはユダヤ教やキリスト教といった一神教によるものが大きい。

一方でソフィアが表現した“神使”とは多神教で言う神の眷属だろう。よく知られた神使は稲荷神社の狐や天満宮の牛だ。

ギリシャ神話ではヘルメスが使者として赴く姿が描かれている。


「カミラ、その有翼種とはなんだ?」


「神話というか御伽話に出てくる古の種族。Arpíaの親玉ね」


「そのアルピアとは?それが有翼種なのか?」


「いいや違う。アルピアは絶滅したとされる有翼の魔物だ。上半身は女の姿、下半身と腕は鷲。街道沿いの森や崖の上空から旅人を襲い、食糧を掠めとっていったらしい」


つまりギリシャ神話に出てくるハーピーか。

確かハーピーは虹の女神の眷属だったはずだ。

そしてルイサは虹の神イリスの加護を受けている。


「ルイサさんはイリス様の強い御加護を受けていると聞いております。とすれば、イリス様がルイサさんを神使にされたのかもしれませんわ。御自身のお姿を写されて」


「虹の女神イリスには翼が生えているのか?」


「あら。カズヤさんはご覧になったことがありませんの?大抵はどこの神殿にも絵画か彫像がありますのに」


「カズヤは南の出身だからな。アルカンダラでも神殿には近寄らせていない」


「そうですの。まあ力ある者が神意に頼るものでもないですわよね。そもそもカズヤさんは」


「ソフィア。俺のことはいい。それよりもだ」


ソフィアに任せると話が飛躍しそうだ。ここは話の腰を折らせてもらう。


「ルイサが女神イリスの神使になったとしてだ、その“神使になる”のはよくあることなのか?」


「神殿におりますと、それはそれは様々な話を耳にします。自称他称を問わなければ大勢おられますわ。石を投げれば神使に当たるほどではありませんけど」


そんなに大勢の神使がいるのか。仏教徒でも悟りの境地に至る者はごくごく少数だと思うのだが、この世界ではそうでもないのだろうか。


「ソフィア。カズヤを揶揄うのは止せ。カズヤもこんな女の言うことを真に受けるな。喰われるぞ」


そうだった。ソフィア メルクーリ。この亜麻色の髪の女の二つ名は“邪眼のソフィア”である。その温和な表情とは裏腹に、自分より魔力量が少ない相手であれば自分の意のままに操る固有魔法を使うらしい。

俺や娘達は並の魔法師や魔導師とは比べ物にならない魔力量だから支障はないはずだが、どうやら邪眼の力は魔力総量だけが発動条件でもないらしい。

事実、昼間の戦闘ではソフィアがひと睨みするだけでゴブリンやオーガの突進を止めている姿を目撃している。

もしかしたら魔力とは気功や発勁で言う“気の力”に近いのかもしれない。


「カミラ。さっきのアルピアというのは魔物だろう。ルイサは魔物だったと考えているのか?」


自分で口にするのも悍ましいことである。ほんの数週間とはいえルイサはパーティーの一員として寝食を共にした仲間である。妹のように可愛がっていた娘達はもとより、一角オオカミのフェルもルイサにはよく懐いていた。そんなルイサが魔物であったとは考えられない。


肩ポケットからタバコを取り出し火を点ける。

が、どうにも空気が湿っているのか手間取る。


「アルピアは低級の有翼種だ。魔物にもいろいろなクラスがあるからな」


「クラス?」


「ああ。大きさや魔力量、高位の魔物になれば魔法も使うようになる。例えば人型の魔物では小鬼が低級の魔物だ。最も数が多く魔力は弱い。大鬼、豚鬼(トロー)と力が強くなり、最も上位種はDuendeだ。ここまでいけばもう神々と同格だ」


ドゥワンデという魔物の名は初めて聞く。


「ちょっと待ってくれ。今、魔物と神々を同列に扱わなかったか?」


少々虚を突かれた感がある。

俺が持っていた異世界ファンタジー物の定番といえば、神界と人間界以外に魔界があり、魔界の侵略を受ける人間達に対抗手段として神々が与えた力が魔法やチート能力というのが定番だ。

ところが今カミラが言ったのは、魔物と神々を同列に扱う言葉であった。


「あら。その通りですよカズヤさん。人に仇なす存在が魔物、人と共存し気まぐれに恩寵をもたらす存在が神。カズヤさんがもっと強大な魔力を扱うようになれば、いったいどちらになるのか楽しみですわ」


経緯はさておき、ソフィアは神殿から派遣された者だ。そのソフィアが発する言葉には重みがある。

そしてそんなことを楽しみに待たれても困る。

だが例えば娘達が、アリシアやアイダやイザベルやルイサがどこかの国家に謀殺されるようなことがあれば、間違いなく俺はその国に対して牙を剥く。どんな手を使ってでも復讐しようとするだろう。

そうなれば俺は魔物と、あるいは魔人や魔王と呼ばれるようになるのかもしれない。


「話を戻そう。結局ルイサの身に何が起きていると思うんだ?」


「有翼種は古の種族だ。ルイサの先祖が遠い西の島に住んでいたらしいとは聞いている。その島が有翼種終焉の地で、その血が混じっていて……」


「有翼種は虹の女神イリス様の眷属です。イリス様の強い御加護を得ているルイサさんがそのお姿を写すのは当然ですわ」


この2人の話は全く噛み合ってはいない。

いずれにせよ、貧民街出身で養成所では不遇を囲っていたルイサは、実は何やら特別な存在だったか存在になったかなのだ。

彼女がこの先、彼女の希望どおりの魔物狩人(カサドール)になれるのか、魔物狩人(カサドール)であり続けられるのか、俺達は見届けなくてはならないだろう。


ポツポツと冷たいものが頰を打つ。


「本降りになりそうね」


カミラが呟く。

静寂を突き破り、雨音が近づいてくる。

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