表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/249

172. 遭遇(7月30日)

翌日からは本格的に田舎道となった。

すれ違う人々も極端に減り、代わりに魔物の反応が増える。

昨夜の不寝番はカミラとソフィアの元軍人の2人が進んで行ってくれた。積もる話もあっただろうし、娘達も2人の間に割り込もうとははしなかった。そのせいか2人は馬車の荷台に乗り込み、さっさと睡眠モードに入る。

馬車の御者役は馬の扱いの上手いアリシアが、道案内は王都タルテトス出身のアイダが引き受け御者台に座った。


街道は幾つかの森や林を抜け小川を越えて、緩やかなカーブとアップダウンを繰り返しながら小さな村々を繋いで延びていく。

乾季でもある今の季節は“小川”だが、雨季である冬やニーム山脈からの雪解け水が流れ出す春先には増水し、大地を潤すようだ。


人荷の行き交う街道では大人しかったイザベルが急に生き生きとしはじめたのは、森と自然を愛するハーフエルフの血のせいだろうか。度々フェルを伴い森の恵みを求めて荷台を降りて駆け出す。その都度健気について行くルイサはともかく、ルイサに手を引かれて半ば引き摺られて行くグロリアも両手いっぱいに果物を抱えて笑顔で戻ってくるから、そんなには嫌がってはいないらしい。

イザベルとルイサは収穫物を自身のポーチに入れてくるから身軽なものである。

そういえば収納魔法を掛けたポーチやリュックサックの存在に、ソフィアは驚きもしなかった。彼女も身の回りの品物や当面の食料、護身用の武器を自分のポーチに入れていたのである。


「神殿に入る前に世話になっていた商人から餞別で貰ったんですの。便利よねえ」


とか何とか言ってはいたが、自分の邪眼の力で頂戴してきたというのが真実だろう。


◇◇◇


ルシタニアの州都アルカンダラからバルバストロとの境界までは直線距離でおよそ200kmほど。街道に沿って進めば300kmほど。全行程が平坦ならば馬車でおよそ1週間というところだが、道は緩やかに登っているようだ。


「そうですわね。ルシタニアよりもバルバストロのほうが高地です。と言うよりタルテトス王国の領地の中でもルシタニアは低地の部類です。ニーム川が流れ降る所がルシタニアですから。見てくださいな、あちらに見えるのがニーム川の源、ニーム山脈ですわ」


結果的に俺の話し相手は専らビビアナである。

そのビビアナが指し示す方向の木々の隙間からは、長大な山々の連なりが顔を覗かせている。

季節は夏だというのに山頂は白く化粧されたままだ。標高でいえば2000〜3000m級だろうか。

この山脈が魔物の領域と人間の領域を隔てている。魔物は(もちろん人間もであるが)この山々を越える事が出来ずに、人間の領域に大挙して押し寄せる事が出来ずにいる。それでもルシタニアの南東域、海に突き出た半島の付け根辺りでは山脈も途切れ、そこから魔物が進出してくる。その数が極端に増えた時が“大襲撃(グランイグルージオン)”だ。

この大襲撃はおよそ70年周期で起きると言われている。前回の大襲撃の終焉から74年ほど経過しているらしいから、今はまさに大襲撃がいつ起きてもおかしくない時期に入っているらしい。


しかし現時点での田舎道は平和そのものである。

7月の終わりといえば酷暑に至る寸前の茹だるような暑さのイメージだが、この世界の7月は半袖一枚で過ごしやすい気温だ。体感温度は25℃を少し越えるぐらいだろう。

森に近づけば鳥の囀りの混じって蝉の鳴き声が聞こえてくるようになったのも7月に入ってのことだ。

この世界のセミは羽根が茶色で、いわゆるアブラゼミのような外観をしている。違うのはサイズだ。

アブラゼミはだいたい体長6cmぐらいだが、今シャワシャワと鳴いているセミは体長8cmを超え、羽根を拡げた大きさは大人の手の平ほどにもなる。

一度イザベルがニコニコしながらアリシアに差し出したら全力で叩き落とされていた。いくら狩人といえ、生理的に無理なものは無理という事らしい。

幸か不幸か俺にはさほどの拒否感はないが、それでも森の中を移動中に突然目の前に飛んできた時には思わず悲鳴を上げて笑われたものである。


そんな平和な一日の行程が終わりに差し掛かった時の事であった。


◇◇◇


「お兄ちゃん、気付いてる?」


毎度の森の恵みの採集作業から戻ってきたイザベルが、俺に耳打ちする。


「ああ。進行方向に向かって2時の方向、妙に反応が集まっているな。1kmぐらい先か」


周囲300mの範囲の探知魔法(スキャン)は常時発動させているが、長距離索敵魔法(レーダー)は使用を控えている。索敵能力が高すぎて、同じく索敵魔法や探索能力に優れたイザベルやビビアナの訓練に支障が出るからだ。

しかしレーダーを常時使わなくなったからといって、俺達のパーティーの索敵能力が下がったという事は無い。魔力量が桁外れになった娘達が俺と同じく探知魔法を常時発動することによって周囲数百mに渡って監視網を敷いているし、イザベルのように収穫という名目での突出により索敵を行ってもいる。

その結果、レーダーを使うのと同じぐらいの範囲を監視出来ているのだ。


昼過ぎには起きていたカミラとソフィア、それに彼女達と荷台で談笑していたビビアナの表情も険しい。


「お祭りとかじゃないの?」


「いいえ。何やら嫌な気配ですわ」


「魔物じゃあないな。人間が争う気配……いや、その直前か」


「獲物を狙う肉食獣の気配ですわね。アイダさん、地図に村は載っていますの?」


ビビアナの只ならぬ雰囲気に押されて、アイダが慌てて地図を確認する。


「地図には何もないな。小川は描かれているが……でも今まであった集落も地図には載っていなかったから……」


「地図に載せるほどもない小さな開拓村でしょうね」


隊商(カラバーナ)という可能性もありますわ」


話について行けていない年少組が顔を見合わせる。


「カズヤさん、止まりますか?」


アリシアは皆ほど探知魔法に長けているわけではないが、雰囲気から状況を察したようだ。


「いや、そのまま進んでくれ。各自警戒を」


ミリタリーリュックからG36Cを取り出しながら皆に伝える。


「そうだな。狙いはこちらではないだろうが、下手に止まると襲いかかる好機を与える時もある」


そう答えるのは三八式歩兵銃に着剣するカミラだ。

アイダは左側の席を立ってアリシアを左に移動させ、自分は右側の席に陣取る。右利きである自身が動きやすいように、そして自身の左側に移動したアリシアを守れるようにとの配慮だろう。

イザベルも弓と矢筒をルイサに渡し、愛用のヘカートⅡを取り出す。口径12.7mm、全長1380mm、銃身長700mm。彼女の身長ほどもある黒光りする長物を見て、ソフィアがギョッとした顔を見せる。


「イザベル、それはやり過ぎだ。せめてM870にしてくれ」


スラッグ弾を射出するM870もオーバースペックだが、1km先の岩をも砕くヘカートⅡの出番はまあ無いだろう。それに“必中”の固有魔法を持つイザベルがM870を曲射すると恐ろしい効果を発揮する。火力としては十分だ。


「やっぱり?じゃあアイダちゃんとお揃いにする」


ニヤリと笑うイザベルを見て、ルイサも状況を理解したようである。

さっき採ってきたばかりの収穫物を片付けて、グロリアを左側の座席に押しやり矢筒を背負う。


「え……何ですの?何が始まるんですの?」


「静かにして。狩りが、ううん、もしかしたら戦いが始まるの」


「戦いってどういう事ですの?何と戦おうと……」


「いいから黙って頭を下げて!」


ソフィアとルイサが身を乗り出そうとするグロリアの頭を押さえつける。ムギュっという音はグロリアの喉の辺りから発せられたのか。


道は緩やかに右方向にカーブしながら登っていく。

レーダーには映らない周囲の地形や木々の位置がスキャン上でなら把握できる。

問題の反応がスキャンできるまであと少しだ。


「視界が広がるぞ。各自警戒!」


座席の上に俺とカミラが立ち上がる。

丘を越えた先に見えたのは、小さな集落とその前に群がる何者かの姿であった。


◇◇◇


「カズヤ殿!村が襲われている!」


半ば悲鳴に近い声をアイダが上げる。

起伏のせいでかなり近寄るまでスキャンが効かなかった。村までの距離はおよそ200m、板塀の向こうに見える屋根はそう多くはない。後方に川が流れており、街道側には多数の魔物が集まり、上空には大型の昆虫型魔物が飛び回っている。その数ざっと……


「50匹はいるわね。小鬼、大鬼、トローにモスカスまで、まあ見ない混成軍だこと」


走る馬車の荷台で上手にバランスを取りながら仁王立ちするカミラが呟く。


「異種族で群れることはそう無いはずなのに……どうして……」


「お兄ちゃん!人間がいる!ほら、あそこ!」


イザベルが指差す方向、一群の後方には確かに黒い集団がいる。スキャン上での反応は人間のようだ。


「あんな所で何を……」


アイダが口にして疑問は皆が感じたことではあるが、今はそんな事を論じている場合ではない。


「アリシア!村の門に向かえ!アイダはスキャンをイザベルとビビアナに譲渡!モスカスとトローから潰すぞ!」


「了解!」


速度を上げる馬車の荷台の上で、アイダがイザベルとビビアナの手を取る。その2人は何かを祈るように目を閉じている。

一瞬悩んだが、手っ取り早いのは俺がアイダに触れる事だ。アイダの頭に手を伸ばし、その赤い髪に包まれた頭にそっと触れる。

フッと力が抜ける感覚が来る。

目を開けた2人が水を得た魚のように生き生きと動き始めた。


「お兄ちゃん!ヘカートⅡ使うからね!ビビアナちゃんモスカスは任せた!」


「任されましたわ。皆さん離れてくださいませ!」


離れろと言われてもそう広くない荷台の上である。

荷台の手すりに銃身を預けて伏射姿勢を取るイザベルと、その隣に立つビビアナの後方を空けるよう移動するのが精一杯だ。


ヘカートⅡの強力なバネが直径13mm×長さ40mmの弾丸を撃ち出すガチン!という音が響く。

銃口が向いた先でトローの頭部が弾ける。


「カランバノ!行きますわ!」


ビビアナが自身の頭上で錬成した複数の氷の槍を次々と放つ。


馬車が村の門の前に着くまでの間に、トローと上空のモスカスは駆逐された。

後は村に迫るゴブリンとオーガだけだ。

門の前から村の中をスキャンする。

魔物の反応はない。奥の建物の中に20人ほどの人影がある。襲撃に備えて避難しているのだろう。

門の裏側にも1人の小さな影が頭を抱えて蹲っている。逃げ遅れた子供だろうか。最優先で救出せねば。


「村人を守るぞ!白兵戦用意!」


俺が言うまでもなく、カミラとアイダを筆頭に陣形が組まれる。

アリシアは御者台でMP5A5を膝立ちに構え、白兵戦に全く向かない俺はルイサとグロリアと共に荷台に残る。傍らにG36Vを置いたまま構えるのはG36Cだ。


「来るぞ!」


アイダが叫ぶ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ