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168.グロリア エンリケス (7月29日)

正式な命令書を受け取った俺達は、早速準備に入った。

だが準備といっても実はさほど時間が掛かるものではない。確かにログハウスはアルカンダラにおける拠点ではあるが、俺にとっては仮住まいでもある。そもそも娘達の持ち物は多くないし、旅支度といっても簡単なものだ。

保存の効く糧食を整え、数着の着替えを用意して収納する。数日間は耐えられる程度の食料と水は、それぞれが自分のポーチなどに収納させた。野営用のテントは二張りしかないから、俺とアイダが持つ。

娘達の武具の手入れは日常から行なっているし、消耗品といえばイザベルとアリシアが使う矢ぐらいだ。

その矢でさえも、鏃さえあれば矢柄や羽根は現地調達というか錬成してしまうらしい。

俺はといえば赤土と珪藻土からAT弾とKD弾を錬成して補充するぐらいしかなかった。


フェルも当然同行させる。

アルカンダラでも他の街でも、首輪による魔力封じの効果によってフェルが一角オオカミであることに気付いた者はいない。だが神官というぐらいだから、きっと魔力保有量も相当なものだろう。フェルの偽装を見破るかもしれない。

念のために首輪の魔法式を書き直し魔石を交換する。


ルイサの訓練はいよいよ熱を帯び、それに輪をかけてアイダの自主訓練も力が入った。アイダに教えられている(付き合わされている?)俺には生傷が絶えないほどである。


◇◇◇


出発の前日の夜、ビビアナからルイサにプレゼントがあった。旅で使う服と短剣である。

ルイサが持ってきた服は養成所の制服の他は粗末なシャツとズボンだけだったから、服を見た時のルイサは思いの外喜んだ。

ビビアナが仕立てたのはカーキ色の丈の短いフード付きジャケットと、茶色いタータンチェックの膝丈サロペット。つまりビビアナ自身が着用する服とほぼ同じものだ。

サロペットの腰の辺りに締めた革のベルトには、アリシア達と同じ革のポーチと短剣用の鞘が取り付けられている。その鞘に収める短剣を手にしたルイサは一言発した。


「綺麗……」


刃物を見てのその感想は少々危険な気もするが、そう呟きたくなる気持ちもわかる。

錆だらけだった刀身にはダマスカス鋼のような紋様が浮かび、グランシアルボの角から削り出したグリップとグリップエンドにねじ込んだ黒の魔石との相性もいい。


「本来、親から子に剣を渡すことには、その子を外に出してもいい、以後は自分の身を自分で守れという意味があります。あなたはまだまだ半人前にも及びませんが、渡すのは今しかないと考えました。わかりますね?」


ビビアナの言葉に、鞘に短剣を収めたルイサが大きく頷いた。


「はい。今後も精進させていただきます」


「よろしい。今回の旅で探索と狩りの実地訓練、旅に必要なあらゆる知識と技術を教えます。無事にアルカンダラに帰還すれば、あなたも立派な魔物狩人(カサドール)の一員になっていることでしょう。皆さんもご協力お願いしますね」


改めて頭を下げられるまでもなく、この短期間でルイサは俺達の家族同然になっていた。

思えばこの世界でアリシアと出会ったのがほんの3か月前のことである。いつの間にか大所帯になったものだ。


◇◇◇


翌朝早く、夜明けを待たずしてログハウスを発った俺達が集合場所に到着したのは日の出から少し経った頃だった。ミリタリーウォッチの文字盤が示す時刻は午前5時。集合場所は養成所の門である。

ここでグロリア エンリケスなるアルテミサ神殿の神官と合流し、バルバストロへと向かうことになる。

道案内は北方方面軍にいたカミラが請け負うことになっている。


養成所の計らいで用意されていた馬車にカミラが愛馬を繋いだ。

これまでも商人の荷馬車や衛兵隊の馬車に便乗したことはあるが、今回の馬車は今までのどの馬車よりも立派だった。作り付けの座席の下は荷物入れになっており、荒天に備えた幌も備わっている。ただ西部劇に出てくるような骨はなく、あくまでも積荷の雨避けでしかないようだ。あるいは魔力を通せば幌の形を維持するのかもしれない。機会があればやってみよう。


さて、神殿から派遣される神官とはどのような人物だろう。“エンリケス家の娘”と称されるのだから女ではあるのだろうが、その名前を聞いて先生方は眉を顰めていたから何らかの曰付きなのだろうが。


そうこうしているうちに、寮から見送りが出てきてくれた。寮監バルトロメ アロンソと寮母ダナ アブレゴ夫妻、それに養成所所長であるサラ マルティネスである。皆はサラを校長先生と呼んでいる。


「校長先生、朝早くからお見送りありがとうございます」


「いいのよ。今の私には、出立するあなた達を見送ることしかできませんから。アイダさん、アリシアさん、イザベルさん。前にあなた達を見送ったのは、スー村に派遣した時でした。あの時は残念なことになったけれど、今回は大丈夫よね」


「はい。今はビビアナもイネスもいますし、何よりカズヤ殿が一緒ですから」


「そうです。みんなと一緒なら絶対大丈夫です」


「カディスからもイビッサからも無事に帰ってきたしね。ってかまた仲間が増えるんじゃない?」


イザベルよ。迂闊な事を口にするんじゃない。

この娘には一度“言霊”という言葉の意味を教育せねばな。


◇◇◇


突然フェルが低く唸った。


「ほう、妾よりも先に来ておるとは、殊勝な心掛けじゃの。苦しゅうないぞ」


後方から聞こえた声は若い女……というよりも子供の声だ。

振り向いた先には、朝日に照らされた亜麻色の髪の女がいた。まるでギリシャ神話の狩猟の女神アルテミス、ローマ神話でいうディアナが絵画から抜け出してきたかのような、ドレープのついた紺色の服をゆったりと身に纏っている。穏和な目に笑みを浮かべたその顔は、カミラより少し年上にも見える。


「こら、お主どこを見ておるか!妾を見んか!」


よく通る声はその女の腰のあたりから聞こえている。

視線を向けると、そこには声の主がふんぞり返っていた。

金髪を肩の辺りで切り揃え、女と同じデザインだが生地が白い布を纏っている。胸には金の縁取りの胸当て、革の編み上げサンダル。旅装束というよりも、ステージに立つ舞台衣装のようだ。手に持っているのは羽飾りのついた……ヘルメットだろうか。


「ソフィア。何故この者たちは平伏せんのじゃ」


見ろと言ったり見るなと言ったり忙しいお方である。

本人は睥睨しているつもりだろうが、身長のせいで斜め上を睨みつけていては迫力も半減というところだ。もっと可愛げもあれば目線を合わせるために膝をついてもいいのだが、平伏と言われれば話は別だ。

呆気に取られていた娘達にも怒気の揺らぎのようなものを感じる。見送りに来てくれていた校長先生や寮監・寮母さんも黙ったままだ。


「グロリア様。この方々は魔物狩人(カサドール)です。例えアルテミサ神殿の神官であっても、頭を垂れるような方々ではございません。グロリア様こそ失礼のないように」


ソフィアと呼ばれた女の方が幼女の頭を背後から鷲掴みにして、無理矢理に頭を下げさせた。


「なにをするか!」


「グロリア様こそ弁えていただきませんと。特に先頭の男、恐ろしい魔力量です。グロリア様など吹けば消し飛びますよ」


聞こえているのだがな。俺が全力で息を吹いたところで蝋燭の火を吹き消すぐらいしかできないだろうが。

ジタバタしている幼女の頭を掴んで離さないこの女には、魔力量が見えるとでも言うのか。


「ソフィア?あなたソフィア メルクーリ?」


突然カミラが声を上げた。

女の方もカミラの声に反応する。


「あら?もしかしてイネスかしら?“エギダの黒薔薇”が、こんな所で何を?」


「見れば分かるでしょう。このイトー カズヤと一緒に、バルバストロに向かうのよ。まさか邪眼のソフィアがアルテミサ神殿に潜り込んでいたなんて思いもしなかったわ」


“エギダの黒薔薇”とは国軍にいた頃のイネス カミラの通り名である。とすれば“邪眼のソフィア”も軍での通り名だろうか。


「カズヤ君、それにみんなも。この女と目を合わせてはダメよ。喰われるわ」


カミラさんよ。それは後の祭りというやつだぞ。俺はさっきばっちりと彼女の目を見ている。いや、眼球そのものは見ていないかもしれないが、カミラが言っているのはきっとそういう意味ではない。


「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。私の邪眼は私より魔力が弱い者にしか発動できないわ。それにしても、あなたいつの間にそんなに強くなったの?アルカンダラに来てるって風の噂は聞いていたけれど」


「噂って、街に手下を放って聞き込んでいたんじゃないでしょうね」


「そんな無粋な真似はしないわよ。おほほほ」


とか何とか言い合っている間にも、ソフィアという女は幼女の頭を鷲掴みにして抑え込んだままである。

この2人の関係がどのようなものか知らないが、娘達の、特に幼いルイサの情操教育に甚だ良ろしくない。


「なあ。積もる話もあるだろうが、とりあえず出発しないか?見送りの先生方の手前、お前達も体面ってのがあるだろう」


ぶっきらぼうな言い方になってしまったのは、俺の不徳の致すところというやつだ。

だが、このソフィアという女にもグロリア エンリケスなる幼女にも、好意的になる理由を見いだせなかったのである。

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