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167.養成所からの使者②(7月27日)

養成所教官であるモンロイとオドンネルが来訪した。

しかしログハウス周辺に張った結界に阻まれて近づくことができない。

俺が結界を解く暇もなく、オドンネルが背負った大剣を抜き、振りかぶったようだ。


ガキン!


鈍い音がログハウスの中まで聞こえてきた。

慌ててログハウスから飛び出した俺達の眼に飛び込んできたのは、剣の柄だけを握りしめる口髭の男と、大笑いするモンロイの姿だった。


◇◇◇


「いやあ、私はちゃんと止めたのですよ。しかし見事に折れたものですなあ。いやまったくお見事です」


ログハウスの中に招き入れられても、オドンネルは憮然としたままであった。

禿げ上がった頭を叩きながら大笑いしているモンロイは、いったい何を褒めているのやら。


「それで、先生方はどのようなご用件で?」


少し待ってはいたのだが埒があかない。

仕方ないので、そう切り出した。年長者の雑談を聞いている分には楽しいのだが、なにせアイダが緊張しきっている。早めにお帰りいただきたいものだ。

リビングのテーブルに着いたのは、俺と来訪者2人の他はアイダ、カミラ、ビビアナの3人であった。

人選に俺の意思は入っていない。

そもそもリビングのテーブルは6人掛けだが、ルイサの加入によって押し出された形で最近は俺がお誕生日席に座ることになっている。すると残りの椅子は6脚。それが長テーブルの両サイドにあるのだから1列3人。誰が座るか。このいささか罰ゲームのような椅子取りゲームを精神的に行った結果がこうなっただけである。

一応オドンネルの向こう側の椅子は空いているのだが、誰も座ろうとはしないし俺も座らせようとはしなかった。


「それです。用件は2つ。まずはルイサさんがどのようにお過ごしか拝見させていただくこと。もう一つは養成所教官としてのイトー カズヤ殿に業務連絡です」


つまりは家庭訪問と業務連絡である。

ただの業務連絡ならばメールでも打てばいいものをと思ってしまうのは現代人の悪い癖だ。そもそも手紙か伝言しか連絡手段がないのだ。


「ルイサの様子はどうだ。養成所では全く構ってやれなんだが、気にはしていたのだ。ここでの暮らしに不自由はないか?」


「ええ。先ほどまでもイザベルと一緒に訓練をしておりましたわ。午後からはアイダが剣術を、カミラさんが魔力操作と読み書きを指導する。そんな一日ですわね」


「ほう。お主が指導しているのか。どうだ、指導する側に立った感想は」


「はい。師の偉大さが改めてわかりました。その……言い方は悪いですが基礎のない者に剣を振らせることは大変恐ろしいことだと」


「そうか。それが理解できたのなら、お主は立派な指導者になれる。しかしあの体格では剣はちと無理があるのでは?剣に振られておるだけじゃろう」


「ええ。それで、短剣を指導したほうがいいのではないかとも考えております」


「短剣か。長剣よりも難しい。何よりも懐に飛び込む勇気が必要だ。短剣の指導もお主が?」


「いえ。それならば私よりもイザベルのほうが適任かと」


「あの白くて小さいのか。バルシャドをコテンパンにしたらしいな。おかげで彼奴も心を入れ替えて、ここ一週間ほどは真剣に訓練に励んでおる」


「確かバルシャド君はビビアナ君の縁者でしたな。イザベル君と模擬戦をしたのも、ビビアナ君の企みですかな?」


「あら、何のことかしらモンロイ先生。私はただルイサに“虹の加護を持つ者”の戦い方を見せたいと思っただけです。ですがそれであの子が落ち着いたのなら、それはそれで重畳というものですわね」


ビビアナにはビビアナの思惑があってのことだったのだろう。実際“いい薬だ”と言っていたほどである。


「それにしても、あの小さいのが監察生を打ち負かすとは、普段はどういう訓練をしているのか気になるが……」


「おほん。先生のご興味はごもっともですが、まずは私達の仕事をしませんとですな」


咳払いでオドンネルを制したモンロイが、背負っていた荷物から巻物を一つ取り出した。

その巻物を俺に手渡す。


「校長先生からです。封印のご確認を」


赤い封蝋には何かの印章が押されているが、俺が見てもそれが何の意味を持つかわからない。受け取った巻物をそのまま隣のアイダに渡す。


「確かに養成所の印璽です。開封してもよろしいですか?」


「ああ。頼む」


アイダがポーチから取り出した小さなナイフで封蝋を剥がし開封する。

そのまま巻物を俺の前で広げる。


「ほう……信頼されておるようだな」


その姿を見てオドンネルが目を細める。


「はい。身に余る光栄です。命を救っていただいた御恩に報いるためにも、カズヤ殿にずっとついて行く所存です」


「やはり血は争えんということか。お主の父も義理堅い男であるしな」


アイダは騎士の家系だと聞いている。何代も続いた騎士の5人目の子がアイダだそうだ。父と同じく騎士の道や軍人となる道を歩む兄達に鍛えられたアイダは、結局は家を飛び出して魔物狩人(カサドール)となった。剣を取る道に進んだという意味では、確かに血は争えないというやつなのだろう。

ちなみに巻物に記載されている内容をアイダにも見てもらっているのは、単に俺が未だにこの世界の文字に慣れていないためである。店の看板ぐらいは読めるが、連絡所の張り紙に書かれている内容はイマイチ理解できていない。そんなレベルで足踏みしている。


「カズヤ殿、これは命令書ですね」


だから、そっと耳打ちしてくれるアイダが傍にいてくれると、こういう時に助かるのだ。


「お話を進めてもよろしいかな?では校長先生からのご命令をお伝えしますぞ」


モンロイがもったいぶった仕草で大きく息を吸い込んだ。


「アルカンダラ魔物狩人養成所所長であるサラ マルティネスが、教官であるイトー カズヤに命じる。アルテミサ神殿のグロリア エンリケスと協力し、バルバストロの南東、グラウス近傍の村に出現したバンピローを討て。以上です」


モンロイの言葉と文章を追っていたアイダが顔を上げる。


「こちらの命令書にもそのように書かれていますね。一言一句間違いなく、そのように」


アイダが読み取ったのなら間違いないだろう。

とすれば何点か疑問が生じる。


「幾つか確認です。よろしいですか?」


「私に答えられることならば。どうぞ」


モンロイの表情は使者というよりも出来の悪い生徒を見るようである。


「まず、“グロリア エンリケスと協力し”という点です。協力とは同行よりも深く、しかし傘下や配下よりは対等な意味になりますが、“協力”でよろしいですね」


「ふむ……そもそも狩人とは縛られることを嫌うもの。特に獅子狩人である貴殿を傘下に加えられる者など、少なくとも神官ごときにはおらぬでしょう。しかし“同行”では“共闘”には至らぬかもしれない。よって、“協力”という曖昧な言葉になったのです。文字通りの意味に解釈されるがよろしい」


つまり見捨てられては困るということか。グロリア エンリケスなる者はどうやら重要人物らしい。


「もう一つ、“討て”という言葉は曖昧です。その魔物を殺せばいいのか、その魔物の発生原因があるならば発生源を絶つことも含まれるのか、あるいは無力化すればいいのか、どこまでを指すのでしょう」


細かいな。細かいとは思う。

だが命令書とは仕様書である。

元の世界で見ていた仕様書は、もちろん3行で済むものもあったが何十頁にも及ぶものも少なくなかった。

3行の仕様書で任される仕事は、相当の自由というかアレンジが認められているか、修理の依頼だ。

元の世界の常識が通用するわけもないが、詳細は詰めておかねば要らぬ苦労をするものだ。


「イトー カズヤ。お主は商人か?」


モンロイとのやり取りを静観していたオドンネルが口を開いた。

商人か……細かいことを気にしていることを揶揄されたのだろう。だが不思議と嫌な気はしなかった。


「校長の命令を要約するとだ、魔物によって苦しむ民を救え。己が与えられた徽章(エンブレマ)に恥じぬ方法で。これ以上の言葉が必要か?」


オドンネルのドスの効いた声が丹田に染み渡る。

そのとおりである。吸血鬼(バンピロー)がどんな魔物なのかはわからないが、実際に苦しんでいる人々がいるのだ。


「いいえ。承知しました。校長によろしくお伝えください」


「こちらこそ申し伝えておきます。出発は明後日の早朝となります。集合場所は東門、要は養成所の出口ですな。準備をお願いしますぞ」


こうして正式に吸血鬼(バンピロー)討伐を依頼された俺達は急に慌ただしくなったのである。


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― 新着の感想 ―
使者のオッサンがどれだけ偉いのか何も書かれてないけど、こんな高い所からの物言いが可能なら獅子狩人も巡検士た肩書に思えないんだが…
[一言] 「イトー カズヤ。お主は商人か?」 良いようにタダ働きさせられているね。
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