166.養成所からの使者①(7月27日)
散々悩んだ末、ビビアナとアイダから預かったマチェットナイフには、グランシアルボの角を削り黒い魔石をねじ込んだグリップエンドを取り付けることにした。せっかくのフルタングだが、さすがにルイサの手には太くなりすぎるため、少し削った。
ナイフのグリップで多用されるのはアイアンウッドや樹脂を布や紙に浸透させ固めたマイカルタなどだが、敢えて角を使ったのは魔石との相性を考えての事である。
一角オオカミの角とどちらにするか悩んだのだが、グランシアルボは大きく広がった角をまるでレーダーのように使っていた。故にグランシアルボの角のほうが魔力への感受性が高いのではないかと考えたのだ。
ルイサは魔力そのものは持っている。
ただ発現できる魔法がないだけなのだ。
つまり魔道具、例えば水魔法が使えない者でも使える水瓶とか、火魔法が使えない者でも使える火起こし道具などは使うことができる。
ならば武器を魔道具にしてしまえば、ルイサが活躍する機会が増えるのではないか。
最初に取り付けたのは黒い魔石だ。一端をオスネジに、グリップ側をメスネジに加工して嵌め込む。
タップもダイスもないので、錬成魔法で対応する。まったく、知恵と工芸の女神ミナーヴァ様様である。
錆を落とした刀身には美しい波紋が出てきた。
研ぎ直したナイフをアリシアに渡すと、夜のうちに鹿革の鞘を作ってくれた。
完成したナイフを翌朝ビビアナ達にも見せ、意見を聞く。ちなみにイザベルとルイサは早朝から訓練に出かけている。
「なるほど……魔石を組み込んだ武器ですか。持ち手が少し長くなりましたね。そういえばイーさんの槍にも魔石が嵌め込んであると聞いたのですが」
「そうよ。おかげで攻撃を認識するより早く、槍が迎撃してくれるわね」
「魔道具に必要な魔法式はいったいどこに刻まれているのですか?見たところそれらしい紋様はありませんが」
「握りの部分の内側、刀身の鋼材に直接刻み込んだ。魔石は交換できるようにしたかったし、ルイサの手に合わせてハンドル、この握る部分は削ったりしないといけないだろう。それなら鋼材に刻んだほうがいいと思ってな」
「なるほど。それで、このナーサはどんな魔法が発現できるのですか?」
「そうだな。一応想定したのは昨日イザベルが使ったトルベリーノだが、慣れれば風魔法全般は使えるかもしれない。魔石を入れ替えれば他の魔法もな」
「本当ですか!?それは凄い……」
これも色々考えはしたのだが、結局のところこの世界の魔法とはイメージの投影である。魔法の強度はイメージの強さであり、持続時間は魔力量に依存する。
魔法を発現させるために必要なトリガーが“神々の加護”だが、その加護がなくても魔石を触媒にすれば発現は可能。これが現時点での俺が出した結論である。
よって鋼材に刻んだ魔法式は簡潔である。
“ Heavenly gods. Give your blessing”
こんな魔法式で本当に魔法が発動するのか。
残念ながら普通に魔法が使えてしまう俺達には、確認する術はなかった。
◇◇◇
「ただいま!誰か来るよ!」
「男の人が2人、馬に乗っています」
昼前にログハウスに駆け込んできたイザベルとルイサの第一声がこれだった。
「ちょっとルイサ。それじゃ報告になってないでしょ。言い直し」
ダメ出しをしたイザベルも人の事は言えないと思うのだが、そういうツッコミはしてはいけないのだ。
「はい。えっと、南西の方角から騎乗した男が2人、ゆっくりとした速度で近づいてきます。敵意は感じられません」
「そうか。報告ご苦労様。距離は?」
「えっと……わかりません……」
目を伏せるルイサに代わって、イザベルが身を乗り出す。
「およそ1キロってとこだね。10分もあれば着くと思うよ!」
「2人は目視で確認したのか?風貌は?」
「ほら、ルイサ」
イザベルに促されてルイサが再び顔を上げた。
「見ました。1人は紫色のtúnicaを着ています。もう1人は革鎧を着て、大きな剣を背負っていました」
革鎧は衛兵でも狩人でも着用しているが、大剣を背負う衛兵は見たことがない。それにトゥーニカとは知らない単語だ。
答えを求めてアリシアを見る。彼女は自分の身体の周りで手をひらひらさせる仕草をした。
紫色のひらひらした服を着た男に革鎧を着用した男。少なくともノエさんではなさそうだ。
「他に特徴あったでしょ。見たままを報告するのが斥候の役目の一つよ」
「えっと…紫色のほうは髪の毛がありませんでした。革鎧のほうは口髭が生えていて……養成所で見たことがあるような……」
プッと誰かが吹き出した。
「髪の毛がなくて紫色のトゥーニカなら、モンロイ先生じゃない?ダニエル モンロイ。養成所の魔法師教官よ」
笑いながらアリシアが答える。
「じゃあ、もう1人も教官の人ですか?ものすごく怖い感じでしたけど」
「それならアイダちゃんがお世話になった先生じゃない?」
アリシアの言葉に一同の視線がアイダに集まる。
「モンロイ先生と同行している厳つい男……口髭にに大剣……まさか……」
アイダの顔色がみるみる青ざめていく。
「ペドロ オドンネル、剣術教官だ……」
アイダが世話になった剣術教官とは、いつぞや聞いた“常在戦場”の鬼教官のことか。
「カズヤ殿!警戒を!攻撃が来ます!」
アイダが叫びながら壁に立て掛けてあった剣に飛びつく。
だが焦っているのはアイダだけで、他の娘達とカミラは平然としている。事情がわからないルイサと俺は戸惑うばかりだ。
「大丈夫ですよカズヤさん。オドンネル先生が厳しいのは剣士に対してだけです。経験豊富な良い先生ですわ」
「そうそう。ちゃんと寸止めしてくれるし」
「何を言う!私は何度もあの大剣で張り飛ばされたぞ!」
「だからそれはアイダちゃんが剣士だからでしょ」
要は来訪者は養成所からの使者、或いは見回りのようなものなのだろう。目的地がここなら、迎える準備ぐらいは必要か。
「アイダ、落ち着け。ビビアナ、アリシア。何か支度は必要か?」
「そうですわね……特別な事はないのでは?一応お湯ぐらい沸かしておきますわ」
「あ、じゃあお茶受けの準備をしておきますね!」
ビビアナとアリシアがそそくさと支度を始めた。
イザベルはルイサとフェルを伴って2階に向かう。大方窓か屋根から高みの見物でもしようというのだろう。
緊張の構えを崩そうとしないアイダに、カミラが近づいた。
「大丈夫よ。以前のあなたよりも剣の腕は格段に上達している。今のあなたなら、どんな局面でも切り抜けられるわ。自信を持ちなさい」
カミラがアイダの肩をポンっと叩く。
「それにね。あなたは正規の徽章を授与された魔物狩人。しかも獅子狩人にして巡検師補。如何にオドンネル先生が無茶な人でも、今のあなたに不意打ちすることがどういう意味を持つか、理解していない人ではないわ」
そこまで言われて、ようやくアイダも剣から手を離した。
いつでも冷静なアイダをそこまで追い込むとは、オドンネルとはいったいどんな人物なのか。
◇◇◇
「来たよ!」
階上からイザベルが教えてくれる。
「でもお兄さんの網に掛かって入れないみたいです」
ルイサの声で思い出した。そういえば結界を張ったままである。カミラとノエさんが最初に訪れた時にも、結界に阻まれログハウスの近くにまでは立ち入れなかったのだ。
ちなみにログハウスの住人である娘達とフェルはスルーできるよう、予め調整してある。毎回結界を解除するのも面倒だしな。
「あ!怖い人のほうが剣を抜きました!大きく振りかぶっています!」
ルイサよ。野球の実況じゃあないんだぞ。





