162.ルイサの合流(7月19日)
その夜はなかなか寝付けなかった。
女の子が来るから楽しみで寝付けない、そんなラブコメ的な要素は全く無い。
電動ガンのバッテリーをどうやって充電するか、その事に思い悩んでいたのである。
もちろんアウトドア用の折り畳み式ソーラーパネルとモバイルバッテリーは持っている。晴天ならば昼間にモバイルバッテリーに充電して、夜間に電動ガンのバッテリーを幾つか充電する事は可能だ。
今まではその方法で乗り切れた。
だが今後も大丈夫と言い切れるだろうか。
電動ガンのバッテリーが切れたら、身を守る術は銀ダンやM870、ヘカートⅡなどのエアコッキングガンしかなくなる。遠距離からの狙撃だけならばそれでもいいが、至近距離での混戦や遭遇戦ともなればエアコキだけでは心許ないのだ。
そんな事を考えてモヤモヤしているうちに、すっかり眠れなくなってしまったのである。
眠れない夜には無理に寝ようとしないことだ。
ログハウスの外のデッキに腰掛け、煙草に火を付ける。
日中なら相手をしてくれるフェルも、今はアイダの眠るベッドの下で寝ていることだろう。
月明かりがログハウスと俺を照らす。
月は元の世界で見上げた姿と変わらない。あと何百年かすれば、この世界の人々も宇宙に飛び出す日が来るのだろうか。
うん。なんだか色々な思い煩いがどうでもいい事のように思えてきた。
この世界に来て右も左も分からない状態から今まで、何とかなってきたのだ。
これで一人くらい仲間が増えたところで大した影響はないし、ルイサの前で転移魔法を使わなければいいだけのことなのだ。
明日はルイサがやってくる。
きっとビビアナが服を作り、アリシアが小物を作ってプレゼントするだろう。
ルイサは娘達と同じように銀ダンを欲しがるだろうか。
フェルが新しい仲間に馴染んでくれるといいのだが。
◇◇◇
翌朝である。
日課の見回りとアイダの修練が終わり、遅い朝食後の一服をしているところにイザベルが話しかけてきた。身軽なこの娘は、ログハウスの2階の屋根下にある太い丸太に跨って腹ごなしでもしているらしい。毎度の事ではあるが、いったいどうやって登っているのやら。
「お兄ちゃん。誰か来るよ。ルイサかな?」
手にした木板と辺りを交互に見る。イリョラ村やイビッサ島のマルサ村に構築した警戒網の表示板を小型化した物である。地中深くにまで突き刺した杭に仕込んだ魔石を使って魔力の流れを検知し、木板に嵌めた魔石を光らせることで侵入を感知する。光の強さで魔力の大きさは推し量れるが、残念ながら個体識別まではできない。
イザベルが反応をルイサと考えたぐらいなのだから、魔力反応は弱いものなのだろう。
念のためイザベルが示す方向にレーダーを放って確認する。
「イザベル。対象までの距離は?」
「500メートルってとこかな。一人じゃないよ」
「そもそもルイサは自力で来るのか?ビビアナが迎えに行くものだと思っていたが」
「うんにゃ。ビビアナお気に入りの後輩が連れてくるんだって。聞いてない?」
「聞いてないな。捕まえた。徒歩の二名だな。一人の反応はまあそこそこか。もう一人の反応はほとんど一般人に思えるが」
「だからそれがルイサなんじゃん?みんなに教えてくるよ。一応着替えなきゃなんないし、お兄ちゃんも着替えたほうがいいんじゃない?」
そう言うとイザベルはスルリと窓から自室に飛び込んだ。室内からはドタバタと用意を始める物音と声が聞こえる。
「ルイサ来たよ!何着る!?」
「普段着じゃダメなのか?」
「アイダさん!そんな格好では先輩としての威厳が保てませんわ!制服!制服一択ですのよ!」
「威厳って言っても一緒に来るのってバルシャドでしょ」
「バルシャドって、あのバルシャドか?」
「そうそう。ビビアナのお気に入りの後輩っていえば、バルシャド リエラしかいないでしょ」
「リエラ君かあ。ちょっと苦手だったんだよね私……
ちょっとイザベルちゃん!その服皺くちゃじゃない!ちゃんと畳んでなかったでしょ」
「え〜だって収納魔法だし」
「アリシアさん、バルシャドがお嫌いなんですの?」
「う〜ん。嫌いっていうか苦手なんだよね」
窓から漏れてくる娘達の会話は、いわゆる女子校のノリに近いのかもしれない。あるいは女所帯とはこういうモノなのだろう。
「あなた達ねえ。普段からちゃんとしてないから、いざと言う時にバタバタするのよ。ほら、裾はちゃんと入れる!」
カミラが母親のように世話を焼いている。カミラが母親ならビビアナは長女か。この2人が加わってくれたおかげで3人娘もだいぶ落ち着いた。ここに最年少のルイサが加わるとどういう変化が起きるか、不安でもあるが楽しみでもある。
2階の喧騒を聞きながら、俺も1階で着替える。娘達が制服を着ると言うのだ。その保護者たる俺がロールアップした軍パンにTシャツというわけにもいくまい。
◇◇◇
ルイサ一行の歩みは遅かった。ほんの500mほどの距離である。イザベルやビビアナならば数分で、俺やアリシアでも10分と掛からず到着するはずの距離なのだが、ルイサ達はたっぷり15分は掛けてログハウスに到着した。俺達が用意する時間を稼いでくれたのだとしたら大したものだが、実際はルイサの足に合わせただけかもしれない。
なんにせよルイサ達はログハウスに現れた。
「こちらにビビアナ オリバレス殿はおいででしょうか。ルイサ嬢をお連れしました!」
扉の外からでも良く聞こえる声で呼び掛けてきたのは、思春期の少年特有の少し高い張りのある声だ。
カミラが声を掛ける。
扉を開けて入ってきたのは、青みがかった長い前髪のルイサと、バルシャド リエラなる金髪の貴族然とした若者であった。
◇◇◇
ルイサは小さなリュックサックを背負っているが武器のような物は持っていないようだ。バルシャドは腰に剣を帯び、手には短槍を持っている。カミラと同じ槍使いなのか、あるいはアリシアのように杖の代わりに短槍を持つ魔法師なのか。いや、そもそもカミラも魔導師にカテゴライズされる者だ。彼も魔物狩人の卵である以上は魔法は使えるのだろう。
ルイサを伴ってログハウスの中へと入ってきた彼は、リビングにある広いテーブルの上座の位置に着く俺と、俺から見て右のアリシア・イザベル・アイダ、左のカミラ・ビビアナの順に見渡す。
つい先日まで養成所教官であったカミラへの挨拶もそこそこに口上を述べ始めた。その目は真っ直ぐにビビアナを見ている。
「王立アルカンダラ狩人養成所、サラ マルティネス所長の命により参りました、バルシャド リエラであります。こちらにおりますルイサを、後見人たるビビアナ オリバレス様にお引き渡しいたします」
「ご苦労さま。確かにお引き受けしたと所長にお伝えください」
「はっ!」
そう言ってリエラ君は金色の頭を下げる。
「ルイサ、こちらに」
ビビアナがルイサを手招きし、彼女を自分の隣に座らせる。いわゆる末席である。ビビアナが末席に座っていたのだが、これは何も彼女を軽んじているからではない。偶々である。
だがその事実が若い監察生君には気に入らなかったらしい。
「それにしても」
頭を上げたリエラがログハウスのリビングを見渡して続ける。
「ビビアナ オリバレス様ともあろうお方がこのような場所に居を構えるなど有ってはならぬ事です。今からでも遅くはありませぬ。ルイサと、僕と一緒にどうか本家へお戻りください」
本家と言ったのか。ここで言う“本家”とは“家元”の意味ではないだろう。文字通り“一族の中心”という意味ならば、リエラ君はビビアナから見れば傍流の血筋ということか。
そんなリエラ君の言葉にもビビアナは動じた様子はない。
「あら。バルシャドはまだそんな事を言っているの?私はもうオリバレスの家を出たの。戻る気はないし、そんな事を言いに来たのなら帰りなさい」
ビビアナの反応は取り付く島もないというやつである。俺の位置からではルイサとその向こうにいるリエラ君の方を向くビビアナの表情は見えないが、口調から察するに相当怒っているようだ。
「お言葉ですがビビアナ様。それでも“羊は羊と群れを作る”ものです。ビビアナ様がこのような者達とお関わりになるなど、このバルシャド リエラには我慢なりません!」
「そうよね。どうぞ羊さんは羊達と群れを作りなさいな。この者達は狼です。迷い込んだ羊を喰らってしまうかもしれませんよ」
狼という単語に反応したのか、アイダの足元あたりにいるフェルが鼻を鳴らす。リエラ君もフェルに気付いたらしい。後退り、短槍を構える。
「あん?あんたここでやろうっての?」
そう長くもない堪忍袋の緒が切れたらしいイザベルが、半ば腰を浮かせた。
「だいたいねえ。“こんな場所”とか“羊”呼ばわりとか、さっきから黙って聞いてりゃ失礼極まりないのよ!私達は徽章持ちの正式な魔物狩人。卒業もしてないあんたにとやかく言われたくないわね!」
「弱いクセに偉そうにするな!お前なんか寄せ集めのうちの1人じゃないか!そんなパーティードだから小鬼ごときにやられるんだ!」
リエラ君の言葉に、今度こそイザベルが立ち上がる。
アイダとアリシアから発せられる気配も一気に険しいものとなった。
「はぁ!?獅子狩人の私達に向かって、よくもまあそんな口が利けるわね!ってか、あんたも何十匹もの小鬼に囲まれてみなさいよ!あんたなんかじゃ何にもできないでしょうよ!」
「なんだと!もう一度言ってみろ!」
もうこうなると子供の喧嘩である。
「ビビアナ。止めてくれないか?お前が信頼する学生なんだろ」
頼みの綱のビビアナはそっぽを向いた。
それどころか火に油を注ぐような言葉を発する。
「嫌ですわ。昔は可愛い男の子だったのに、いい薬ですわ。コテンパンに負けておしまい」
「負けるって、ビビアナ様はこの僕が負けると仰るのですか!この白棘女に!」
「誰が白棘女だ!表に出ろ!」
「上等だ!相手になってやる!」
ああ……めんどくさい。
競って外に飛び出すイザベルとリエラ君を見送り、俺とカミラは深くため息を吐いたのである。





