161.娘達の反応(7月18日)
退寮の準備があるルイサを残してログハウスに戻った俺達を待っていたのは、置いてきぼりを食らった3人娘からの質問責めであった。査問会第2幕と言ってもいい。もちろん陪審員は3人娘とカミラ、被査問者は主にビビアナであった。
俺とビビアナが2人で出掛けたことについては問題視されなかった。ビビアナが残した書き置きの効果だろう。あるいはお土産の効果か。
彼女達の興味の対象は、ルイサの今後についてとバンピロー出現の報であった。
「私は以前からルイサの事は気にかけておりました。養成所でも孤立していましたし、監察生としては当然ですわ。それでいい機会だと思って引き取る事にしましたの」
「引き取るってねえビビアナちゃん。ルイサちゃんは犬猫じゃないんだよ。基礎訓練も終わってない子の面倒を誰が見るの?」
「もちろん私ですわ。ビビアナ オリバレスがオリバレスの名に掛けて、あの子を立派な狩人にしてみせますわ!」
アリシアの苦言にもビビアナは堂々としていた。大した自信である。
「ねえビビアナさん。後見人になるにあたって作った書類、今手元にあるかしら?」
ここでようやくカミラ先生、いや、もう先生ではなくなった彼女が口を開いた。
「もちろんですわ。こちらに……」
ビビアナが腰に着けたポーチから羊皮紙の巻物を取り出す。4次◯ポケットと化した革のポーチには、間口に一端さえ入りさえすれば生きている物以外は何でも収納可能だ。まったく便利である。
ビビアナから巻物を手渡されたカミラが文面に目を通す。
「カズヤ君。君とダナさん、校長の署名があるけど、署名した順番は?」
それを俺に聞くのか。順番に意味があるとも思えないが。
「最初にダナさん、次に俺、最後に校長先生ですが」
「そう。ビビアナさん、校長が署名した後で文面って確認したかしら?」
「えっ?署名してもらった後でですか?いえ……特には……そのまま収納しましたわ」
「ふ〜ん……。ねえアイダさん。ここ、校長の署名の下、カズヤ君の署名の上の言葉を読んでくれる?」
カミラは隣にいたアイダのほうに巻物を押しやった。
「えっと……“ただし次の者を上位の後見人に指名する”。これってまさか……?」
「ビビアナさんがルイサの後見人になる条件を校長は付けたのよ。“カズヤ君が2人の面倒を見るならば”という条件をね。つまり、ビビアナさんにルイサを託したわけでもないってことよ」
カミラの言葉にビビアナが言葉を失っている。
「ビビアナ。俺がいた世界では、契約書の類いは必ず2通作成して双方が保管するのが常識だ。その書類にも控えがあるんじゃないか?そういえば俺は2通目に署名していないが」
俺からの問い掛けにビビアナが首を振って答える。
「いいえカズヤさん。この巻物は1つしかありません。後見人制度は、魔物狩人を短期間で育成するためのものですの。後見人として相応しいと養成所の所長が認めた者が指導し、その力量が魔物狩人に必要な水準に達したならば後見人が徽章の授与を申請する、そういう制度です。ですから、この巻物は謂わば任命状なのですわ」
任命状か。それならば正副があるはずもない。
「んまあ固い話は置いといてさ。私達が一足先に正式な狩人になれたのも、お兄ちゃんが面倒みるからってことだったじゃん?そのパーティードの一員が後見人になったってことはさ、お兄ちゃんが面倒みるのは当然じゃない?」
イザベルの意見にビビアナを除く他の3人が首を縦に振る。ビビアナはどこか不満気だが異論はないようだ。というか俺の意思はここでもスルーされるらしい。
ルイサは孤児である。養成所に入所する際に孤児院の院長から校長先生へと彼女の親権は移っていたらしいから、ビビアナが受領した巻物によってルイサはビビアナの保護下に移されたのだ。そのビビアナは俺の保護下にある。よってイザベルの言うとおり俺はルイサの保護者になったということだ。
やれやれ。名実共に娘が出来てしまったらしいが、流されているなあ俺。
「んでさ、バンピローの話のほうが気になるんだけど」
イザベルが話を続ける。
「まあ私達が出張るのも当然よね。なんたって今じゃルシタニア一番のパーティードなんだし」
「お花畑……」
「アイダちゃん。そのネタは忘れよ。ね?」
イザベルとアイダが漫才している隙に、俺は俺で知りたい事を質問する。ルイサの事は、まあ諦めよう。
「アリシア、バンピローっていったい何だ?」
帰り道にビビアナに聞ければよかったのだが、彼女がルイサの後見人になることになった理由と、ルイサをどう育てようと考えているかを滔々と説明されているうちに、つい聞きそびれてしまったのである。
「えっと……墓から這い出した死体というか……ビビアナちゃん、説明できる?」
「そう……ですね。若い女性の姿をしている魔物です。人間の、それも若い男の血を欲して夜な夜な彷徨い歩きます。生前に陵辱された女性が恨みを晴らしているという説もありますが、詳しいことは分かってはいません」
「それで、討伐には女の狩人が駆り出されることが多いと聞いています。ただ、誘き出すために若い男がいたほうがいいとも……ああ、それでですね」
アイダが悟ったようにポンっと手を打つ。
「校長先生も良い人選をするよね。狩人のパーティードといえば男のほうが多いけど、男ばかりだとバンピローを誘き出せても狩りにはならないんでしょ」
「そうらしいな。その点、私達なら万が一カズヤ殿が魅了されたとしても、私達が守ってあげられる。カズヤ殿、安心してください!」
それは心強いことだ。
それにしても男を襲う女型の魔物か。人型の魔物といえば小鬼や大鬼がいるし、トローも人型だ。出くわすことはなかったが蜘蛛の魔物アラーナも人に化けることができるらしい。
だが今回は女型の魔物である。もし可憐な美少女の姿であったなら、俺は引き金を引けるのだろうか。
「お兄ちゃん……さっそく魅了されてないよね?」
イザベルが俺の顔を覗き込んできた。
思わず目を逸らすが、その先にはアリシアの少しむくれた顔があった。
「イザベルちゃん!毎回思ってたんだけど、ちょっとカズヤさんとの距離が近すぎない?ルイサちゃんも来ることだし、もっとしっかりしてよね!」
「そう!それだよ!ルイサも連れて行くの?あの子ってちょっと走るのが速いだけで、基礎訓練もまだなんでしょ?」
それを俺に問われても困る。ルイサを引き受けたのはビビアナだ。いや、ビビアナを引き受けているのは俺だから俺に全く責任がないわけでもないのだが。
「もちろん連れて行きますわよ。いい実地訓練になるでしょう。基礎訓練ぐらい私が道中に仕上げてみせますわ」
「ふ〜ん。じゃあさ、お兄ちゃんの転移魔法は当てにできないってことか」
「イザベルちゃん、どうして?」
「だってさ、考えてもみてよ。ルイサって“転移魔法が使えるようになるかもしれない”ってのを心の支えにして頑張ってるわけでしょ。私がルイサだったら、目の前であっさりと転移魔法を使われたら心が折れるよ?」
そうである。自分が頑張って頑張って、それこそ死にものぐるいで努力しても叶わない事を他者が達成してしまったら。俺だってやる気を無くすだろう。
「う……確かに。ルイサちゃんの前では転移魔法は使えないね……」
娘達が深刻な空気に包まれる。
「魔物の血で汚れてもお風呂に入れない……」
「疲れても柔らかい寝台で寝られないのか……」
ビビアナとアイダが口にした泣き言にカミラが呆れたように呟いた。
「あなた達ねえ。転移魔法でいつでも戻ってこられたのが異常なのよ。泥だらけのまま数日間過ごすとか、何日も野宿するとか、狩人なら当たり前でしょう!?」
そうである。
俺がこの世界で生きていけているのには幾つか理由がある。
娘達に出会えたのもその内の一つだし、人並外れた魔力量を活かした強力な魔法が使えるのもチート能力だ。中でも転移魔法、一度行った事のある場所か視界内の場所ならば一瞬で移動できる能力は最大のチートである。
もしこの能力がなかったなら、身を守る術が電動ガンしかない俺は充電できるソーラーパネルがある自宅周辺でしか行動できなかったはずだ。
その最大のチートは、ルイサの合流によって精神的に封じられてしまうのだ。





