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157.神々の加護(7月18日)

ビビアナと連れ添って歩く森の小道は、初夏の強い日差しが遮られ、吹き通る風が心地よい。

足元は降り積もった落ち葉でふかふかである。下草も少なく、木の根にさえ気をつければ非常に歩きやすい。

森とはいえ、周辺に魔物の気配はない。

州都アルカンダラに程近い場所にあるし、そもそもログハウスは森での訓練の前線基地だったらしいから、ログハウスから街までの道のりは清浄化されているのだろう。

俺の少し前を歩くビビアナは、養成所の制服を着用し、左腰に帯剣している。右の腰のホルスターには銀ダン鉄砲が収められているはずだ。


そのビビアナがスカートの裾を翻しながら、こちらに振り返った。


「カズヤさん。ルイサの事、知りたいのではなくって?」


ビビアナの表情はいつもの澄まし顔ではあるが、その目は悪戯っぽい光が宿っている。

娘達と一緒にいる時は見せたことのない雰囲気だ。

別に娘達と仲良くできていないわけではない。アリシアとは少し距離があるようにも思えるが、イザベルとは同じ斥候(スカウト)役として息のあった動きを見せるし、フィールド以外ではアイダにべったりである。

そんなビビアナをアイダも受け入れているし、つまりは娘達とビビアナは上手くやっているのだ。


「ああ。先入観は良くないが、予備知識は必要だ」


「相変わらずカズヤさんは堅苦しいことですわね。私しかいない時ぐらい、もっと普通にされてもよろしいのに」


プイッと前に向き直って、俺には聞き取れないほどの声で何かを呟くビビアナの真意はなんだ。

何かの罠か、それとも社交辞令か。いずれにしても彼女に似つかわしくないことを言っているのは間違いない。

俺が返事に迷っている間に、彼女の方から話し始めた。


「ルイサから虹の加護の話をお聞きになったのでは?」


そうである。昨夜その事を皆に聞きたかったのだが、あっという間に開催された査問会によって機会を逸してしまったのである。


「ああ。虹の加護を持つ者は珍しいのか?」


「そうですね……試してみましょう。ちょっと手をお借りしますね」


そう言ってビビアナが俺の左手を取り、手の平を上に向ける。そっと添えられたビビアナの手の平が温かい。


「Iris, la diosa del cielo y el arco iris. Muéstrame las bendiciones que le has dado a esta persona」


ビビアナが呟き終わると同時に、俺の左手から七色の光が溢れ出した。


思わず立ち止まる俺に、ビビアナが満面の笑みを見せる。


「やっぱり。思ったとおりです。カズヤさんも虹の加護をお持ちですね。それも強力な。ルイサなんか目じゃないくらいです」


「どういう事だ?」


「つまりですね」


そう言ってビビアナが自分の手の平を見せる。

その手の平にも青・藍色・紫の3つの光があった。


◇◇◇


歩きながらビビアナが教えてくれた事を要約するとこうだ。


この世界の人間は、産まれたその時に神々の加護を受けると考えられている。

炎の神へファイストス

水の神アクシオス

大地の神ガイヤ

光の神アグライヤ

風の神エオーロ

癒しの神パナケーリャ

これら代表的な神々の加護は多くの人々に与えられる。その加護の力により、人々は魔法を使えるのだ。この世界の人々の誰もが、生活魔法と呼ばれるごく効果の弱い水魔法や火魔法を使えるのはそのためだ。

その中でも例えばへファイストスの加護が強ければ火系統の魔法が得意になるし、エオーロの加護が強ければ風系統、パナケーリャとアグライヤの加護が強ければ治癒魔法が得意になるのだ。

一般的には水の神アグライヤと炎の神へファイストスの加護を合わせ持つ者が大半であり、逆に大地の神ガイヤの強い加護を持つ者は、今ではほんの一握りとのことだ。

更には虹の神イリスや冥界の神ハーイデースなどから加護を与えられることもあるし、後天的に加護を授かる場合もあるらしい。

俺はこの世界に生まれた者は、得意不得意の差はあれど、誰もがある程度の魔法が使えるものだと思っていた。娘達の説明もそうだったはずだ。

だがその認識はどうやら間違っていたらしい。

生まれながらにして与えられた神々の加護に応じて、その魔法を行使できる。これが正しいようだ。

先ほどビビアナが俺に使ったのは、その加護を光として表すための儀式だそうだ。


とすればである。一神教を信奉しているらしい西のテリュバン王国では、ただ一系統の魔法しか使えないのだろうか。あるいはその神が万能神で、全ての系統の魔法を奇跡として起こすのか。


疑問は尽きないが、ビビアナの説明は続く。


「虹の神イリス様にお願いして光が顕現したということは、カズヤさんも虹の加護を持っているということです。それも7色も。もちろん私も弱いながらもイリス様のご加護を3色授かっております。イザベルさんもおそらくは。ルイサは5色ですから、イリス様のご加護が私よりは強いということですわね。アイダ様とアリシアさんは、残念ながらイリス様のご加護はなさそうですわ」


「なるほどなあ。加護の強弱は光の色の種類で判断するのか?」


「イリス様の場合は色の種類と強弱でわかりますわ。へファイストス様やアクシオス様方のご加護は光の強弱で、ガイヤ様やハーイデース様の場合は色の濃淡で判断できるのらしいのですけど、残念ながらハーイデース様のご加護を与えられた者の公式記録は残っていませんわね」


冥界の神の加護を受けたところで、どんな御利益があるのか想像もつかない。洞窟で無双できるとかだろうか。そういえばハデスまたの名をプルートーともいう冥界の王は、地下資源を司る神でもあったか。この世界でのダイヤモンドなんかがどれほどの価値があるのかは知らないが、例えば金銀の類いが錬成できるようになったりすれば一生困らないのだろうが。


「公式にはという事は、非公式には記録があるのか?」


「民間伝承、俗に言う御伽話ですわ。“冥界の神の加護を受けた者は、地下深くの金銀財宝に囲まれた牢獄で永遠に孤独な暮らしを送ることになる。欲に目を眩ませてはいけない”とまあ、こんな感じですわね」


ああ。やはりこの世界でも、冥界の王は地下資源を司る神でもあるのだ。金銀財宝は魅力的ではあるが、結局その財力を地上で使えないのならば大した意味も価値も俺には見いだせそうにない。


「ん?ビビアナ。さっきの儀式は虹の加護を持っているかどうかを確認するためのものだったんだよな?という事は、同じ儀式で他の神々からの加護を受けているかどうかも分かるのか?」


「もちろんです。試してみますか?」


ビビアナが再び俺の手を取る。

この儀式、自分で発動させるか、そうでなければ人に発動してもらうからしいのだが、人に発動してもらうには片方の手の平を相手が包み込むように持たなければならないらしい。


「でもカズヤさんの場合は元々の魔力量も多いし、使う魔法も強力ですから、大抵のことには驚きませんよ!」


そう宣言して、ビビアナが儀式を始めた。


◇◇◇


「ふぅぅぅ……呆れました。あなたいったい何者ですの?」


舌の根も乾かぬうちにとはこの事である。

アルカンダラの街並みが見えようかとするあたりで、ビビアナは先ほどの発言を翻した。

いや、厳密には呆れたのであって驚いたのではないのだから、発言を翻したことにはならないか。


「何者なんだろうな。ビビアナ、お前には俺が何者に見える?」


何気ない俺の問い掛けに、ビビアナが俺の顔をチラッと見た。


「人の形をした魔物ですわね」


言い切った彼女は、俺に向けて少し舌を出して笑う。


「だとしたら、お前達のような魔物狩人(カサドール)に狩られる定めなのかもしれないな」


「あら?そうですの?ねえカズヤさん。もし狩られるのなら、私達の誰に狩られたいですか?」


おいビビアナよ。お前もしかしてSっ気がないか?

女王ビビアナ。似合いはするだろうが、俺にはMっ気はないぞ。

このままではビビアナの思う壺だ。強引ではあるが、話を変えさせてもらおう。


「ルイサは狩人として致命的な欠点があると言っていたが、ビビアナは何か知っているか?」


「あら。結局ルイサの話ですの?」


ビビアナは自身の美しい顎に人差し指を軽く当てて、考えるポーズをする。いや、本当に考えているのかもしれないが、彼女がこういう仕草をすると俗に言うあざとかわいい感じになるのだ。


「そうですわね……これは私達学生の間での噂ですが……おそらくあの子は、イリス様のご加護しか受けてはおりませんわ」


なんだと?さっきの話では、その強さの大小はあれど遍く人々には炎の神へファイストスや水の神アクシオスの加護が与えられるのではなかったか。だから人々は生活魔法と呼ばれるごく弱い魔法や生活に必要な魔道具が使えるのだ。

虹の神イリスの加護しか受けてないという事は……


「ですから、ルイサはちょっと走るのが早いだけの女の子なのですわ。これが狩人としてどれだけ致命的か、カズヤさん、あなたならお分かりになるのではなくって?」


ああ。それは致命的な欠点だ。

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