156.ビビアナ デレる!?(7月18日)
3人娘に加えてカミラ先生までもが二日酔いでダウンした。いや、3人娘の名誉のために敢えて書くが、あの子達は二日酔いではない……らしい。
一応様子を見に行こうとしたが、唯一元気なビビアナに固く禁じられた。むしろ邪魔だから外に出ていろと言う。
「私はこれから忙しいのですわ。皆さんのお世話をしなければなりませんし、フェルの朝食もまだでしょう。カズヤさんはどうぞ“外で”遊んできてくださいな」
とまあ、こんな感じである。
たまの休みに家でのんびりしようとしたら、妻と子供に邪魔者扱いされる父親とは、こんな気持ちになるのだろうか。
だが、ここでビビアナに逆らっても双方に何のメリットもない。ここは大人しく“外で遊んで”いよう。
◇◇◇
ログハウスの外に出たはいいものの、さて、何をしようか。
ログハウスの入口のテラスに腰掛け、思いを巡らせる。
転移魔法で自宅に帰ってもいいのだ。リビングの奥には転移魔法用の扉が常設してあるから、用事があれば誰かが呼びにくるだろう。
だが何故かログハウスから長い時間離れる気分にはならなかった。かといってイザベルのように屋根で昼寝という気分でもない。そもそも早朝の時間を外したら、遮る物の何も無い屋根など酷暑の極みになるに決まっている。
仕方ない。何か魔道具でも錬成するか。
一応俺の身分は魔導師教官であり、主な業務は魔道具の開発のはずだ。これも仕事の内である。
さて、この世界で錬成した魔道具は幾つかある。
イリョラ村やイビッサ島のマルサ村に置いてきた、魔物の接近を感知する装置もそうだし、カミラ先生が使う三八式歩兵銃や、ビビアナが装備するVz61通称スコーピオンもそうだ。ショットガンであるレミントンM870や対物狙撃銃PGMへカートⅡも錬成した。
ならば個人携行武器の極み、パンツァーファウスト3又の名を110mm個人携帯対戦車弾はどうだろう。
或いはいっそのこと擲弾発射器はどうだろう。
カディス奪還作戦の時に擲弾なり榴弾があったなら、相当楽に戦闘が進められたはずだ。
ダメだな。どうしても思考回路が火薬を使う武器に偏ってしまう。
この世界で俺が魔物を倒せているのは、あくまでも魔法の力によってだ。
魔物を倒すエアガンの仕組みを極端に言えば、辺りの石ころに貫通魔法を掛けて放り投げ、加速させているのと変わらない。これはエアガンでなくとも、例えば弓矢やスリングショットでも再現は可能だ。その射出サイクルを早めているに過ぎない。
例えばパンツァーファウストに似せた何かを錬成し、弾頭部に風魔法と火魔法を掛けてノイマン効果を再現したとしても、恐らく同等の戦果をヘカートⅡで得る事ができるはずだ。
とすると、現状の武器で切り抜けられないシチュエーションはどのようなものだろう。
ヘカートⅡやPSG-1では捉え切れないほどのスピードで動き、G36CやMP5Kの放つ弾幕を掻い潜る魔物が襲ってきたら……そんな場合には確かに対応できないだろう。
ならばいっそのこと広域魔法はどうだ。
この世界で見たことのある攻撃魔法は、水・火・土・氷・風の5種類である。
不思議だったのが、電撃や雷撃などのエフェクトが派手な魔法がないことだ。天空から轟音と共に大地を穿つ雷は、どんな神話でも大抵は神の怒りとして表現されるほどメジャーな範囲攻撃である。
その雷系統というか電気系統の魔法がないということもあるまい。
一つ試してみるか。
雷が発生する仕組みは単純である。
水蒸気を含んだ暖かい空気が上昇気流を生み、その上昇気流に引き寄せられた暖かい空気の中の水蒸気が冷えて雲を形成する。
雲の周辺大気が氷点下に達するほどに空高く雲が伸びると、小さな氷の粒が大量にできる。
氷の粒に働く重量が上昇気流に打ち勝つと、氷の粒は下降を始め、雲の内部で粒がぶつかり合い帯電していく。雲の上方にはプラスの電荷が、雲の下方にはマイナスの電荷が、更に地上にはプラスの電荷が集まる。
それぞれの電荷が強くなり、空気の絶縁破壊電圧を超えた時に起きる放電が雷であり、大地との間に起きる放電が落雷である。
そういえばこの世界での麻痺魔法は、広義には電気系統の魔法である。
本来のパラリシスの使い方は、杖や刀身に付与して相手に接触させることで発動するらしい。
俺は麻痺魔法を込める対象をAT弾とし、弾着した先に発動させている。
ならばAT弾に込める魔法を更に強力にすれば……
◇◇◇
「カズヤさん!カズヤさんってば!!」
肩を揺すられて我に帰る。
振り返った先には、テラスの縁に座り込む俺を背後から覗き込むビビアナの姿があった。
彼女はいつも着ている活動服、丈の短いカーキ色のフード付きジャケットと茶色いタータンチェックの膝丈サロペットではなく、養成所の制服を着ている。
濃いえんじ色のジャケット、胸元にフリルのある白いシャツ、赤と紺のタータンチェックの膝丈ぐらいの巻きスカートに紺色のソックスという出立ちだ。
「どうですか?1ヶ月ぶりに袖を通してみましたが、やっぱり制服っていいですよね!」
立ち上がったビビアナがクルリと回ってポーズを決める。短めのスカートの裾がふわりと翻り、真っ白な足が露わになる。しかも俺は地面に近い場所にいる。だから……
「ちょっと!どこ見てるんですか!」
とまあ、スカートの裾を押さえるビビアナに、顔を真っ赤にして怒られることになる。
そのまま機嫌が悪くなるかと思いきや、そうでもなさそうだ。俺に向かって思いっきり舌を出したが、すぐに裾を押さえる手を離した。
ビビアナよ。その一連の仕草はツンツンキャラのお前には似つかわしくないぞ。とうとうアレか?デレたのか?ツンツンキャラからツンデレキャラに昇格したのか?
と、そんな事を思っても口に出してはいけない。
立ち上がりながら俺が口にしたのは、当たり障りなさそうな別の疑問だった。
「今日は制服で過ごすのか?」
魔物狩人である娘達が衣装持ちなわけではないのは知っている。ビビアナは器用に自分の活動服を仕立てたが、それ以外の服は俺のお古を仕立て直した寝巻きや部屋着ぐらいしか作ってはいなかったはずだ。イビッサ島に行ったりしていたから、そんな暇がなかっただけかもしれないが。
「何言ってるんですか?今日も養成所へ行くのでしょう?それならやっぱり制服ですわ!」
登校時は制服着用のこと。そんな規則でもあるのだろう。だが卒業したはずのビビアナにも、その規則が当てはまるのだろうか?
そんな疑問を口にする暇もなく、ビビアナが俺を急かしはじめた。
「カズヤさんも!私に見惚れてないで!早く着替えてくださいな。出発しますわよ!」
「出発って、もう行くのか?まだ昼にもなってないぞ」
そうである。俺が外で考え事をしていたとはいえ、感覚的にはまだ午前10時ぐらいのはずだ。ルイサとの約束は放課後であるから、早くても午後3時ぐらいだろう。
「私の行き付けの店に案内して差し上げますわ!どうせアリシアさん達はロクなお店に連れて行っていないのではありませんこと?」
ビビアナが俺の背中を押してログハウスに戻しながら、少々娘達に失礼なことを言う。
何を指して“ロクな店”かは知らないが、アイダはレアな干し肉が手に入る店を教えてくれたし、アリシアはドライフルーツが美味しい店に連れて行ってくれた。イザベルは武器屋を紹介してくれたし、カミラ先生は安くて美味い料理屋で奢ってくれた。
そもそもアルカンダラだけではなく、この世界の街の散策などほとんどしてはいないのだ。
「はぁ……そんなことだろうと思いましたわ!ほら!行きますわよ!って、ここで脱ぐのですか!あっち向いてますから、早く着替えてくださいな!」
早く早くと急かされながら、慌ただしくドイツ連邦軍の軍服に着替える。
白いガンベルトにはUSPハンドガンを装着するが、ハンドガンだけでは少々心許ない。ジャケットのポケットに収納魔法を掛けて、G36CとG36V、予備のマガジンを納めた。
「あっ!ちょっと待ってください。書き置きを残しますわ」
ビビアナが自身のジャケットの内ポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。これは俺の家にあったのを与えた物だ。
彼女はサラサラと何かを書いたメモ帳の紙を1枚破り、テーブルの上に置く。
「これでよろしいですわ!では向かいますわよ!」
ビビアナが俺の左腕を取って、ログハウス正面の扉に向かう。
養成所やアルカンダラの街中に行くのなら、養成所で与えられた小部屋に転移してそこから向かうのが常だ。今日は森の中を歩くつもりなのだろうか。
「ビビアナ、いつもの控室に転移しないのか?」
「いいんですの!たまには歩いて向かいましょう!」
まあ、そういうことならば俺に異存はない。
ログハウスに残してくる娘達が気にはなるが、ビビアナが残した書き置きがあるし、番犬代わりのフェルもいる。
何より娘達は立派な魔物狩人だし、カミラ先生は対人戦闘のスペシャリストだ。心配はいらないだろう。
俺とビビアナは、街へと延びる森の小道を歩き出した。





