153.査問会(7月17日)
その夜は査問会さながらの審判が行われた。
軍法会議と言ってもいいだろう。もちろん査問を受けるのは俺、陪審官は4人の娘達だ。
カミラ先生はといえば、街で樽ごと買い込んできたワインを呷っている。
「それで、カズヤさんと、ルイサちゃんの、間には、何にも、ないって事ですか?」
アリシアが妙に区切った喋り方をしている。相当にご機嫌斜めらしい。
“アリシアが”というより、ビビアナを除く3人の娘全員がこの調子なのである。
「何かあるわけ無いだろう。お前達を待ってる間に話しかけられて、そのまま話し込んでいただけだ」
「その割には親しげでしたけど」
「カズヤ殿は彼女の頭を撫でようとされていましたよね。それは親密な間柄であることを意味するのでは?」
先ほどから同じような話の繰り返しである。
ルイサの頭を撫でようとしてしまったのは、まったく俺の不覚だ。だが、別に他意はないのだ。
「Cuando el río suena, agua lleva」
事態を静観していたビビアナが、突然早口で何かを呟いた。
「そうですよ!ビビアナちゃんの言うとおりです!川の音が聞こえたら、そこには水があるんです!」
「カズヤ殿、どうなんですか!」
アリシアとアイダが一段と詰め寄ってくる。
さっきビビアナが呟いたのは、“火のないところに煙は立たぬ”的な諺だったのか。まったく余計なことを……
「もうそれぐらいにしといたら。今回の件でよ〜くわかったわ」
何がわかったと言うのか。カミラ先生が木製のコップをテーブルに叩き付ける。
「何がわかったんですか?」
アリシアの問いかけは、俺の心情を察してのことではない。娘達もカミラ先生が言っている意味がわからない様子だ。
「この男がpedófiloだったってことよ!まったく、これだけ一緒にいるのに手を出してこないもんだから、同性愛者かとは疑ってたけど。よりによってペドですって!?余計タチが悪いわ!」
「ぺど……ペド!そうなのお兄ちゃん!」
「まさか……そんな……」
「じゃあ……私達じゃ……」
娘達が一斉に数歩下がる。カミラ先生とイザベルが口にした“ペド”というのは、やはりあの“ぺド”のことだろうか。
「いや、ちょい待ち。それはそれでいいんじゃない?ほら、私って背も低いし、アリなんじゃね?」
「それなら私だって、髪も短いし身体付きだって女らしくはないし。ちょっと背は高いけど」
「えええ……みんなズルい……私はどうなのよ!」
「あ〜アリシアちゃんはねえ……うん。そうだねえ……」
「ちょっと!私だけ仲間外れなの!?」
何やら話があらぬ方向に向かっている。
やはり“ペド”とは小児性愛のことなのだ。
いや、別に人の性的嗜好にとやかく言うつもりはない。LだろうがGだろうがBだろうが、あるいはヘテロだろうが、それぞれの性的自認の中で生きていけばよい。
ただな。paedophileは別だ。いや、本来のペドフィルは、ペドすなわちギリシャ語で子供を意味するΠαιδί(Paidí)と、友情を意味するφιλία(filía)が組み合わさった言葉であり、決して性的な意味合いはない。それがいつのまにか性嗜好障害として定義されたものである。
そう。ロリータコンプレックスと違い、ペドフィリアは精神障害の一つに数えられるのだ。
ただし、単なる障害の一つで済むのは、子どもに対し性的な夢想を抱くだけに止まっている間だけである。実際に手を出せば、小児性犯罪者となり立派な犯罪者に昇格してしまう。
そんな蘊蓄はさておき、このままでは俺の性的嗜好が誤解されたままだ。
「あのなあ、お前達。俺は至って普通の男だぞ。恋愛対象は普通の女性だ」
「あらあ。そうなのぉ?じゃあ、どうして私には見向きもしないのかしらぁ?」
カミラ先生が妙に鼻に掛かったような声で言う。
「そりゃあ先生がおフガフガ」
イザベルの口をアイダとアリシアが全力で塞いだ。
が、遅かったようだ。
「お……おばさんですって!誰がおばさんよ!イザベルさん!明日は猛特訓させるから覚えてらっしゃい!」
「そんなあ!お兄ちゃん!」
イザベルよ。アイダとアリシアのおかげで不発に終わったとはいえ、お前の不用意な発言が招いたものだ。諦めてカミラ先生の特訓に付き合え。それが俺達みんなのためになる。長期的な意味でも短期的な意味でもな。
「でも、そろそろはっきりさせた方が良いのではないでしょうか。先生にとっては最後の恋かもしれませんし、皆さんも諦めがつくのでは?」
「ビビアナちゃん。はっきりって何を?」
「もちろん、カズヤさんが誰を生涯の伴侶とするかって事です」
またビビアナが要らぬ事を言い出す。トラブルメイカーは大抵イザベルなのだが、ことこういう時はビビアナの一言が大きな波紋を呼ぶのである。
「生涯の伴侶……お嫁さんってこと!もちろん私だよね!お兄ちゃん!」
「なに言ってるのイザベルちゃん!最初に会ったのは私よ!」
「私は一生カズヤ殿に付いていくと決めている」
案の定キャンキャン言い始めた娘達を制して、カミラ先生がジロリとビビアナを睨む。
「ちょっとビビアナ。それは失礼じゃない?何が最後の恋よ」
「年齢的にですよ。先生もお解りでしょう?それに、私は先生の恋を応援しておりますわ」
「年齢って、やっぱりあなたも私を年増扱いするのね。もういいわよ。私を理解してくれるのはカズヤ君だけだわ」
一際大きな音を立ててコップをテーブルに叩き付けたカミラ先生が立ち上がる。
「カズヤ君!こんな小娘達は放っておいて、2階で大人の話をしましょ〜」
俺にフラフラと近寄ってきた彼女は、足をもつれさせ、俺に倒れ掛かる。
「先生!」
「どうしたの!?」
彼女の只ならぬ様子を見て、娘達が一斉に立ち上がる。
心配されている側の当人は、俺の肩に顎を乗せて、何やらむにゃむにゃと呟いている。
「ねぇねぇカズヤくぅ〜ん……」
これは……
「酔っ払っただけだな」
俺の言葉に力が抜けたのか、娘達が座り込んだ。
「酔っ払ったって……先生ってお酒弱かったっけ?」
「そんなことはないだろう。毎晩ってわけじゃないけど、街に立ち寄った時は結構飲んでたような……」
「でも樽で買ってきたの初めてじゃない?」
「ノエさんが樽を抱えてる姿は、時々見ましたけど」
「まあ、あの人はねぇ……それよりも」
結果的にカミラ先生を抱き止める形になっている俺を見る娘達の目が、みるみる三角形に吊り上がっていく。
「ねぇお兄ちゃん?いつまで抱き合ってるのかな?」
抱き合っているつもりはないが、俺も男である。カミラ先生に対してそういう感情を持っていないにせよ、身体は反応してしまうものだ。
「アリシア、鎮静魔法を頼む」
「はい!」
吊り上げた目を一瞬で元に戻したアリシアが、カミラ先生の後頭部にそっと触れる。
彼女の腕から力が抜けた事を確認して、身体の向きを変えさせて抱き上げる。
「いいなあ。お姫様抱っこ」
イザベルが呟く。
「お前達は自分で立って歩けるだろうが。ちょっと先生を寝かせてくるからな」
不満げな娘達を残して、カミラ先生を2階の寝室へと運ぶ。何かヤジが飛んでくるかと思いきや、娘達は大人しく俺達を見送ってくれた。
◇◇◇
リビングの端から伸びる階段を登ると、4つの部屋がある。ビビアナが来る前までは俺と3人娘でそれぞれ1部屋づつ使っていたが、ビビアナを含めて4人娘になってからは個室は娘達に譲っている。だから俺の寝床は2階の共用スペースに設置した簡易ベッドと寝袋だ。まあゆっくり寝たい日は娘達が寝静まった後で、転移魔法で自宅まで帰ればいいのだから気楽なものである。
さて、カミラ先生を2階まで運んだはいいものの、彼女をどこに寝かせよう。さすがに娘達のベッドというわけにもいくまい。やっぱり寝袋か。
そういえば、昨夜彼女は自分の家に帰っていたが、このまま正式に俺達のパーティーに合流するのであれば、ここで共同生活をするのだろうか。とすれば彼女の部屋はどうしよう。2階の空きスペースにもう一部屋作るべきだろうか。夜が明けたら皆に相談しよう。
彼女を寝かせた後で、廊下の鎧戸を開けて一服する。
ふとビビアナの言葉が蘇る。
“生涯の伴侶”か。これまでお付き合いしてきた女性とは結局縁が無かった。もちろん結婚を意識したことがないわけではないが、踏み切れなかったのも事実だ。
仮にである。カミラ先生と結婚する事になれば、このパーティーはどうなるのだろう。やっぱり解散だろうか。とすれば娘達はどうなる。
ビビアナは一人でもうまくやって行くだろう。或いはビビアナも交えた4人でやっていくだろうか。
2本目のタバコを咥えたところで、階下が妙に静かな事に気付く。2階建てとはいえ防音など何も考慮されていないログハウスでは、階下の音は2階にも筒抜けである。だが先ほどから娘達の声が聞こえない。
不安に駆られて階段を降りる。
リビングにいたのは、テーブルに突っ伏す3人娘と、その傍らで悠然とワインを呷るビビアナであった。





