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145.夜明け(7月9日〜14日)

夢を見た。

夢の中での俺は、この世界に来た直後に起きたゴブリンの襲来のせいで慎重になってしまい、周囲の探索を後回しにした。

その結果、娘達に出会う事が出来なかった。


正確には、あの洞窟で娘達には会った。

変わり果てた姿となった娘達に。

洞窟の中で名も知らぬ娘達の亡骸を前に泣き続ける。とても、そう、とても悲しい夢だった。


◇◇◇


何故そんな夢を見たかと言えば、情け無いことに俺自身が魔力切れで昏倒していたからだ。

スキャン上に捉えていた最後の1匹が海に入った所で、俺の糸はぷっつりと切れてしまったらしい。

カミラ先生の声を遠くに聞きながら気を失った俺が気がついたのは、朝日が差し込む船小屋の中であった。


目覚めた俺の視界に飛び込んできたのは、俺の顔を覗き込む4人娘の顔。そして俺の両手には薄い青の魔石が一掴みづつ握らされている。


「お兄ちゃん目が覚めた?」


「よかった。私が伝令になんか向かったから、カズヤ殿が倒れてしまったかと……」


「いやいやアイダちゃんのせいじゃないって。あれだけの魔法を使ってたら魔力も切れるでしょ」


「すごい勢いで青の魔石の色が消えていくから、魔石が足りないんじゃないかと思いました。本当に魔石から直接魔力を吸収してるんですね!」


「それね!またカニの甲羅を引っぺがしたら取れるんじゃない?」


「でも倒したカニはあらかた解体しちゃったよ」


「え……海に入って追いかける?」


「絶対イヤ!」


カニの奔流が去ったと思ったら、今度は娘達の言葉の奔流が襲ってきた。こちらは無害だから別にいいのだが。

それにあんな夢を見たあとだ。元気な娘達の顔を見ると涙が溢れてきた。


◇◇◇


結局、カミラ先生の魅力的なお誘いは実現しなかったのだ。炎の壁に遮られて村の山手側で二股に分かれた赤い奔流は、ほとんどが村を迂回して海に入った。

その流れから外れて村の石垣を登ったカニは、船小屋の屋上に構えていたアリシアとイザベルが破砕し、討ち漏らしたカニはアイダとビビアナが村の有志と協力して狩ってくれた。

村の建物や石垣に被害らしい被害は出なかったが、村人に怪我人は出た。カニにやられたというより、焦って転んで足を捻ったといういささか残念な怪我の仕方だったようだが、怪我人は怪我人である。治癒魔法の得意なアリシアが治療し、あっさりと回復したらしい。


海上へ退避した村人達は、夜明けを待って上陸してきているようだ。さすがに暗いうちの接岸は難易度が高かったのだろう。


とりあえず頭痛も吐き気もないし、いつまでも寝ているわけにはいかないか。

そろそろと上半身を起こす俺の背中を支えてくれたのはアリシアだ。


「もう起き上がって大丈夫ですか?」


「ああ。心配かけたな」


二日酔いのように頭の芯がぼんやりとはしているが、別に車を運転するわけでも機械を操作するわけでもない。じきに回復するだろう。

それよりも外の様子が気になる。


船小屋の開戸を開けた先には、膝を付いて頭を垂れる跳ねっ返りの若者達の姿があった。


◇◇◇


「この度は村を救っていただき、ありがとうございました!」


「ご迷惑をお掛けしました!」


若者達が口々に叫ぶ。

ああ。この村は救えたらしい。

俺の目に涙が滲んでくる。

変な夢を見たせいか、涙腺が脆くなっているらしい。


「頭を上げてくれ。怪我人はいないか?」


「はい!足を捻った奴がいましたが、もう大丈夫です!」


「そうか。その程度で良かった。避難していた連中は?」


「全員無事戻りました。家の被害もありません」


どうやら娘達が言っていた“被害無し”という報告は正しいようだ。


「それで、教官殿にご相談なのですが」


おっと。突然教官呼ばわりされ始めた。

カミラ先生は自分がアルカンダラ魔物狩人養成所の教官であると名乗っているし、俺も教官として俸禄を受ける身だ。誰かが口を滑らせたのだろうが、この若者達が俺を教官と呼ぶ事自体は不思議ではない。

問題はその理由だ。


「俺達を養成所に入れてください!」


「どうしても魔物狩人(カサドール)になりたいんです!」


魔物狩人(カサドール)になって、今度こそ俺達の手で村を守ります!」


「よろしくお願いします!」


再び深々と頭を下げる若者達を前に、俺とカミラ先生は顔を見合わせた。


「と言われても、どうしたものでしょう」


「まあ入所要件は満たしてるんじゃないかしら。やる気があって、やる気と実力が見合っているのなら断る理由は養成所にはないわ。それにね」


カミラ先生が若者達に向き合って続ける。


「あなた達に決定的に足りないもの。何かわかるかしら?」


今度は若者達が顔を見合わせる。


「魔物に立ち向かう勇気……でしょうか」


「経験だと思います!」


5人の若者達のうち、リーダー格らしき2人が答える。

その答えにカミラ先生は軽く頭を振って続けた。


「違うわ。そもそも魔物を狩ろうという時点で勇気はあるでしょうし、経験なんて場数を踏まないと身に付かない。あなた達に足りないのは、魔物についての知識と正しい怖がり方よ」


そう。それは確かに最も重要な事かもしれない。

“魔物を狩りたい”という意思ばかり強ければ、単なる猪突猛進野郎になってしまう。その意思に見合った実力があるならば話は別だろうが、そんな例は多くの場合貴重だ。


「その知識を得るには、養成所に入って真剣に学ぶのが最も近道なの。だから私とイトー君の連名で推薦状を書いてあげるわ。略式とはいえ、教官2名の推薦があれば入所要件は満たすわ。あなた達の入所は認められるはずよ。自分と自分の周りの人を守るために、死ぬ気で取り組みなさい」


やはりカミラ先生は教官なんだなあ。

そんな事をつい思ってしまうほど、その姿は教官らしい威厳に溢れている。

昨夜月明かりの下で見せた、殺気に満ちた妖艶な姿とは打って変わり、その瞳には“先生”と呼ばれるに足る優しさと厳しさが満ちている。

その姿に若者達も再び頭を下げた。


◇◇◇


こうしてマルサの村での騒動は一応の終結を見た。

俺達はこの村に1週間滞在し、警戒監視と片付けを手伝った。ついでに若者達が養成所に旅立つ路銀の足しにするための狩りの応援と、若者達が良かれと思って破壊した結界の修復を行った。

修復といっても魔力の残渣が残ったままのカニの甲羅を積み上げ、イリョラ村に設置した杭と魔石を組み合わせた警戒網を構築したに過ぎない。

イリョラ村では幼いアンナが使ったシステムだ。この村でも使いこなせるはずだ。


そうそう。この村に来るきっかけとなった「漁網が切り裂かれる」原因だが、この村に来て3日目で正体が判明した。

巨大なノコギリザメと多数のアカガニの死骸が海岸に打ち上げられたのである。それもノコギリザメは身体中を切り裂かれ毟り取られたような状態でだ。

全長6m強。あまりの大きさにノコギリエイかとも思ったが、エラは体の側面にあり、体の下側にあるノコギリエイとは明らかに体の構造が違う。

特筆すべきは長く伸びた口吻だ。ノコギリのようなギザギザの歯ではなく、口吻全体が長剣のように鋭く尖っている。その長さは2m近い。

要は抜き身の巨大な長剣を頭部に備えた魚が海中に潜み、時折漁網を切り裂いては網に掛かった魚を頂戴していたのだ。

その巨大ノコギリザメと魔物化したアカガニの群れが海中で戦い、ノコギリザメが孤軍奮闘するもアカガニの数に押し切られた。そんな様子だった。


正体が分かってしまえば、“なんだそうか”といった具合である。

実は「妖怪アミキリではないか」とか、南半球の暖かい海に生息する標準和名アミキリ、オーストリアでの名前をテイラーという歯の鋭い魚とか、妄想を膨らましてはいたのだ。

だが切り裂き魔の正体は巨大ノコギリザメで間違いないだろう。


ある種の観光資源あるいは海神信仰の対象物を失った村人達が意気消沈するかと思いきや、彼らは割とあっけらかんとしていた。


「まあ、死んじまったもんは仕方ねえ」


「それよりか、きっちり骨取りして飾っておけば、街から人が見にくるんじゃあないか?」


とまあ、こんな感じだ。

更には俺が炎の壁を築いた後に残された土塁も観光資源にする気満々らしい。高温の炎に晒された砂が溶けて、まるでガラスでコーティングされたかのようになった土塁は、確かにそれだけでも見応えのある風景になってしまっていたのだ。

商魂逞しいというか、これといって産業もない漁村に降って湧いたチャンスなのかもしれない。

数年後に再びこの島を訪れた俺達は、相当に美化された石像と石碑がこの地に建った事を知るのだが、それは後日の話である。

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