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143.襲撃①(7月9日)

「なんじゃ!何が起きた!」


突然のイザベルの報告に、ウーゴも動揺を隠せない。

報告を受けた俺は直ちにレーダーを山側に放つ。

脳内のレーダー画面が真っ赤になったような錯覚すら覚える量の魔物が、地を這いながら進んでくる。


「その恐れていた事が起きたって事でしょう。イトー君、どう?」


「距離2000から1000にかけて、無数の魔物がこちらにやってくる。速度は……そう速くはないが、30分もしないうちにここまで到達するはずだ」


カミラ先生が大きくため息を吐く。


「あなた達の覚悟を見せる時が来たようね。想像より早かったけど、まあ仕方ないでしょう。ウーゴさん、防衛戦の指揮は任せますわ。私達の指揮はイトー君に任せます」


「儂等も指揮下に入れてもらえんのか?」


「だってあなた達の実力も装備も何も知らないのよ。どうやって指揮を取れと?」


正論である。カミラ先生の言葉に誰も反論できない。

だが正論であるからといって、目の前の問題を解決できるわけではない。そもそも大規模戦闘の経験がない若者達がバラバラに動けば、本来持っているかもしれない実力を出す間も無く各個撃破されるのが目に見えている。


俺は大きく深呼吸してから一歩前に出た。


「ウーゴ。ここは俺が指揮を執る。村人達も全員指示に従ってもらうが、異論はないな?」


「ああ。よろしく頼む」


ウーゴが頭を下げる。初めて会った時の気迫がすっかり失われている。村の代表者としての自信を失ったか、あるいは若者の愚行に責任を感じているのか。

何にせよ、まずは撤退ルートの確保だ。分厚い城壁に守られた城などならともかく、ここは砂岩の石積みに囲まれたただの集落だ。


「すぐに出せる船は何艘ある?」


「沖に出るだけでよければ、4艘だ」


「わかった。自分の身を守れない者は全員、船で沖に出してくれ。子供や老人、怪我人や病人、誰も残すな。手分けして各家を回るんだ。1人は石垣に沿って篝火を焚いてきてくれ。松明はあるな?」


「篝火?そんなもの点けたら的になるんじゃないのか?」


「魔物によってはな。だが更に怖いのは暗さのせいで魔物が見えない事だ。お前達の中で、洞窟で突然自分よりデカい魔物に至近距離で出くわして冷静でいられる奴はいるか?」


「いや……無理だな。よし、わかった。お前達、聞いたとおりだ!皆の避難と戦える者の選抜だ!急げ!」


若者達が蜘蛛の子を散らすように家々へと向かう。

月光に照らされる村がこれからどうなるのか、今の俺達に知る由はなかった。


◇◇◇


村の若者達が避難誘導をしている間に、俺達も防衛戦の準備を進める。

イザベルとアリシアはへカートⅡとM870を持って船小屋の屋根の上に陣取る。ここが村の全域を見渡せる唯一の場所なのだ。

もちろん2人ともアイダの固有魔法“譲渡”を使って、俺の“スキャン”を使えるようにしてある。これによってへカートⅡから放たれる貫通魔法を付与したAT弾と曲射されたスラッグ弾が、視界外の魔物でも撃ち抜けるはずだ。

村を囲う石垣の山側頂点には、三八式歩兵銃を持ったカミラ先生と俺、アイダが配置についた。

ビビアナとフェルは村人達の護衛に回る。索敵能力に優れ、接近戦もこなすビビアナには最適なポジションのはずだ。フェルはまだ戦闘の際にどう動けるのか未知数だから、さすがに最前線に着かせるわけにもいかない。


村人達の避難は思いの外順調に進んだ。4艘目の漁船が船着場を離れ、避難誘導を行っていたウーゴ達が集まってきた。跳ねっ返りの若者達に加えて、手に銛や大きな包丁を持った男達、ざっと20人も一緒だ。


「戦えそうな奴らを選抜した。皆この村を守ると言っている。こいつらもよろしく頼む」


すっかり神妙になったウーゴが頭を下げる。


「そんなに畏まらないでくれ。俺にも何ができるかわからない。当然全力は尽くすが、万が一の時には村を捨てて脱出する覚悟はしておいてくれ」


「ああ。承知している。儂らも魔物と隣り合わせで暮らしてきたんだ。その備えはしてきたつもりだ」


「備え?」


「ああ。漁から戻れば直ちに次の船出に備える。もし村が襲われたら、誰がどの船に乗って逃れるかも申し合わせてあった」


「どおりで素早い避難ができたわけだ」


「だがその備えを実際に使う時が来るとは……面目ない」


「そう言わないでくれ。備えていたからこそ、村人の大半は助かるんだ。それで、残った者の脱出の準備は?」


「さっき急いで船出の準備をした船がある。20人ばかしなら乗れるはずだ」


20人か。その中に俺達6人が入るスペースはあるのだろうか。

まあ究極的には転移すれば済むのだが。


◇◇◇


山側からの風に混じるガサガサという音が大きくなってくる。脳内のレーダー画面は既に真っ赤だ。

スキャンに切り替え、反応の細かい位置と強度を確認する。魔物の一体一体の反応はさほど強くはない。せいぜいゴブリンクラスだ。だがいかんせん数が多い。カディスの街を包囲したゴブリン達を超える、おそらく1000匹にも迫るだろう。


「魔物の位置はどうだ?」


迫ってくる魔物の気配を感じているのだろう。ウーゴの顔が緊張で強張っている。


「距離300。月明かりだけでは暗いが、光魔法でもあれば有視界で捉えられるな」


「イトー君。だったら私が」


カミラ先生が三八式歩兵銃を斜め45°に構え、AT弾を連続発射する。

軽い発射音とともに打ち出されたAT弾が、曲射の頂点で光を巻き散らす。

5個の光源に照らされたのは、見渡す限りに敷き詰められた真っ赤な絨毯のような光景だった。


◇◇◇


「なに……あれ……」


カミラ先生が絶句している。

元軍人であり、対人戦闘であれば敵無しとも思われる彼女が言葉を失うほどの光景が目の前に広がっている。


双眼鏡を覗き込んだ俺は、すぐに答えにたどり着いた。あれは何か。答えは簡単だ。カニである。

山奥でイザベル達が見つけた真っ赤なオカガニと同じものだろう。だがサイズは遥かに大きい。ウサギか、あるいは犬ぐらいはありそうだ。

そのカニが大集団となって迫ってくる。決して速くはないが、木々や岩を迂回するでもなく、着実に迫ってくるのだ。


その現象に俺は心当たりがあった。


「なあウーゴ。この辺りで夏に赤いカニを多く見かける事はないか?」


「なんじゃ!今はそれどころじゃなかろう!」


「大事な事だ!どうなんだ!」


「ええい!今時分のカニだと……確かにそこらじゅうに湧いてくる時期がある。足の踏み場もないほどにな!それがどうした!」


やはりそうか。

これは自然現象だ。ある種のオカガニは産卵のために一斉に山を降り海に向かう。ニュージーランドのクリスマスアカガニなどが有名だが、日本に生息するアカテガニも産卵期になれば大潮の夜に一斉に海岸に集まるのだ。


「それで!イトー君は何か分かったの?」


「ああ。これは単なる自然現象かもしれない。村が襲われるというより、奴らの向かう先に村が立ち塞がっているだけだ。迂闊に攻撃しないほうがいいかもしれない」


「そんな事いっても、もう来ちゃうわよ!」


それはわかっている。俺達の後方、船小屋の屋根に陣取ったイザベルとアリシアがコッキングする音が聞こえる。2人には前衛の俺達3人が攻撃を始めない限り撃たないよう言い含めてはいるが、それも時間の問題か。


だが、どうすれば村を守りきる事ができるというのだ。

奴らは“村を襲う”とか“人間に害をなす”ために向かってきているのではない。

迫ってきているのがゴブリンなら、指揮を執っている個体を排除すれば逃げ散るかもしれない。

だがそれが魔物化したカニならばどうだ。指揮者がいるのか?答えはおそらくNoだ。

奴らは真っ直ぐ海に向かっているに過ぎない。目の前に立ち塞がる障害物を乗り越えて、ただただ最短ルートで海を目指しているだけなのだ。

十分な時間があるなら、魔石を仕込んだ杭を四方八方に打ち込んで、その杭を起点に村全体を結界で覆うこともできる。だがそんな悠長な時間はない。

奴らはあと数分で村の石垣にたどり着くだろう。そこまでの間の障害物といえば、村をぐるりと取り囲む水路ぐらいしか……


「カミラ先生!アイダ!水路に沿って炎の壁を作る!侵入を阻止するぞ!」


「炎の壁!?そんな無茶な!」


「無茶でもやるんだ!」


俺は石垣から飛び降り、村へと注ぐ小川が分岐するポイントへと走った。

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