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139.イビッサ島にて⑦(7月7日)

「コドク?ってなに?」


聞き慣れない言葉にまず食い付くのは、大抵イザベルだ。この時も真っ先にそう尋ねてきた。


「俺がいた世界での古い呪法だ。俺の国に伝わっていたのは、毒のある虫、例えばムカデなんかを使う方法だったが、本場では蛇や犬、猫やニワトリを使う方法もあるらしい」


「ムカデや蛇?そんな生き物をどうやって使うのですか?まさか使役するのですか?」


ビビアナの“使役”という言葉を聞いて、伏せていたフェルがムクリと顔を上げる。

お前を蠱毒になんぞ使わないから安心しろ。


「使役か。まあ最終的にはそうなる。壺に虫、ムカデや毒ガエル、クモやなんかを入れて土に埋め、1年間放置する。この間に虫同士で食い合いをさせるわけだ。1年後に掘り起こして、生き残っていた虫を呪詛の道具に使う」


「うわあ。趣味悪い……」


「まあ呪法の類いは側から見ていれば気持ちのいいものではないよな」


「それで、その呪いの効果はどんな形で発現するのですか?」


「使役する生き物によって異なるらしい。毒虫を使えば相手を殺す。蛇を使えば病で苦しめる。ニワトリを使えば相手の全身に鋭い痛みを与えられる。その他にも全財産を奪うなんて効果もあったらしい」


「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんの住んでた世界って、すっごく荒んでるの?」


ああ、それな。ある意味で荒みきった世界だったかもしれないな。


「う〜ん。そんな回りくどい事しなくても、本気で相手を殺したいならパパッと魔法でも使えばいいのに」


アリシアよ。可愛い顔をしてなんというコトを言い出すのだ。


「え?あれ?いやいや、私がそんな事するわけないじゃん!?大丈夫だって!」


「いや、今のは絶対本心だった。アリシアの事はあんまり怒らせないようにしよう……」


そう呟いてアリシアから距離を取るアイダとイザベルの手首を、アリシアがむんずと掴む。


「なんで逃げるのかなあアイダちゃん、イザベルちゃん?」


「いやあ、深い意味はないんだけどさ。ちょっと怖いなあと……」


「深い意味あるんじゃん!」


「それにしても、魔法の使い方も様々あるのですね。私達が使う魔法は、こう、直接的というか、対象物に直接作用するような効果ですけど、先程イトーさんが仰った魔法?は間接的というか、効果が直接的でないというか……」


ビビアナが言いたいことはなんとなく分かる。これは魔法が現実として存在するかしないかの差だ。

アリシアが言ったように、魔法が目に見える形で発現するのであれば相手を呪い殺すなんて方法に頼る必要はないのだ。元の世界で呪法や黒魔術の儀式などが成立し得たのは、その効果が現実のものではないからなのだろう。


「カミラ先生。先生はイトー殿が仰られたような魔法はご存知ですか?」


問い詰めてくるアリシアの矛先を回避しようとしたのか、アイダがカミラ先生に話し掛ける。


「そうね……おまじないに近いのかしら」


「おまじないですか?嫌な相手が家に訪ねてこないように、箒を2本交差させて立て掛けるとか?」


「あ!そういうのなら知ってる!好きな人の誕生日に花を植えて、大事に育てると恋が叶うってやつ!」


「イザベルちゃんそんな乙女な事してたんだ。意外だなあ」


「してないしてない!友達が!友達がね!」


「へえ〜。友達ねえ」


「何よもう!アイダちゃんまで!」


顔を真っ赤にするイザベルを茶化すアリシアとアイダの姿を見るカミラ先生の目が心持ち冷たい気がするのは、自分に話しかけておいて脱線していく3人娘に呆れているのだろう。


“おほん”と咳払いしてビビアナが話に入ってきた。


「カミラ先生。おまじないというと、やっぱりカズヤさんが仰られた蠱毒という術には実効性がなさそうだという事でしょうか。さっきアリシアさんやイザベルさんが言ったおまじないなんて、子供騙しな言い伝えですよね」


「それはどうかしら。魔法が直接的な作用をするからといって、魔法以外の術が子供騙しだと決めつけるのは違うと思うわよ。例えば誰かが貴女に深い恨みを抱いていて、イトー君が言ったような方法で恨みを晴らそうとしている事を貴女自身や貴女の身内が知ったとしましょうか。もし貴女の身に何か良くない事が起きたら、きっとその術のせいだと思えてしまうんじゃないかしら」


「それは“気のせい”というものでは?」


「そうね。きっと気のせいよね。でも、もしかしたら違うかもしれない。その疑念は誰かの心に残っていく。そういう思念が溜まりに溜まって、ますます良くない事が続いていく。おまじないや呪いの恐ろしいところは、そうやって人の無意識の中に浸透して思念を操るところなの」


カミラ先生とビビアナの談義を聞きながら、俺は別の事を考えていた。

意図したものか偶然かはわからないが、起きている状況はこの島の森が蠱毒の壺のように魔物の闘技場になっている事を示している。

島のどこかで湧き出る魔素によって無限に誕生しながら繰り返されるバトルロイヤル。

その結果、もしも狩人が置いた結界など意にも介さないほど強力な魔物が誕生したらどうなるか。


小さな島で暮らす人々の営みなど、それこそ一瞬で吹き飛んでしまうだろう。

海を渡る能力を備えた魔物に成長したら、近隣の島や対岸の街も危ない。

そうなる前に、俺達の手で魔物を狩り尽くし、魔素の供給源を絶つべきかもしれない。

だが、そんな事がたった6人で実行可能だろうか。


「ほらほらみんな!そろそろ出発しないと、日暮れまでにセドロの木までたどり着けないよ!」


イザベルの急かす言葉に我に返った。

とりあえず考えるのは後回しにしよう。

まずはこの山を越え、無事にマルサの村にたどり着かなければならない。今回の任務はそのマルサの村の漁師達が知っているという、網が切り裂かれる現象の調査なのだ。


◇◇◇


セドロの木の麓に着いたのは、日がだいぶ高いうちだった。だがこれでいいのである。知らない森で夜を明かすのは無謀というものだ。特に強力そうな魔物が徘徊している森なら尚の事だ。


「うわあ……大きな木だねえ……」


森の樹冠の隙間からセドロの木が見えた時の娘達の反応は、ほぼみんな同じだった。

そして木の根元までたどり着いた俺達は、その威容にただ圧倒された。


セドロの木。レバノン杉の一種のようだが、まさに天を仰ぐという言葉がぴったりの巨大な木だ。

その高さは北米大陸に生息するジャイアントセコイアを彷彿とさせる。樹高100m、幹の直径は優に10mをこえている。

いったいどれだけの月日を重ねれば、このように巨大な木に成長するのだろう。100年や200年は下るまい。


幸いにもセドロの木の周辺50mほどは少し盛り上がった固い地面になっており、野営には最適な場所になっていた。この巨大な木が落とす影と張り巡らされた根が、周辺に木々や草が繁茂する事を許さないのだろう。

そういえばアメリカ大陸やオーストラリアの巨木も、周囲の木々は普通の樹高か標準よりも低いと聞いた事があるが、巨木が大地の恵みを吸い取ってしまうという事だろうか。


こうして本日の目的地に到着し野営の準備を終えた俺達は、日没と同時に早々と就寝モードに入った。

見張りの一番手はイザベルとビビアナの偵察チームだ。これは“夜中や明け方に起こされるよりも夜更かししたほうがマシ”という2人の意見を尊重した結果だった。

何事もなければ、明日の午後にはマルサの村に到着するはずだ。

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[一言] 「俺達の手で魔物を狩り尽くし、魔素の供給源を絶つべきかもしれない。だが、そんな事がたった6人で実行可能だろうか」 可能かもしれないし、不可能かもしれない。しかし、自分の満足感の為にすること…
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