131.オンダロアで足止めされる(6月30日~7月5日)
波止場の船乗り達が言っていたとおり、6月30日の夜半頃から風が強くなり、翌7月1日の朝には波止場に白波が打ち寄せていた。海や航海に疎い俺達でも、これはひと目見るだけで出航など無理だと理解するレベルだった。
朝の時点では雨は降っていなかったが、昼過ぎには雲が立ち込め、夕方には暴風雨となった。
宿は1泊の予定だったが、“雨風が収まらないと次の客も来ない”との事で、出航日が決まるまでは泊まってもいい事となったのは助かった。
ノエさんはといえば、“嵐になるならさっさとアステドーラに行きたい。転移魔法でよろしく”ということで、最近はすっかりアリシアに懐いていた栗毛の愛馬と一緒にアステドーラ近郊の森まで送った。あっさりとした別れだったが、お互い生きていればまた会えるだろう。
◇◇◇
鎧戸に打ちつける雨音に加え、突風の唸り声と雷鳴を聞きながら、俺達は宿の部屋に缶詰となった。
石造りの宿屋は暴風にもびくともしないが、室内は夜のように暗い。
鎧戸の隙間から入ってくる風で、時折ランプの炎が揺れる。
そんな室内に引きこもる事になった俺達はさぞかし暇を持て余すかと思いきや、これがそうでもなかった。
イビッサ島に向けて出発出来ないと判明した時点で、娘達が大量の雑誌やら漫画を持ち込んだのだ。
雑誌といってもサバイバルゲームやアウトドアに、何種類かのフィギュアや萌えミリタリー関連のものしかなく、普通に考えれば娘達の興味を引く内容の物ではない。むしろ文字どおり“引く”ような内容のものばかりなのだが、何故か娘達の心に刺さったようだ。
「このお人形の服可愛い!!」
「ねえねえ、こっちの子ってアイダちゃんに似てない?」
「いやいや、こんな大剣使えないって。それよりこっちの子はイザベルのお仲間じゃないのか?髪は白いし、耳も尖ってる。弓矢まで背負って、そっくりじゃないか」
「ほんとだ。お兄ちゃんのいた所にも、ミッドエルフっていたんだ!」
アリシア達はフィギュア雑誌を囲んでワイワイやっている。まあそりゃ銀髪弓使いのエルフはファンタジーキャラクターの王道だからな。
「私はこちらの魔道具のほうが気になるわね。イトー君が持っているのに似てるけど、もっと洗練されているように思うわ。この魔道具は持っていないの?」
カミラ先生が指差したのは、サバイバルゲーム雑誌に載っていた旧帝国陸軍のコスプレをした男性の写真だ。着剣した三八式歩兵銃を立て、不動の姿勢を取っている。三八式歩兵銃の着剣時の全長は現代日本人男性の平均身長に迫る1.7m弱となるから、カミラ先生には短い槍にも見えるのかもしれない。
「へえ。どれですか?ってこれ槍じゃないの?でも背負い紐みたいなのがついてるし、柄の下の方に引き金みたいなのがありますね……カズヤさん。これって“えあがん”なんですか?」
本来の獲物がカミラ先生と同じ短槍であるアリシアが喰いついてきた。
「ああ。エアガンだな。この機関部とバレルは金属製だが、ストック、ここの茶色い部分は木製だ。装弾数は確か25発ぐらいだったと思うが、ヘカートⅡと同じくボルトアクションだから連射はできない。接近戦では不利だ」
「だから槍としても使えるようになっているのか。ふんふん」
「まあ、エアガンに装着できる銃剣はダミーだし、実銃でも本物の槍や剣には強度の面で劣るけどな。だが銃剣道という武道が成立していたのは事実だ」
「ダミー?ジュウケンドウ。イトー君もその武術を修めているの?」
「まさか。でも槍術の突きと払い、棒術の打撃の3つを組み合わせた武術だとは聞いています」
当然である。サバイバルゲームでは直接打撃は禁止だし、そもそも俺には武道の心得などない。聞き齧った程度の知識はあるが、そんなものは実戦を重ねたカミラ先生や娘達には通用するはずもない。
「そうですか。そのサンパチシキってエアガンなら、私も使えるかと思ったのですが……作ってくださらない?」
「なになに?先生も専用のエアガン作ってもらうの!?」
「専用の武器ですか……羨ましいです」
「ビビアナも作ってもらえばいいんじゃないか?銀ダンだけでは心許ないだろう」
「そうですよね!アイダさんの言うとおりです!イトー殿!私にも専用のエアガン作ってください!」
ほらな。やっぱりそうなった。
「作ってくれと言われればやってはみますが、そのエアガンはボルトアクションですよ。いいんですか?」
「ぼるとあくしょん?ってどういうこと?」
「引き金を引いて撃つたびに、コッキングハンドルを引いて次の弾を撃つ準備をしなければいけないんです。イザベルのように遠距離から狙い撃つならともかく、カミラ先生は乱戦を好むほうでしょう?近距離での火力では劣りますよ」
「よくわからないけど、矢を射るみたいなものよね?だったら大丈夫よ。私、近距離での攻撃には自信があるけど、遠距離での攻撃手段がなかったのよね。だからお願い。イトー君」
そこまで言われては断れない。とりあえず作ってみるか。
◇◇◇
さて、時間はあるし、転移魔法で移動できる自宅には転用できそうなジャンク品が転がっているし、素材として必要な土や木は採取してくればいい。
問題は何を作るかだ。
カミラ先生のリクエストは三八式を模したエアガンと決まっているからいいとして、ビビアナ用のエアガンが問題だ。
ビビアナの戦闘スタイルは後衛型だが、偵察にも長けているから単独で突出する事もある。遭遇戦になった時の事を考えれば、フルオートでばら撒ける電動エアガンにするべきか。
とすればPDWの代表例、MP7はどうだろう。
それともアリシアが好むMP5Kとマガジンを共有できるMP5シリーズほうがいいだろうか。いや、MP5Kではアリシアと被るし、MP5A5やMP5Jというのも芸がないか。
装填するAT弾は共通になるのだから、マガジンの共有は諦めてもいいかもしれない。
「ねえねえビビアナ。この中から選んだら?」
イザベルが持ってきたのは、少し古いエアガンのカタログだ。メーカーを問わず掲載されているから、俺も眺めながらニヤニヤしていたものだ。
「うわあ。たくさんありますね!迷っちゃいます」
「これなんかいいんじゃない?」
イザベルが指差したのはHK416Dだ。
アメリカ軍の歩兵用小銃M4カービンの改良型であり、フラッシュライトやフォアグリップ、スコープなどの各種オプションパーツが取り付けられるよう、レシーバートップとハンドガードがアルミ製のピカティニーレールで覆われている。
「うーん。ちょっと大きすぎません?それになんかゴツゴツしてて痛そう。もっと、こう、シュッとしたのがいいです」
「じゃあこれは?ゴツゴツしてないし、シュッとしてるよ」
「どれどれ?って長すぎない?ビビアナちゃんの杖よりずっと長いよ?」
「じゃあこっちは?形は似てるけど、だいぶ短いよ」
イザベルが指差したのはタネガシマ、アリシアが指差したのはフリントロックピストルだ。
中世ヨーロッパ風のこの世界の住人にとっては、火縄銃のフォルムこそ美的センスに訴えかけるのかもしれない。
◇◇◇
ひとしきりカタログをめくっていたビビアナの動きが、ある一枚の写真を前にして止まった。
Vz61。通称スコーピオン。
パイプを曲げた銃床が上方に回転して銃上部に固定される独特のギミックを持ち、銃床を畳んだ状態での全長は27㎝ほど。ちょうどA4サイズの紙と同じぐらいの短機関銃だ。
前方に緩いカーブを描く弾倉は、射撃時にはフォアグリップも兼ねる。成人男性がメインアームとして持つには小さすぎるが、小柄なビビアナが個人防衛武器として持つにはちょうどいいかもしれない。
コンパクトな短機関銃である事が重要ならば、例えばイングラムM10や9mm機関けん銃でもよさそうなものだが、ビビアナのセンスには響かなかったらしい。
「これですわ!イトー殿!これを作ってください!」
「へえ。ビビアナってこういうのが好きなんだ」
「別にいいでしょう!滑らかな造形、必要最小限の装飾。あなたが持ってる長くて重くてゴツゴツした物より数倍マシよ!」
「へカートⅡの事!?そりゃ長いし重いけど、あのエアガンでしかできない攻撃があるんだからね!」
イザベルの言葉は特に悪意があったようには思えないが、時折ビビアナはイザベルに突っ掛かる。かと言って仲が悪いわけでもないし、一緒に行動する事も多い。まあ女の子の心情を中身はおっさんの俺が推し測ることなど出来ようもないか。
◇◇◇
そんなこんなで、カミラ先生には三八式歩兵銃と銃剣を模したエアーコッキングガンを、ビビアナにはVz61を模した電動ガンを錬成することとなった。
錬成の補助としてアリシアが付き合ってくれている間に、裁縫の得意なビビアナはカミラ先生と一緒に先生の服を仕立て上げた。
翌7月1日にはエアガンは完成し風雨も治まったが、海の状態が回復せずオンダロアでの足止めが続いた。
この間にカミラ先生とビビアナは慣熟訓練を行った。指導役はアイダとイザベルだ。俺ではカミラ先生の相手をするには到底役者不足だからな。
三八式歩兵銃とVz61の評価は上々で、攻撃の幅が広がったと2人とも喜んでいる。
ただカミラ先生でも短槍と三八式歩兵銃の2本持ちは持て余すようで、専ら着剣したままの三八式歩兵銃を持ち歩いている。当然自らの技術で魔槍化しての事だ。
詳しくは教えてくれないが、魔石を介して周囲にフィールドを設定し、そのエリア内に侵入した敵や飛来物を迎撃する魔法式。これがエギダの黒薔薇の秘密のようだ。
同じような効果をエアガンそのものに組み込めれば、魔力を流すだけで標的を自動追尾するような事ができないだろうか。そうすればイザベルの“必中”にも劣らぬチート武器になるかもしれない。
◇◇◇
イビッサ島行きの船が出航したのは、5日後の7月5日だった。





