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130.船を探す(6月30日)

盗賊達の処刑を見届けた俺達は、アルマンソラからオンダロアを経由してイビッサ島へと向かう旅路に戻った。

往路は魔石による補助動力を搭載した吃水の浅い帆船で遡上したが、復路はイザベルの強い要望もあって馬車での旅を選択している。

馬車を曳く栗毛の馬はノエさんの愛馬だが、御者台に座った俺の隣で手綱を握るのはアリシアだ。

アリシアに愛馬を取られた形になったノエさんは、カミラ先生が乗ってきた馬に騎乗している。

そしてそのカミラ先生は……


「こらフェル!そんなところに顔を突っ込まないの!くすぐったいでしょ!」


馬車の荷台にだらしなく座ったカミラ先生が、笑いながら胸元から灰色の毛玉を引っ張り出そうとしている。

まったく、こういった姿からは盗賊の首領を文字通り叩き伏せた人物の面影を見つけるのは難しい。

そもそも養成所の魔導師教官とも思えないが、魔石が組み込まれた槍を振るったカミラ先生は、暗がりから飛来する矢をあっさりと叩き落し、賊の首領をまるで蠅かなにかのように吹き飛ばしたのである。

そしてその技が発動する瞬間、彼女の周囲が淡く光った。あれは固有魔法か、あるいは彼女自身が作った魔槍の効果だったのだろうか。


だがカミラ先生はあの攻撃の秘密も、自身の通り名であろう“ エギダの黒薔薇”についても一切語る事がなかった。

それに盗賊の首領リカルドと彼女は顔見知りのようだったが、そのリカルドの処刑を目の前にしても、彼女は一切何も彼と自分の過去については口にはしなかった。

アルマンソラで受けた事情聴取と、その後の数日間で得た情報によれば、リカルドは15年ほど前から5年前まで国軍の偵察隊に所属していたらしい。およそ10年の軍務の間もさほど功績らしい功績を挙げてはおらず、5年前の北方での紛争時に行方不明扱いとなっていた。

アルマンソラ周辺での盗賊被害が起きはじめたのは3年前から。アルカンダラへと続く街道沿いに被害が出始め、その範囲は徐々にオンダロアまで広がっていたらしい。

何度か衛兵隊が大規模な山狩りを行なったが、その都度取り逃していたようだ。


そのリカルドとの戦闘中の会話から推測するに、カミラ先生も軍人だったことは間違いなさそうだが、こちらから聞くのも憚られる。

というより、“女の過去を気にするんじゃない”とか何とか言って誤魔化されるのがオチだろう。


そんな幾つかの謎を残しながらも、俺達の旅は続いている。


◇◇◇


「先生ってば、最初はフェルの事捨ててきなさいとか言ってたのに、結局一番フェルに甘いよね」


「まあ今はあんなに懐いてるんだから、それはいいんじゃないか?それにしても、なんでフェルは先生とアリシアに対してだけ胸に潜り込もうとするんだろう」


「フェルも男の子って事ですわ。ほら、男の子って大きい方が好きなんでしょう?」


「そうなの!?やばい……大きくならなきゃフェルもお兄ちゃんも取られちゃう!」


「お前の身長で胸ばかり大きくなったら変だろ!」


「そんなことないもん!お兄ちゃんの部屋にあった本で見たもん。“ろりきょにゅう”って言うらしいよ!」


イザベルが何を見たのかは知らないが、俺がこの世界の文字を教えてもらう代わりに、俺の部屋にある蔵書は娘達に好きなように読ませている。もっとも「読む」というよりはイラストや写真を楽しんでいる側面が強いようだが、賢い娘達は平仮名や片仮名程度は読めるようになっている。

だが平仮名と片仮名に加え、漢字と英語で構成された日本の雑誌や漫画をすらすらと読めるようになるには、相当な時間がかかりそうだ。

かく言う俺に至っては一向に読み書きが上達する気配がない。

言い訳らしきものをさせてもらえるならば、耳に入ってくる言葉と目にする文字が違うというのは、なかなかに理解しがたい事なのだ。初めて漢字や文字に触れた感覚は、きっとこういう感じなのだろう。


それはともかく、俺の性癖を誤解したまま馬車の荷台ではガールズトークが続いている。

アリシアは時折参加したそうに後ろを振り返っているが、こういう時に渦の中心である俺が迂闊に口を挟むと思わぬ方向から集中砲火を受けて炎上しかねない。周囲の索敵に集中しよう。


◇◇◇


オンダロアはアンダルクス川の河口の切り立った崖の麓に開かれた街だ。遥か昔に偉大な魔導師が岩山を切り開き、街の基礎を作ったらしい。そのため街並みはほとんどが石造りだ。

オンダロアに上流側から騎馬や徒歩で入場する場合は、アンダルクス川から入港する時とは違って街の後方の岩山をぐるりと迂回して海側から入るしかない。

早朝にアルマンソラを出た俺達だったが、岩山を迂回したせいでオンダロア入りは日暮れ寸前となった。

慌ただしく宿を確保し、馬車と馬を預ける。

イビッサ島行きの船が順調に確保できればお別れする馬車ではあるが、それまでは俺達の貴重な財産だ。


「さてと、これからどうする?イビッサ島行きの船を探してから夕食にするかい?」


せっかくノエさんが提案してくれたが、とりあえず宿には入れたし、娘達は疲れているだろう。馬車の荷台というものは御者台よりもダイレクトに振動が伝わるのだ。俺が御者台に座っていたのは、その振動から逃れる意味もあった。

幸い宿にも食堂が併設されているし、わざわざ外で食べる必要もないか。


「俺とノエさんで船を探しに行きましょう。アイダ、皆の事を任せるが、いいか?」


「了解です。お待ちしています」


「お兄ちゃんお土産よろしく〜」


ヘロヘロとした体たらくでイザベルが手を振る。

お土産とはまた難易度の高いミッションだ。


◇◇◇


日も暮れたというのに波止場と市街地は妙に混雑している。

人混みを掻き分けたどり着いた連絡所は、頂にドーム状の構造物を有し3階には広いバルコニーがある石造りの建物だ。

重いドアを開くとカランカランとドアベルの音がするが、その音は内装の板張りに吸い込まれていく。


「いらっしゃい。おや、若いカサドールだね。宿?仕事?それとも船かい?」


こちらから話し掛ける前に、受付のカウンターにいたお姉さんが反応してくれた。

イビッサ島行きの船を探そうとした俺達だったが、お姉さんは残念そうに首を横に振った。


「どうやら明日から海が荒れるらしくってね。たぶん数日間は船が出せないんじゃないかって話だよ。おかげで港は大混雑さね」


「それは仕方ないけど、夕方まではあんなに晴れていたのに。海が荒れるってのは間違いないのかい?」


カウンターに身を乗り出して、お姉さんと気安く話すノエさんの真似は俺には出来そうにない。


「わたしゃ天気を読む力なんてないからわからないよ。でも船乗り達がそう言ってるんだ。明日は朝から大荒れだってね。あいつらが船を出さないんじゃ、どうやったって島に渡るのは無理だね」


まあ船が出ないのなら仕方ない。隣の街まで進んで船がを探す手もあるが、オンダロアがダメなら小さな半島を越えた先のカラレオナだって海は荒れるだろう。

気長に待つしかないか。


「そうだぜ兄ちゃん達。年長者の言う事は聞くもんだ。ビアンカ、今日はイバルラはいねえのかい?」


俺達の後からやってきた男が話に入ってくる。

ぶどう酒の匂いとアルコールの臭気を纏った男は、見た感じ50代後半。もう“爺さん”と表現しても良さそうに見える。

使い込んだ色をしたレザーアーマーに幅広の長剣。盾のような物は持っていないがゴツい小手を装着した姿はいわゆる冒険者っぽい感じだ。

そして片手にジョッキを、反対側の手には布の袋をぶら下げている。


「あらアダン。イバルラは今日は非番よ。それで、ちょっとは稼げたの?」


「おうよ。ってもケチ臭い稼ぎだけどな。小鬼が10匹に大鬼が1匹。血は落としてある。確認してくれ」


アダンと呼ばれた男は手にした袋をカウンターの上にデンっと乗せた。


受付のお姉さんの名前はビアンカというらしい。慣れた手付きで袋の口を開き、中身を並べていく。

小さな耳が10個に大きな耳が1個。


「はい、確かに。これが報奨金ね。あんた毎日きっちりと同じ数を狩ってくるわよね。何かコツがあるの?」


ビアンカさんが男の前に金貨を何枚か置く。

男は金貨を数えるでもなく、1枚だけポケットに入れて残りをビアンカさんの方へと押しやった。


「コツだあ?そんなもんはねえよ。ただ自分の実力を見極めて、無理しない事だな。生きていくのに必要な金なんて、実はそんな大したもんじゃあないんだ。宿に泊まって飯を食って、1日金貨1枚もあれば十分だ。それ以上は贅沢ってもんだろう」


「残りはいつもどおりでいいのよね。でも若い頃は大金持ちになりたいって思うものよ。ねえ、若いカサドールさん」


突然話を振られて戸惑っている間に、アダンが鼻を鳴らした。


「ふん。大金持ちになるのが悪いとは言わねえよ。そういやカディスかどっかで荒稼ぎしている若い衆がいるんだろ」


「そうそう。何でもアルマンソラでは盗賊の一味も捕らえて報奨金がたんまり出たそうじゃない。この街でお金落としていかないかねえ」


「ったく。運も実力の内っちゃあそうだが、幸運と自分達の実力を勘違いするようじゃあ、先はねえな」


うわあ。自分達の事を面と向かって話題にされると、こうも小っ恥ずかしいものか。

もう素直に“はい、気をつけます”としか言いようがないが、わざわざ自分から名乗り出る必要もないか。


「まあ年を取ると説教くさくなっていかんな。頑張れよ若いの。ただ自分と仲間を大事にな!」


パンっと軽快な音で俺とノエさんの肩を交互に叩いたアダンが、ジョッキを煽りながら出て行った。


◇◇◇


「あの人、この街じゃ最古参のカサドールなんよ。悪く思わないでやっておくれよ」


アダンから受け取った金貨を何処かへしまったビアンカさんが、宿帳のような物を持ってきた。

最古参のカサドールか。50代後半という見立てが正しければ、これまで見てきた現役の狩人の中では年上の部類に入る。現役を退き貯めた金で隠居してもおかしくない年齢だ。


「それで、イビッサ島行きの船だね。明日は無理だろうし、次の便に乗れるか保証はできないけど、紹介だけはしておくよ。2人でいいのかい?」


俺はノエさんの横顔をチラッと見るが、やはりこの街で別れるようだ。


「いや、6人と馬1頭でお願いします」


「6人で馬1頭?って事は馬車付きだろう。馬車は売っていくのかい?」


「ええ。そのつもりです。買い取ってくれる所も教えていただけると助かります」


「それじゃあ纏めてドラド商会がいいだろうね。専ら海上輸送専門だったんだけど、街道沿いの盗賊が退治されたってんで、陸上輸送もやるつもりみたいだね。荷馬車を買い漁ってるってえ噂だ。紹介札を渡しておくから、今から行ってきな。場所はねえ……」


ビアンカさんが教えてくれたドラド商会は、波止場に面した倉庫群の一角にあった。

ビアンカさんが言ったとおり、残念ながら次の便の出航日時は未定だった。ただ幸いな事に馬1頭と6人ぐらいなら次の便に押し込めるという事で、天候が回復すれば乗船出来ることとなった。


さて、数日間ぽっかりと予定が空いた。

今夜は宿に泊まるとして、明日からは何をしよう。



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