129.盗賊殲滅戦③(6月25日)
壁に叩きつけられるリカルドの姿を、取り巻きの盗賊4人がぽかんと見る。
その隙に近づいたノエさんが、両替屋の主人を押さえていた2人の後頭部に短剣の平を叩きつけて昏倒させた。
「お頭がやられた!逃げろ!」
残り2人が逃げ出そうとするが、その向かう先は俺の目の前だ。腰だめのM93Rで、麻痺魔法が付与されたAT弾を難なく撃ち込む。
こうして、両替屋を襲った盗賊は一掃された。少なくとも屋内からは。
だが宿の裏手で控えている賊が残っているし、スキャンの範囲外に潜んでいる可能性もある。
「イトー君!宿のほうは!?」
「裏手の3人はそのままです。俺がアイダ達を率いて掃討しますから、ノエさんとカミラ先生はこの場をお願いします」
「任せて!気をつけてね!」
討ち取った賊の応急処置と拘束を手際よく進める2人に見送られて、両替屋の正面入口まで戻った。
両替屋の主人とその家族の解放は2人の先輩に任せよう。
◇◇◇
宿屋の鎧戸と屋上の明かり取りの三角窓の上から顔を覗かせるアリシアとイザベルを手招きし、宿の正面へと呼び寄せる。
と、イザベルが室内には戻らずそのまま飛び降りた。まさに猫のように空中で一回転すると、体勢を崩す事なく着地する。相変わらず身軽で羨ましいことだ。
「もう終わり!?敵は全然こっちに来なかったけど」
「裏手の3人が残っているし、もしかしたら周囲に潜んでいるかもしれない。俺達で掃討する」
「了解。みんな出てきたよ」
全員集合したところで、再度ブリーフィングを行う。
アリシアがフェルを連れてきていたが、特に吠えるでもなく大人しくしている。
「イザベルと俺で右回り、アイダとビビアナで左回りで裏手に回り込む。ビビアナは攻撃よりも視界の確保を頼む。俺達が動いたら、アリシアは宿屋の正面入口と裏口に硬化魔法を掛けて、簡単に侵入できないようにしてくれ。裏手が片付いたら合図をするから、もう一度集合して打ち合わせだ」
「わかりました。合図はいつもの“3回早く3秒休んで3回繰り返す”でいいですか?」
「ああ。皆もその合図でいいな?」
「了解です。敵は生かして捕らえたほうがいいのですよね」
「そう聞いている。殺すな、そして壊すな。森の中での戦闘よりもはるかに燃えやすいものが周りにあるし、壁1枚隔てた先にいるのはお年寄りや子供かもしれない。もちろん自分の身が優先だが、周囲にも十分配慮してくれ」
「任せて。でも手足の一本ぐらいは覚悟してもらわなきゃね」
イザベルが両腰の短剣を抜きながらニヤリと笑う。
アイダも愛用の長剣をスラリと抜き、ビビアナは手にした杖を握りなおして頷く。
「皆、対人戦闘は初めてのはずだ。油断するなよ。では行動開始!」
◇◇◇
宿屋の裏手へと右回りで抜けた俺とイザベルは、角で一旦停止する。
時間は午前3時少し前。まだ空が白むには早過ぎる。
イザベルが建物から少し離れた場所で弓矢を構えたままゆっくりと身体をずらし、裏口のある細い路地を確認する。
「アイダちゃん達も向こう側に付いたみたい。敵は3人とも裏口の階段に座ってる」
イザベルの報告を受けて、俺も目視確認する。
15mほど先にゆらゆらと揺れるランプの光に照らされた賊どもは、何ともやる気のない雰囲気で座り込んでいる。
ただバイタルポイントは石造りの階段の縁に隠れており、単純に狙うだけでは行動不能に追い込むには難しそうだ。
「おびき出すしかないかな。アイダちゃんの“譲渡”があれば、お兄ちゃんの“スキャン”と私の“必中”で、斜め上から射掛ける事もできたけど」
イザベルが呟く。
何とかしてアイダ達と連絡が取れれば、タイミングを合わせて賊を誘うこともできるだろうが。やはり通信手段は必須か。
「よし。私が先に行くよ。そしたらビビアナちゃんが光魔法を使うでしょ。奴らの目が眩んだ隙に、アイダちゃんと私が突っ込む。お兄ちゃんは援護して。それでどう?」
イザベルが立てた作戦が妥当に思える。俺が先行しても賊が警戒するだけだろう。こんな夜中に幼い少女がのこのこやってくるのも不自然極まるが、そんな冷静な判断ができる連中が盗賊などやっているとも思えない。
「わかった。援護は任せろ」
イザベルは腰の短剣を背中側に隠すように挿しなおし、フードを目深に被ってから、宿屋の裏口へと続く路地に踏み出した。
◇◇◇
「おじさん達何してるの?」
「んあ?なんだい嬢ちゃん。こんな夜中にどうした?」
宿屋の裏口にたむろする3人の盗賊に、イザベルが話しかけた。
まったく、こういう時のイザベルは豪胆というか遠慮がない。アイダやアリシアはイザベルを人見知りだと言うし、本人もそう言い張っているが、本人達の思い込みじゃあないだろうか。
「おいディエゴ。さっさと追い払っちまえ」
「そういうなよ兄弟。どうせお頭達もお楽しみなんだからよう。俺達にも役得ってえのがないと」
「あそこの娘ってすっげえ別嬪らしいからなあ。俺も行きたかったぜ」
盗賊達の会話が漏れ聞こえてくる。
そんな粗野な言葉を、さも理解できないかのようにイザベルが小首を傾げる姿が後ろ姿でも想像できる。
「あれ?おじさんあれ何だろ」
「あ?なんだ?」
イザベルが俯いたまま斜め上方を指差し、釣られて盗賊達が上を見る。
次の瞬間、上空に真っ白に輝く光球が出現し、辺りを眩い光で包み込んだ。
◇◇◇
一時的に視界を奪われた盗賊達は、左右から襲いかかったアイダとイザベルの敵ではなかった。
剣を抜く間もなく打ち倒され、地面に這いつくばる。アイダが賊の首元に剣を叩き付けた時にはひやりとしたが、賊の頭が胴体から離れることはなかった。一時的に気を失っているだけだ。
ほぼ一瞬で片を付けたアイダとイザベルの下に、俺とビビアナが駆け付ける。
「よくやった。怪我はないか?」
「いやあ。ちょっと想像以上に眩しかったね。さすがビビアナちゃん!」
「ああ。来ると分かっていても、あそこまで強い閃光とは思っていなかった」
「いえ。もう夢中で……皆さん目は大丈夫ですか?」
「大丈夫!それよりアリシアちゃん呼んで安心させなきゃ!」
イザベルがアリシアに合図している間に、複数のホイッスル音が聞こえだした。
「敵の合図か?」
「あれは衛兵隊の非常呼集ですね。“短く2回、長く1回”が繰り返されています。先ほどの光魔法で気付いたのでしょう」
「そうか。だったらぐずぐずしていられないな。俺達が賊と間違えられかねない。俺とアイダで捕虜を宿屋の正面に運ぶ。3人は周辺と捕虜の監視だ」
「了解!」
◇◇◇
こうしてアルマンソラで起きた両替屋襲撃事件は終結した。
捕縛された首謀者のリカルド デュラン以下15名は衛兵隊へと引き渡され、数日間の取り調べの後に公開処刑される事となった。残酷なようだが、非公開で処刑しても民心は納得しないらしい。
“あの大盗賊は衛兵に賄賂を渡して生き延びたらしい”とか、“実は捕まったのは別人で、復讐の機会を窺っている”なんて不安材料を残さないためには、民衆の目の前で絞首刑か斬首刑にでもするしかないのだ。
両替屋の主人であるイサーク カストロと奥方、娘さんを解放した謝礼に加え、盗賊達に掛けられていた賞金の総額は金貨1500枚となった。金貨10枚もあれば1家族が1か月は生活できるそうだから、7人で分配しても一晩の稼ぎとしては十分すぎる金額だ。狩人などやめて賞金稼ぎに転向してもいいぐらいだが、コンスタントに稼げるものでもないだろう。
俺達はアルマンソラに五日間滞在し、リカルド等の処刑を見届けてからイビッサ島への旅路へと戻った。
 





