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123.フェルナンド(6月23日)

「フェル!こっちおいで!」


「ちょっとビビアナさん独り占めしちゃだめ!フェル!お姉さんのほうが柔らかいわよ〜」


フェルナンド、通称フェルと名付けられた幼い一角オオカミは、荷台の上で女性陣の膝の上を飛び回っている。角も牙も生えていないその姿は、どう見ても子犬に過ぎない。

この愛らしい生き物がいつか牙を向いて俺達に襲いかかる日が来るのだろうか。


「みんなズルい!私もフェルをもふりたい!」


御者台で手綱を握るアリシアが抗議する。

変わってやりたいが、素人が手綱を握るなどこの賢い栗毛の馬は認めてくれないだろう。

フェルとのコミニュケーションの邪魔にならないよう御者台に移動した俺は、ふと思いついた事をアリシアに聞いてみた。


「なあアリシア。魔物を封印するとか、魔力を抑制する魔法ってないのか?それか姿形を変えてしまうとか」


ファンタジーの世界ならば、自分のステータスを偽装したり低く見せるなどして要領良く生きる主人公って必ずいるはずだ。

或いは姿形が他の人と異なるだけというならば、大きめのフードを被っていればいい。イザベルが街中で好んでフードを被るのは、特徴的な耳や銀色の髪を隠そうとしているからだろう。もっとも元気いっぱいなイザベルちゃんはすぐにフードを外してしまうから、効果の程は微妙だと思う。


ともあれ、この世界ではステータスのような物はないが、代わりに魔力を感知する魔法はある。フェルの持つ魔力が犬のそれではないと勘付く人間がいないとは限らないし、角が生えてくるようなら見た目から何とかしなければならない。


「えっと……魔物を封印ってのは知らないですけど、魔物の魔力を抑える魔法ならありますよ!」


◇◇◇


「なになに?若い2人で楽しそうにしてるじゃない」


荷台側から伸びてきた腕が、俺の首に絡み付いた。


「ちょっとカミラ先生!邪魔しないでください!今大事な話をしてるんです!」


アリシアの抗議も虚しく、カミラ先生の腕が俺の首から離れる気配はない。

それどころか俺の左耳に触れんばかりの位置に唇を寄せてきた。


「イトー君、ありがとうね。ちょっと場違い感があって、あの子達の中に馴染めそうになかったんだけど、フェルが来たおかげで楽しくやれそう」


「そ……それはよかったですね。じゃあフェルへのお礼といっては何ですが、カミラ先生も協力してください」


「わかったわ。じゃあそっちに移動……ってイトー君の隣は無理か。アリシアさんの隣でいいわ」


「でいいって何ですか!」


抗議の声を上げるアリシアを片手で制して、カミラ先生が話を続ける。


「まあまあ。それで、魔物の魔力を抑える魔法だっけ。ほとんど利用価値がないから実習ではやらないはずだけど、アリシアさんよく知ってたわね」


「利用価値がない?そうなのかアリシア」


「はい。価値がないというか、使ってる時間がないんです。強い魔物と相対するときは、大抵その魔物に見合った狩り手の数を揃えます。それでも勝てないと判断した時は、さっさと撤退します」


つまり、相手を弱体化するよりも相手よりも強大な戦力で挑むと、そういう事か。

軍や騎士達と違って、狩人達は撤退を恥だとは思っていない。もっとも街を守るとか、護衛の任に就いている場合はその限りではないだろうが。


「使ってる時間がないというのは?」


「詠唱にもの凄く時間が掛かるんです。そのくせ持続時間が短いから、そんなの唱えてる暇があったら攻撃魔法の一つでも放つか逃げろって感じなくらい」


「そしてその魔法の効果は、たぶんほとんど実感できないくらいなの。そうね……アイダさんの魔力量が、アリシアさん並みになるってぐらいかしら」


それは確かに微妙だ。アルカンダラを最初に訪れた時に測定した、アイダ・アリシア・イザベルの魔力量はそれぞれ1500・1400・1300だった。今では変わっているかもしれないが、要は100程度しか魔物の魔力を抑えることができないということだ。

アイダが放つ炎の槍をアリシアが放てばどうなるか。精度はともかく、火力としてはほとんど変わらないだろう。


だが逆に言えば十分魔力が弱い魔物ならば、その魔力をほとんど抑えることができるという事だ。


「なあアリシア。その魔法をフェルに掛けたら、一角オオカミであることを隠蔽できると思うか?」


「それはできると思いますが、そんな事考えたこともありませんでした」


「カミラ先生の意見は?」


「私も“女神の抱擁”をそんな風に使う例は知らないけれど、上手くいくんじゃない?でも四六時中イトー君がその魔法を行使し続けなければいけないわよ」


アリシアとカミラ先生の意見は概ね肯定的だ。残りのブレーン2人、ノエさんとビビアナの意見も聞いてみたところだが、試してみる価値はありそうだ。


「アリシア。その魔法って、どんな詠唱をするんだ?」


「えっと、まずは女神カリプソの名前を呼んで……ちょっとやってみますね」


アリシアが唱えた詠唱は、始めから終わりまでに実に30秒はかかったのである。


◇◇◇


ふうっと一息ついたアリシアは、俺を見て苦笑いした。


「長い詠唱でしょう。だから本番の狩りでは全く出番がないんです」


確かに、詠唱時間が長いくせに持続時間が短く、さらにその効果が実感できるほどではないとすれば、いったい何のために魔法を行使するのかわからない。


「な~んか3人でこそこそやってると思ったら、新しい魔道具の相談?私も混ぜて!」


荷台側からイザベルが首を突っ込んできた。比喩的表現ではなく、身体を投げ出すようにして俺とアリシアの間に突っ込んできたのである。


「ちょっとイザベルちゃん狭い!」


「いやいや。私ちっこいよ?大丈夫だって」


などとイザベルは言っているが、御者台はそもそも3人掛けでいっぱいだ。イザベルが割り込む隙はない。

にも関わらず、この小柄な娘はちゃっかりと俺の膝の上に居場所を見つけて腰を据えた。


「なんかこうするの久しぶり。フェルが甘えてるの見て、甘えたくなってさ。んで、新しい魔道具作るの?」


そうか。詠唱時間が長く持続時間が短いのならば、魔道具に仕立てて魔石で常時発動させておけばいいのだ。

犬ならば首輪をつけていても不自然ではないだろう。


「でかしたぞイザベル。そうだ魔道具にすればいいんだ」


「え?なに?私なんか良いこと言った?」


頭をくしゃくしゃにされながら、イザベルは満更でもない雰囲気だ。


「アイダ!フェルに首輪を付けたいんだが、構わないか?フェルの魔力を抑えて、人の目を誤魔化せるかもしれない」


荷台側を振り返ってアイダに尋ねる。

ちょうどフェルはアイダの膝の上にいた。


「首輪ですか?首輪だってフェル。いいよね?」


ワンっと一声吠えたフェルは、小さなふさふさの尻尾を振り回す。


「わかった。イザベル。後ろに行って、俺の荷物からパラコードを取ってくれ。ノエさん。この辺りで野営できそうな場所はありますか?」


フェルの一件で随分と道草を食ってしまった。

日は陰り始めたというのに、アルマンソラまでの道のりはあと3時間ほどは必要だろう。フェルもいる事だし、今夜は野営したほうがいいだろう。


「この先に、広い河原のある場所があるよ。天気が崩れる気配はないし、そこにしよう。先客がいないか、ちょっと見てくるよ」


ノエさんが手綱を握り直し、馬の腹を軽く踵で蹴って駆け出す。


こうしてフェルはあっという間に我らのパーティードのマスコット的存在になったのである。

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