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122.イビッサ島に向かう⑤(6月23日)

俺が水魔法で生み出した水を飲んだ一角オオカミの子供から、すっかり凶悪な気配が消えている。

この現象を調教と呼ぶのなら、確かに今の状況はぴったり当てはまるのかもしれない。

だがそれって……


「そんな事ない!私がカズヤ殿を思う気持ちは、断じて調教などではない!ノエ殿!それは余りにも酷い侮辱だ!」


アイダの叫びに呼応するかのように、アイダの腕の中の一角オオカミの子供も唸り声を上げる。


「ほら、良い子だから落ち着いて」


牙も生え揃わぬ歯茎を剥き出しにしてノエさんを睨みつける幼い魔獣の頭を、アリシアがそっと撫でる。


「私もカズヤさんに調教されているわけではないと思います。むしろ今の感じ、調教師はアイダちゃんのような気がするのだけど」


「そんな……そんな事はないと思うぞ。だって私は使役魔法など使えないし、そもそも魔物を使役する魔法など聞いたこともない」


今度は幼い魔獣は首を傾げる。

その態度は実にアイダの精神状態とリンクしている。こいつを本当に調教したのは、実はアイダかもしれない。


「なあアリシア。使役魔法って、普通は誰が何のために使うんだ?」


「えっと……主には家畜を誘導したり市場に連れて行く時に使いますね。一種の精神魔法ですからそう難しくはないのですが、なかなか一般的ではありません」


「索敵のために鳥やネズミを使役する事もあるけど、まさか一角オオカミを使役できるわけないよね。強過ぎるもん」


「気性の荒い犬を躾ける時にも使う事があるから、魔道具も使われるわ。ただ効果があるのは牛、羊、犬などの魔力が弱い生き物ばかりだから、いくら幼いとはいえ一角オオカミに効くとは思えないわね」


アリシア達とカミラ先生の意見は一致している。少なくともアイダが無意識に使役魔法を行使したという事はなさそうだ。


「あの!確認なんですけど」


そう言ってビビアナが軽く手をあげる。


「アイダさんが噛んでいたっていう干し肉って、何の肉ですか?」


「え?牙イノシシの肉だ。なかなかお目にかかる物でもないし、魔力の回復効果も高いからな。見かけた時は必ず買うようにしてる」


「牙イノシシですか。それは珍しいですね。普通のイノシシ肉とは、やっぱり違いますか?」


「ああ。独特の味がして全然違う。ただのイノシシ肉の魔力回復効果を1とすると、牙イノシシの干し肉は5って感じだな」


「まあわざわざあんな大物倒さなくっても普通のイノシシを狩ればいいしね。攻撃も通じないし、持って帰るの大変そうだし」


「確かにそうですね。だいたいわかりました。この小さな“わんこ”がアイダさんに懐いたのは、その牙イノシシの干し肉と、イトー殿の水、更にアイダさんの唾液が混じったせいです」


ビビアナがビシッと指差す先には、アイダの腰にぶら下がったペットボトルと干し肉入りのポーチがあった。


◇◇◇


「はあああ?アイダちゃんにそんな能力があるの!?」


一瞬訪れた静寂を破ったのは、イザベルの声だった。


「いえ。アイダさんだけでなく、もしかしたら誰にでもそんな素質があるのかもしれません。その素質を引き出したのは、イトー殿が魔法で生み出した水でしょう。イノシシの干し肉なんて珍しい物ではないですが、珍品の牙イノシシの干し肉をわざわざ魔物に与えるとは思えません」


「まあな。普通は餌をやるなんて考えずに逃げるよな」


「魔物を飼うなんて人もいないしね」


「牙イノシシの干し肉を誰かに食べさせたら、食べた人は食べさせた人に調教されるのか。それもあり得ないでしょう。イトー殿の水でも同じ事です。私達は誰もイトー殿に調教などされていませんし、精神魔法に支配されていることもあり得ません」


それはそうだ。仮に俺が無意識に彼女達に何らかの精神魔法を行使しているとして、彼女達が俺に向けてくれる笑顔が魔法のせいならば、そんなに悲しい事はない。


「牙イノシシの干し肉とイトー殿の水を合わせたらどうか。それも皆さん一度くらいは経験があるのでは?」


「まあ、干し肉を噛んでると喉が乾くからね。アイダちゃんなんか1日に何回もお代わりしてるじゃん」


「私も他人のこと言えた義理じゃないんですけど。なので、私が出した結論は、それら2つが組み合わさって、さらに与えた相手が幼い魔物だったというのが原因だと思います」


「いや、だったら私の唾液云々は関係ないじゃないか!幼い魔物を餌付けすれば調教できるって事だろ」


「その効果というか効率が違うって言ってるんです!」


ああ。何故この魔獣がアイダに懐いているのか何となくわかった。アイダの唾液である。

東北のマタギと呼ばれる猟師の文化を何かの本で読んだ事がある。どうしても懐かない気性の荒い猟犬を手名付けようと奮闘する少年の話だ。彼は餌の鶏の翼の内側に毎日自分の唾を吐きかけ、少しずつ自分の匂いに慣れさせていったのだ。

これは寓話かもしれない。だが、方法としては有り得ない話ではないと思う。

同じように、噛み砕かれた干し肉に含まれたアイダの匂いの効果を、水魔法で生んだ水がブーストしたのだとしたら。獰猛なはずの魔獣がすっかり普通の子犬になってしまった理由にならないだろうか。


「あ〜。ちょっといいか」


俺が話し始めると、6人と1匹が一斉にこっちを向いた。


「カミラ先生。この子犬に危険性はない。その事についてはご理解いただけますか?」


「ええ。狂気に満ちた瞳でもありませんし、魔物特有の気配も感じません。これは少し魔力が強い、ただの獣です」


「ノエさん。猟犬やその他の猛獣を餌付けして慣れさせるというのは可能ですか?使役魔法抜きで」


「そりゃあ可能だと思うよ。そもそも使役魔法で大人しくさせた所で、魔法が解けたらただの猛犬や猛獣に戻ってしまうからね。普通はそんな危険なことはしない。順当な所では餌付けかな」


「ありがとうございます。どうしてこうなったのかは今後検証してみなければいけません。ただ今言える事は、このままコイツを放り出したとしても勝手について来るだろうという事です。それなら管理下に置いたほうがいい。そう思いませんか?」


カミラ先生は俺とアイダ、そしてアイダの腕に抱きかかえられたまま尻尾を振る幼い魔獣の顔を交互に見る。


「わかりました。ですがアイダさんが責任持って面倒みるのですよ」


ついにカミラ先生が折れた。

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