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118.イビッサ島に向かう①(6月22日〜23日)

遅くまでログハウスの1階で活動服を仕立てていたビビアナも、明け方頃には作業を終えてアイダの部屋に引き揚げたようだ。

その部屋の主人はまだ俺のベッドで寝ている。

野営の時は大人しくしている3人娘も、天井がある場所で眠る時に交代で俺のベッドに潜り込んでくるのは止められないらしい。これについては俺も、そして一時期は目くじらを立てていたビビアナも諦めている。


いつもならアイダとアリシアは間違いなく俺より早く起きているが、今朝は俺が最初に目覚めたようだ。

まあほぼ休日らしい休日も与えられていないのだ。そもそも娘達の年齢を考えれば明らかに労働基準法違反ではあるのだが、生活と娯楽と仕事が一体化したこの環境ではやむを得ないか。

せめて寝られる時ぐらいゆっくり寝かせておこう。


◇◇◇


自室を出て階下に降りると、きちんと畳まれたカーキ色の服がテーブルの上に置いてあった。

ビビアナは自らの言葉どおりちゃんと朝までに活動服を仕上げたらしい。

ちょっと広げてみたい誘惑に駆られるが、それは失礼だろう。本人がお披露目してくれるまでは待つか。


◇◇◇


俺はログハウスの裏口から本来の家へと転移し、自宅とガレージの点検をする。

なかなか明るいうちに帰ってくることがないから、改めて見るのも久しぶりだ。

対ゴブリン戦で投げつけられた槍で傷付いたシャッターを見ながら、煙草に火を付ける。

あれは4月末の事だった。

たった2ヶ月前なのに、ずいぶんと昔の事に思える。


ガレージでRV車のエンジンを掛けてみる。

ほぼ2ヶ月動かしていないにも関わらず、1発で掛かる。これも硬化魔法の効果だろうか。

イビッサ島をRV車で爆走する事は無いだろうが、今後活躍の場があるかもしれない。それまではゆっくり英気を養ってもらおう。


◇◇◇


敷地をぐるりと一周してから、周囲に仕掛けたクレイモアの調子を確認し、ログハウスに戻る。

裏口から中に入ると、何やら二階が騒がしい。


「あ!お兄ちゃん帰ってきた!見てみて!ビビアナの服、可愛くない!?」


イザベルに手を掴まれて連れてこられたビビアナが着ている服は、カーキ色の丈の短いジャケットに茶色いタータンチェックの膝丈サロペットだった。

ジャケットの前合わせは首元までボタンになっており、襟はフードになっている。

アリシアとイザベルが仕立ててもらった服にもフードが付いているから、やはり魔法師のトレードマーク的なものなのだろう。

サロペットの腰の辺りに締めた革のベルトには、アリシア達と同じ革のポーチと銀ダン用のホルスターが通されている。

このデザインなら女性らしさを出しながらも馬に乗っても背中が出る事はないだろうし、スカートが捲れる心配もない。膝下が露出しているのは気になるが、長めの靴下を履けば支障なさそうだ。


「どうでしょうか?おかしくないですか?」


ビビアナが両手を軽く広げてクルクル回りながら感想を求めてくる。


「ああ。よく似合っている」


女性を品評する事などなかった俺には、それ以上の言葉が出ない。

お世辞抜きでビビアナはどこに出しても恥ずかしくない美少女である。金髪に映える白い肌、均整の取れた体型。身長はまあ低めではあるが、アイダ達と同じぐらいだからこの世界でが標準的なほうだろう。

アリシア、アイダ、イザベルの3人娘も美人さんであるが、ビビアナは正統派お嬢様といった雰囲気だ。

そんな美少女は何を着ても似合うに決まっているではないか。


「むう……カズヤさんがビビアナちゃんを見る目が嫌」


アリシアが心持ち頬っぺたを膨らませている。嫌と言われてもなあ。


「アリシアちゃんの服も作りましょうか?布は余ってますし、旅の途中でも作れると思います」


「ほんと!?私はイザベルちゃんみたいに木に登ったりしないし、アイダちゃんみたいな立ち回りもしないから、下はそのクロッツ?っていうのでもいいと思うんだぁ」


アリシアがビビアナのサロペットの裾を指でちょっと摘まみ上げるのを、ビビアナがさり気なくブロックしている。


「イザベル。アイダはどうした?まだ寝てるのか?」


「ん〜ん。朝の日課。いつもの鍛錬してるよ」


相変わらず真面目な事だ。

一緒に旅を始めてからというもの、アイダが朝一番に剣を振るっていなかったのは狩りの真っ最中ぐらいだろう。


「そうか。じゃあ相手をしてくるか」


「いってらっしゃい。朝ごはん作って待ってますね!」


アリシアの声に送り出されて、アイダの元へ向かう。

俺の剣の腕は一向に上達する気配はないが、それでも何もしないよりはマシだろう。


◇◇◇


「カズヤ殿。今朝も付き合っていただけますか」


「当然だ。というか俺が教えてもらっている側だがな。成長しない弟子で悪いな」


「いえいえ。剣術は一朝一夕では身につかぬものです。大事なのは“剣しかない”という状況で、我が身を守ろうとする事が出来るかどうかです」


俺が知る限りでも幾つかの死線を潜り抜けたアイダの言葉は重い。

エアガンがいつまで使えるか、正直俺にもわからないのだ。魔法が使えないわけではないが、アリシアほど細かい事はできないし、ビビアナほど安定してもいない。ビビアナの得意魔法である“氷の投げ槍”を真似したところ、飛びはするのだが狙いを外したり、あるいは刺さらなかったりととにかく不安定なのである。

ビビアナが半分くらい呆れて、残り半分は悔しそうにアドバイスをくれたのは、“とにかく練習しろ”という趣旨だった。それはその通りだと思う。

何にせよ練習もしていない事を本番で成功させるには偶然に頼るしかない。

俺の命だけならばともかく、娘達の命の責任も俺の両肩にのし掛かってきているのに、偶然に頼るわけにはいかない。

アイダとの修練にも身が入るというものだ。


◇◇◇


「お兄ちゃん!探知板に反応!2つ!」


日課の修練とアリシアが作ってくれた朝食を済ませて自室でのんびりしていると、扉からひょっこり顔を出したイザベルが教えてくれた。

イザベルが持っているA4サイズの板は、イリョラ村で作成した魔力探知板のダウンサイズモデルだ。ログハウスに近づく魔力反応を各所に立てた杭に仕込んだ魔石が検出増幅し、探知板に仕込んだ対になる魔石を光らせて教えてくれる。

野営をする隊商や、砦の警備などに使えるのではないかと考えている。もっと洗練させて、どこかで売り込まなければな。


2階の窓から確認すると、近づいてくる反応はノエさんとカミラ先生だった。

ノエさんは愛馬に馬車を引かせ、カミラ先生は騎乗している。

ログハウスの周りに張った結界を解いて2人を出迎える。


「はあい!お待たせ!」


「イトー君聞いてよ!結局カミラ先生に起こしてもらっちゃったんだけどさあ。起こし方が酷いんだよ。寝台ごと宙に浮かせてひっくり返して、ボクだけ床に落とすんだから。んで、今すぐ起きないと寝台を上に落とすってさあ!」


ノエさんはさぞかし怖い思いをしたのだろう。

それにしてもカミラ先生の細腕(少なくとも服の上からでは)で木製のシングルサイズのベッドを持ち上げてひっくり返すなど可能なのだろうか。ノエさんがだいぶ盛っているのなら話はわかるが。


「だから言ったじゃない。酷い起こし方になるって。どうせ遅くまで飲んでたんでしょ。ぶどう酒の樽が置いてあったわよ」


「あれは前の護衛任務の成功報酬!ちょっとずつ飲んでるの!」


側から見れば実に仲の良い2人だが、ノエさんが心に決めた人はナバテヘラでノエさんの帰りを待っているはずだ。


「いらっしゃいノエさん、カミラ先生」


「あら。イトー君はイネスって呼んでくれていいのよ。あなたは見た目どおりの年齢じゃないんでしょ。むしろ私の方がカズヤ先生と呼んだほうがいいのでしょうけど」


先生と呼ばれる職に就いたことはない。先生と呼ばれて悪い気はしないが違和感のほうが強い。


「いや、カズヤ君かイトー君でお願いします」


「じゃあ私の事も名前で呼んでくださいな。それで準備は終わってるのかしら?」


「ええ。あとは本人達を乗り込ませるだけです。アリシア!アイダ!イザベル!ビビアナ!行くぞ!」


「は〜い!アイダちゃん達先行って。戸締りと火の始末確認して出るから!」


自他共に“お母さん”役を引き受けてくれているアリシアの声に押されるように、他の3人が出てきて馬車の荷台に乗り込む。

この馬車は昨日の内に娘達が選び購入したものだ。相も変わらず大人6人が2列に向き合って座れば満席になる、屋根もない荷馬車(カート)ではあるが、座って移動できた方がいいに決まっている。

そして旅の荷物を申し訳ばかりに荷台の最後尾に縛り付ける。

収納魔法があるのに荷物をこれ見よがしに準備したのは、周囲の目を誤魔化すためだ。


「カズヤさん!戸締り確認終わりました!硬化魔法を掛けます!」


「わかった。少し離れてから結界を張る。みんな忘れ物はないな?」


「ん〜。足りない物があれば戻ってくるからいいんじゃない?」


「それを言うと旅に出る気分が台無しだ……」


アイダのぼやきに一同が笑う。

こうしてイビッサ島へと向かう第一歩が始まったのである。

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