116.仲間が増える(6月21日)
校長先生が地図上で指し示したエリアには、大小3つの島が描かれている。
小さい順にクリェラ島、エスカ島、そしてイビッサ島だ。
「イビッサ島かあ。白い砂浜に青い海。一緒に行くのは美人揃い。羨ましいなあ。ボクも行こうかな」
ノエさんが何やらフラグを立ててくれるが、そう簡単に水着回など来るわけもない。
「イビッサ島って、あのイビッサ島ですか?ランゴスタで有名な?」
ほら。アイダの口からいかにも大型モンスターっぽい響きの名前が出てきた。
「ランゴスタかあ。殻を割ってショウユを垂らして焚火で焼いたら……じゅるり」
「何を言うんですか。ランゴスタはパエーリャが鉄板でしょう!」
あれ?イザベルとビビアナの食いしん坊2人の発言から想像できるランゴスタは、モンスターではなく海の幸のようだ。
「なあ。ランゴスタってなんだ?」
未だ見ぬイビッサ島に既に心を飛ばしてしまった様子の2人を放っておいて、アリシアとアイダに尋ねる。
「えっと……一対の大きなハサミを持つエビです」
「私が前に見たのはこれぐらいはあったと思います」
アリシアとアイダがジェスチャーで示す大きさは60センチほどだろうか。つまりロブスターだ。
大型のロブスターなら浜焼きにしてもいいだろうし、ビビアナが言うように大鍋でパエリアにしても旨いだろう。
そうか。ロブスターの島か。それは色々と希望が膨らむ。
だがである。そんな海の幸を味わってこいという粋な計らいでもあるまい。俺達を派遣する何かの理由があるはずだ。
「校長先生。俺達がそのイビッサ島に派遣される理由を教えていただいても?」
「もちろんです。この1か月ほどの事のようですが、漁網が破られる事件が相次いでいるらしいのです。事件と言っていいのかも定かではありませんが、ちょうどナバテヘラを魔物が襲った辺りから起きているようなので、無関係とも思えません」
「今のところ被害者は出ていないようですね。でも本格的に夏になると海に入る人達も出てきますから、今のうちに調べておきたいところです。というか私も行きたいです。イトー君私も連れて行ってください!」
カミラ先生の言い分はともかく、校長先生からの情報は確かに無視できない。
漁網が破られるというのは、何者かが悪意を持って切り裂いているのでなければ、想定以上の大物が網に掛かっているという事だ。それが魔物でないと考えるほうが不自然だろう。
「ちょっとイトー君、聞いてますか!?校長先生からも口添えしてください!」
カミラ先生が豊かな膨らみを押し上げるように胸の前で手を組んで校長先生を拝んでいる。
校長先生が男だったらさぞかし効果がある事だろう。
俺か?もちろん俺は男だが、それぐらいのお色気攻撃には耐性もついた。元の世界の俺ならば考えられない事だが。
「はああ……まあ講義もありませんし、魔導師教官としてはカズヤ君と一緒に行った方が実に成る事があるかもしれませんが……判断はカズヤ君にお任せします」
「わかりました!イトー君!私を連れて行ったら便利ですよ!炊事裁縫何でもできますし、料理だって完璧です!いつでもお嫁さんになれます!」
こらこら。そういうのは理由にならないぞ。
というか3人娘の顔が怖い。
「お言葉ですがカミラ先生。炊事や裁縫に料理は間に合っておりますので」
「そうだな。野営の支度でも不自由はないしな」
「そうそう。うちにはアリシアちゃんがいるんだから。これ以上人手はいりませんよ〜だ」
3人娘の言い方はともかく、事実を端的に表している。ノエさんが抜けるがビビアナが加わった。人手は十分だ。
「うう……じゃあ魔導師としては!ほら、剣士1名に魔法師3名、魔導師1名のパーティードでは、いざ戦闘となったら足りない部分も出てくるでしょう?私は魔導師ですが槍使いですから、お役に立てると思いますよ!」
「いや、剣士は私だけではなくイザベルもいるし、遠距離攻撃ならアリシアとカズヤ殿がおられる。ビビアナの魔法攻撃も強力です。これ以上の戦力増強は不要ではないかと」
ノエさんの役回りはRPGで言うところの“盗賊”のそれだった。イザベルの動きも近いが、イザベルはもっと奇襲と近接戦闘に特化している。その役割を槍使いに負わせるのは少々酷だろう。
「あああっもう!わかりました!若輩者の私めをご指導ください!イトー教官!」
カミラ先生がテーブルに身を乗り出すようにして迫ってくる。
ええええ……そうきたか。
3人娘とビビアナも虚を突かれたように黙っている。
まあ、同行するのに異論はないのだ。アリシアにアイダ、それにビビアナがいるとはいえ、この世界の事に詳しい案内人は必要だ。
「そこまで言われては仕方ありませんね。ただ期限は決めておきましょう。イビッサ島から帰還するまででどうですか?」
「わかりました!よろしくお願いします!」
尻尾が生えていたら振り回しているだろうカミラ先生とは対照的に、3人娘は溜息でも付きそうな顔になっている。
「話は纏まったようですね。ではイネス カミラ魔導師教官。イビッサ島における巡検師による探索への同行を命じます。しっかり学んでくるように」
校長先生の命令に、カミラ先生がビシッと敬礼して答える。
「承知しました!このイネス カミラ、魔導師として更に高みを目指します!」
目指すのは大いに結構だが、あまり俺達に期待しないでくれよ。
「次に、ビビアナ オリバレス。あなたのカディスおよびカディス近郊での功績を認め、本日付で当養成所からの卒業を認めます。よってここにカサドールのエンブレマを授与します」
促されて立ち上がったビビアナの襟元に、校長先生自らが徽章を取り付ける。
二本の剣が銀色の盾を支える意匠は、ノエさんと同じ狩人の徽章だ。
「おめでとうビビアナ」
「今年は4人も早期卒業者が出るとは。私達の指導の賜物ですなあ」
「いやいや、モンロイ先生は何もしてないでしょ」
「何を言うかカミラ先生。我々教官はその生き様でもって後任を導いておるのです」
モンロイ先生とカミラ先生のやり取りを聞いて、薄っすらと涙を浮かべていたビビアナが吹き出した。
「もう……先生達ったら……でも本当にありがとうございました」
「なんのなんの。オリバレス君の美しい制服姿を最後に見られたのは役得ですぞ」
モンロイ先生の嗜好はともかく、確かにビビアナの制服姿は美しかった。いや、アイダの制服姿は格好良かったし、アリシアやイザベルも良く似合っていたのだが、ビビアナの金髪に赤系統の制服が映えているのは間違いない。
「あ!あんた明日からの服どうするの?制服は今日で終わりでしょ?」
「え!?卒業したら制服着ちゃダメ?気に入ってるのでしばらく着てようかと思ってたんだけど」
ビビアナの制服姿は似合っているし、あと数年は似合うままだろう。だが学生の象徴たる制服をいつまでも着せておくわけにはいかないのも事実だな。
「同じパーティードになるんだから、同じ活動服を仕立てたら?でも時間ないか。どうしましょうカズヤさん」
どうしましょうと言われても……3人娘の服を仕立てるのに1週間は掛かっていた。まあ転移魔法があるのだから、仕上がるタイミングで取りにくればいいのだが。
「ここは私の出番かしら。布地さえあれば仕立ててあげるわ。私もイトー君と同じような服が欲しいし」
カミラ先生にモスグリーンやカーキ色が似合うとも思えない。彼女が言っているのは俺が今着ているドイツ連邦軍のライトグレーのジャケットのようだ。
「じゃあ私も自分で仕立てます!イトー殿。出発を明日の朝からにして貰えますか?今から仕立て始めれば、ギリギリ明日の朝には仕上がると思います」
「そっか!ビビアナちゃんお裁縫得意だって言ってたもんね。カズヤさんそれでいいですか?」
どうやらビビアナは人に頼らず自分で自分の服を作る事にしたらしい。スルーされた形のカミラ先生が少々気の毒だが、ここは若者の自主性に任せよう。
「わかった。では出発は明日の朝とする。ビビアナは寮の片付けや挨拶回りもあるだろう。午後から買い出しをして、夕方を目処にログハウスに戻る。買い出しはアイダに仕切ってもらうが構わないか?」
「了解です。ノエさんはオンダロアまではご一緒していただけますか?」
「もちろんだよアイダちゃん。オンダロアからは別々の船に乗ることになるね。馬車を買うなら馴染みの店に連れて行くよ」
「はい。よろしくお願いします」
「カミラ先生はボクと一緒に明日の朝に南門集合でお願いします。姿が見えなかったら起こしに来てくれると嬉しいなあ」
「え?どうして私が貴方を?」
「うう……寂しいなあ。あと数日一緒に過ごす仲でしょう?」
「あと数日しか過ごさない仲です!まあ起こすぐらいならいいですけど、酷い起こし方になるのは覚悟してくださいね。カレラス君?」
ひえええっと情けない声を出してノエさんが頭を抱える。
ノエさんも数年前まではここの学生だったはずだ。カミラ先生って学生から見るとちょっと怖い存在なのだろうか。
それはさて置き、イビッサ島へと向かう段取りは娘達とカミラ先生に任せておけば問題ないだろう。
俺は娘達の買い物に付き合って、ログハウスでエアガンの整備でもしていればいいか。
こんな感じでイビッサ島へ向かうことになったのである。





