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113.アルカンダラへの帰還②(6月20日)

翌日の午後にはカディスの街に入った。

ゴブリン共を撃退してから2週間強。倉庫街や通りの血糊は洗い流され、破られた門も分厚い板で補修されている。

ビビアナの範囲攻撃魔法で穿たれた石畳の傷痕こそそのままだが、馬車や人が通るのに支障はないようだ。


俺達は衛兵隊の詰所に赴き、カディス衛兵隊長であるエンリケ カラコーロ氏のもとを訪れた。


「そうか!トローを駆逐してくれたか!」


「はい。駆逐できたかどうかはわかりませんが、少なくとも奴らの巣は壊滅させました」


「いや結構結構。儂らの戦力では、3個小隊でようやく1頭倒せるかどうかといったところだからな。それをたった6人でやってのけたのだ。貴殿らが来てくれて助かったぞ」


カラコーロは海賊船の船長のような相貌を崩し、俺達一人ひとりの手を取って喜んでくれた。


「貴殿らの活躍はアルカンダラには知らせてある。我が街を救った英雄としてだ。今回はそれにトローの駆逐という大戦果が加わったわけだ。必ずやご領主様からの褒美があろうぞ!」


うわあ……それはちょっと勘弁して欲しいところだ。できれば片田舎でひっそりと暮らしたいのだが。

褒美と聞けば普段ならば目を輝かせるであろうイザベルも、若干居心地が悪そうにしている。自分で稼ぐ金貨には目が無くとも、与えられる褒賞に興味はないらしい。


更には俺やノエさんに“カディスに留まり衛兵隊の一部を指揮する”ようカラコーロ氏が勧誘しだした辺りで、退散する事にした。

トローから奪った貴金属の一部、およそ1kg相当の腕輪やネックレス、日本での価値に換算すれば500万円弱といったところをカラコーロ氏に押し付け、存在感の薄かった連絡所にもほぼ同量の装飾品を寄付した。

幾ばくかは誰かの懐に入るかもしれないが、結果的にこの街の復興に役立てられるならば問題ない。


衛兵隊詰所と養成所を歴訪した俺達は、その日のうちにカディスの街を出てアルカンダラのログハウスへと転移した。


◇◇◇


カラコーロ氏からの勧誘から逃げるように帰ってきた俺達だが、その理由はもう一つあった。

カディスでの一件や、その前のイリョラ村での件がどのようにアルカンダラへ伝わっているのか気になったのである。

カディスからの早馬は2日ほどでアルカンダラへと到着するという。ならば明日の夕方にはトロー殲滅戦の様子がアルカンダラへと知れ渡るという事だ。

その前に、少なくとも学校関係者には事実を報告しておかねばばらない。


6月20日の夜にアルカンダラ郊外のログハウスに転移した俺達は、簡単な食事をしながら明日以降の事について打合せする事にした。


「あれ?そういえばカディスに行く時に乗っていた馬車ってどうしたの?」


急に思い出したかのようにイザベルがノエさんに質問する。


「ん?探索の邪魔になるから、イトー君に頼んでカディスに着いた翌日にはアルカンダラに連れて帰ったよ?」


「え。いつの間に。っても不要になったら売るのが普通だもんね」


打合せなどと言っても、結局は雑談から始まるのはいつもの事だ。

簡単な食事、つまり米を炊いてレトルトのカレーや牛丼を温めて乗せただけの夕食だが、これが娘達には受けた。まあカプ麺ほど罪悪感はないからいいか。


「それで、これからの事ですが」


そう前置きしてアイダが話し始めた。


「明日は全員で学校に顔を出して、報告と獲物の引き渡しを行う。これでいいですね?」


「ああ。朝のうちに済ませてしまおう」


「え〜。たまにはゆっくり寝たい!」


「そうですね……久しぶりのお家ですし」


ふむ。イザベルはともかく、アリシアが言うならゆっくりさせてあげても……

いや、トロー15体とグランシアルボの引き渡しがある。マンティコレやグサーノの引き渡しで使った中庭の構造から考えれば、おそらく中庭が埋まってしまうぐらいの戦果だ。とすれば学生達が少ない時間帯に済ませてしまったほうがいいだろう。


「気持ちはわかるが、面倒な事は先に済ませたほうがいい。その代わり明後日は1日オフにしよう」


「おふ?おふってなに?」


「だから語感と文脈で察しろって。休みの事だよ。明後日は1日寝ててもいいってこと!」


「う〜ん……寝てていいって言われると何かしたくなるような……ねえ、ビビアナは1日休みって言われたらどうしたい?」


「え!?私ですか!?えっと……魔法の練習?あ!皆さん狩りに付き合ってください!」


「それじゃいつもと変わんないじゃん!」


娘達のやり取りを聞いて、ノエさんが腹を抱えて笑っている。


「ホントに君達を見てると飽きないねえ。ボクから一ついいかな?明日の朝、校長先生達への報告を済ませたら、ボクはアステドーラに帰るよ。ナバテヘラにも顔を出さないと、そろそろラウラに怒られちゃうからね」


「わかりました。短い間でしたが、お世話になりました」


アイダやビビアナはノエさんの言葉に驚いた顔をするが、事前に知らされていた俺は割と冷静にノエさんの別離宣言を受け入れることができた。

そんな俺を見て、ビビアナが更に驚いた顔をする。大方引き留めると思ったのだろう。


「いやいや。お世話になったのはボクの方だよ。正直、カディスではトローの巣を見つけるまでしかできないと思ってたんだけど、まさか6人で潰してしまえるなんてね。おかげで稼がせてもらえたし、父さん達にもちょっとは偉そうな顔ができるってもんだよ」


「お父さんってガタイのいいおじさんだったレナトって人だよね。あの人からこの人が産まれるってのがどうにも納得いかないんだけど」


「だってエレナさんは美人さんだったじゃない。エレナさんから産まれたんだから、ノエさんの顔立ちは得心行くわよ」


「いやあ、褒められると照れるなあ」


「ノエさんが褒められたんじゃないと思いますけど……」


別離の挨拶をしたというのに重い雰囲気にならないのはノエさんの人柄のおかげだ。


「それで、ビビアナはどうする?もちろん学校があるのはわかっているけど、カディス防衛やトロー制圧の功績が認められて卒業が早まったとしたらの話だけどね」


ノエさんがビビアナに話を振る。

振られた側のビビアナはキョトンとしている。何を聞かれているのかわからないといった感じだ。


「私達みたいに一足飛びに卒業ってなったらどうするの?ってこと。田舎に帰るもよし。どこかのパーティードに入るもよし。でもオススメは私達のパーティードかなあ」


イザベルの説明を聞いて、ノエさんの質問の意味がようやくわかったようだ。ビビアナは持っていたスプーンを置いて、姿勢を正した。


「皆さんが良ければ、私はこのまま皆さんと一緒にいたいと思います。よろしくお願いします!」


両手をテーブルの上で重ね、深々と頭を下げるビビアナの手を、隣に座っていたアイダが取る。


「みんな良いに決まっている。私達は歓迎するよ」


「はい!ありがとうございます!」


「ビビアナさんもこれで“孤高のヒラソル”じゃなくなりますね!」


アリシアの言葉に、イザベルが何かを感じたらしい。


「ねえ。私にもローサって通り名が付いてんだよね。アイダちゃんとアリシアちゃんも何か付けてあげようよ」


「イザベルよ。それって自分達で名乗るのは恥ずかしくないか?」


イザベルの提案はアイダにとっては迷惑な部類のものだったようだ。


「いいじゃん。じゃあアイダちゃんはダーリャンで、アリシアちゃんはアマポーラね!」


「花縛りなの??」


「だって4人のうち2人が花に例えられてるんだよ?あとの2人を仲間外れにしちゃダメでしょ」


何やら盛り上がっているが、ダーリャンもアマポーラもどんな花なのか想像もつかない。


「凛として華麗なダーリャンと、地を覆うように一面に咲き誇るアマポーラ。アイダ様とアリシアちゃんにぴったりですね!」


乗り気ではなさそうなアイダとアリシアとは対照的に、イザベルとビビアナが盛り上がっている。

まさかこの2人って似たもの同士ではないだろうな。


「まあ通り名を花で揃えるってのは良い考えかもね。それで、君達のパーティードに名前は決まったのかい?」


今度はノエさんが爆弾じみたネタを投下する。


「イザベルと愉快な仲間達じゃあダメ?」


「普通にダメだろ。花で統一するんなら、“お花畑”でいいんじゃないか?」


「え……それって……」


「頭に花が湧いてるってやつだな」


「いやああああ!それはいやあああ!」


こんな馬鹿な話をしつつ、ノエさんと過ごす最後の夜かもしれない夜が更けていった。

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