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109.トロー殲滅戦①(6月19日)

木の根本に潜みながら、洞窟の方向を窺う。

上空では時折ドローンが旋回しているだろうが、俺の位置からは機影は確認できない。

早朝のうちにトローの巣を見下ろす崖の上に転移した俺達は、イザベルとアリシアが崖の上から、他の4人で河原側から攻撃する手筈だった。

だが洞窟の外で寝ていると思われたトローの数が少ないのにイザベルが気付いたのである。


昨夜のうちにアリシアが撮影した写真で数えたトローは13頭だった。

それが全てではないかもしれない。

本来ならば1週間でも1ヶ月でも監視を続け、群れの総数や個体識別まで行ってから攻撃を仕掛けるのが万全の作戦ではある。

いずれにせよ、河原に出てきているトローは9頭しかいないのだ。

それはたった4頭の差かもしれない。だが割合で言えば30%。3割の敵の所在がわからないまま攻撃を仕掛け、その敵が後方から襲いかかってきたら防ぎようがない。

俺が下した決断は、監視しながらの待機だった。


◇◇◇


「カズヤ殿。洞窟の中から1頭出てきます」


俺の傍らで膝立ちになって前方を監視しているアイダが囁く。


「ああ。見えている。これで10頭だな」


「はい。どうしましょう。残りが出てくる前に散ってしまったら厄介です」


確かにな。俺とアイダは洞窟のほぼ正面に陣取っているが、俺達の左側30メートルほどの位置にはノエさんとビビアナが潜んでいる。そっちへ奴らが向かうようだと、ノエさんはともかくビビアナの身が危ない。


「やるか。アイダ、へカートで左の森に近い奴を狙え。俺は右の川に近いのをやる」


「わかりました」


アイダは腰から短剣を引き抜くと、立木に突き刺して銃身を預け、片膝立ちで狙いを定める。

普段から長剣を振るっているとはいえ、へカートⅡの重量はアイダにとっても重過ぎるのだ。STR値補正なんかが入るようなゲームの世界ならば小柄な女の子が対物ライフルを振り回しても絵になるのだろうが。


そんなアイダの姿を横目で見ながら、俺もへカートⅡのスコープを覗く。

レティクルの中央、クロスヘアの交点に捉えたトローの顔は、潰れたような鼻に琥珀色の瞳、大きく尖った頭にびっしりと生えた真っ黒な毛。まさにゴリラのそれだ。

動物園で見たゴリラと違うのは、小さな耳たぶには金のリングピアス、首元にはジャラジャラとネックレスをぶら下げて粗末な服を身に付けているところか。これで革ジャンでも着てクルーザータイプの大型バイクにでも跨がれば、立派なアメリカンアウトローの出来上がりだ。

それにしても奴らは何をしているのだろう。

朝日を浴びて日光浴か。

その光景は余りにも平和で、俺達がスコープ越しに狙いを定めていることなど思いもしていないのだろう。

このまま引き金を引けば、奴の頭は吹き飛ぶ。それでいいのだろうか。奴が俺に何をしたというのだ。


「カズヤ殿。いつでもどうぞ」


アイダが急かすかのような声で伝えてくる。

探索の途中で立ち寄った、トローに襲われた村やカディスの街の光景が脳裏をよぎる。

倒れた家の下敷きになった人々。泣き噦る子供達。

街の南門で頭を潰された衛兵に縋り付いて叫ぶ家族。

ここで倒さなければ、あの光景をまたどこかで見ることになるのだ。


雑念を追い出すかのように深くゆっくり息を吐き出す。

そのまま息を止めて引き金に指を掛ける。


スコープの向こう側で、奴が何かを探すように西を向いた。その瞬間に引き金を引く。


ガシン!


貫通魔法を付与された直径13mm×長さ40mmの弾丸が銃口から飛び出し、トローの顔面目掛けて真っすぐに飛翔する。

着弾した瞬間、奴は大きな目をカッと見開いた。そして血しぶきを上げながら仰向けに倒れ込む。


直後にアイダとイザベル、アリシアの発射音が崖に響いた。

3頭のトローが相次いで倒れる。これで4頭だ。

コッキングももどかしく、次の標的に狙いを付ける。


2斉射目はイザベル達の方が早かった。

2頭が相次いで倒れ、残ったトロー達が右往左往し始める。如何に野生動物とはいえ、距離にして50メートルぐらいはある場所で発せられるバネの音など聞き取れるはずもない。まさに音もなく飛来する銃弾を感知できていないのだ。


「カズヤ殿!ビビアナ達のほうに!」


アイダが悲鳴にも似た声を上げる。

トローのうちの1頭が森に突進しているが、俺の位置からでは木々が邪魔をして狙えない。

そもそも50メートル先を横に全力疾走する魔物など、スコープでは捉える事すら難しい。


「アイダ!M870を持ってついて来い!」


ショットガンを手にして茂みから飛び出す。

間に合うか?あと40メートルほどだ。

走り出した俺達の右側から咆哮が響き、トローが一斉に追いかけてくる。俺達が囮になったようだ。


タタタッ!タタタッ!タタタッ!


崖の上から連射音が聞こえる。アリシアのG36Vだ。速射できないへカートⅡだけでなく、G36Vも用意していたか。

ノエさん達に迫るトローの体から血飛沫が上がるが、動きを止めるまでにはいかない。ストッピングパワーが足りないのだ。


「カズヤ殿!右!」


すぐ後ろからアイダの声が聞こえる。

直後にM870のコッキング音。


ガシン!


アイダが放ったスラッグ弾が追いすがるトローの胸部を横から抉る。


グオオオオオッ!


俺に迫っていたトローが一際大きな咆哮を上げてもんどり打って倒れ込む。

ノエさん達に迫るトローまであと30メートル。なるべく至近距離でスラッグ弾を叩き込みたい。


と、茂みの中から躍り出た影が、迫るトローの横を潜り抜け背後に回り込む。両手に短剣を握ったノエさんだ。

ノエさんはトローの背中側から飛びかかると、逆手に握った短剣をトローの首に両側から突き刺した。


「うわあ……あれは痛い……」


思わず足を止めた俺の隣に並んだアイダが呟く。

いや、関心している場合ではない。新たな標的を見つけた残りのトローが一斉に俺達の方向に向かっている。


「アイダ!正面で食い止める!狙え!」


トロー達に向き直り、M870を構える。ソードオフされた銃床は肩付けするには向かない。短いストック部分を頬に押し当て、フォアエンドを下から包み込むように左手で銃身を支えて狙いを付ける。

残り4頭。アリシアとイザベルの崖上組も標的を散らしてくれればいいが、撃ち漏らしたら途端にピンチになる。

それにしても大きい。四肢をフルに使って大地を蹴りながら低い姿勢で突っ込んでくる重量感はミニバンが目の前から迫ってきているようだ。


目測20メートルで引き金を引く。


ガシン!


ヘカートⅡとはまた異なる手応えを残して発射されたスラッグ弾が迫るトローの分厚い大胸筋に吸い込まれ、後方に肉片を撒き散らす。

と、俺が撃ったトローの頭部が前方に弾ける。崖上の誰かと標的が被った!


「カズヤ殿!1頭撃ち漏らしました!」


「わかっている!撃て!」


ヘカートⅡよりはM870のほうがコッキングは速い。

ガシャン!ガシン!と音を立てながらスラッグ弾を撃ち込む。だが奴の動きが素早過ぎて捉えられない。

ここは足止めに徹してイザベルの“必中”を待つしかないか。


突然奴が崖の方に振り返り、何もない宙に向かって右腕を振り抜いた。次の瞬間奴の右手が弾ける。

まさか崖の上から飛来したヘカートⅡの弾丸を振り払ったのか。音速のおよそ1.5倍の速度で襲い掛かる弾丸を素手で叩き落そうとするなど、どんな動体視力と反射神経だ。


グオオオオオッ!


呆気にとられる俺達の前で、トローが血みどろの拳を突き上げ高らかに咆哮する。


「私を忘れないでください!カランバノ!」


俺の後ろから白い塊がトローの背中に叩き付けられる。ビビアナが放つ氷柱だ。

砕けた氷柱が無数の氷の粒となってキラキラと舞う中で、ゆっくりとトローがうつ伏せに崩れ落ちた。

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