106.カディス奪還作戦⑥(6月5日)
正門側陣地では既に戦いが始まっていた。
ノエさんが指揮を執り食い止めてはいるが、馬防柵が引き倒されてしまうのも時間の問題だろう。
「ノエさん!参戦します!」
弓を引き絞っているノエさんに声を掛ける。
「おう!待ってました!」
ノエさんが放った矢は狙い違わず一匹のゴブリンの眉間に突き刺さった。
その光景を見ながら、倉庫の屋上で待機するイザベルとアリシアに手を振る。
タン!タン!タン!
ほぼ同時に複数の発砲音が聞こえ、今にも石壁を乗り越えようとしていたオーガが壁の向こうへと転落する。
「アイダ!奴らを押し返すぞ!」
「了解!撃ちます!」
アイダが背負っていたリュックサックからM870を抜き出し、フォアエンドをコッキングして柵の隙間から発砲した。
直径3㎜の散弾が散布界3メートルに拡がり、効果範囲内のゴブリンを引き裂く。
アイダはコッキングを繰り返しながら横移動を続け、杭から10メートル以内のゴブリンを一掃していく。
「うわあ。森の中で見るのとは迫力が違うねえ。相変わらずえげつない……」
ノエさんの感嘆を聞きながら、俺もG36Cを構え発砲する。
「アイダ!正面は任せた!俺は海側から撃ち込む!」
「了解です!代わります!」
壁の内側に入り込んだ敵は、アリシアとイザベルの側からは死角になる奴も多い。壁の内側にいる俺達で始末しなければならない。
「ギハロスデヒエロ!行きます!」
なんだか舌を噛みそうな呪文をビビアナが叫ぶ。氷の礫を高速で降らせる範囲魔法だったか。
上空から多数の卵大の氷の塊が雹となって高速で落下し、ゴブリンやオーガを昏倒させていく。
あれは痛いぞ……だが、効果は絶大だ。壁の内側に侵入していた敵はこれで一掃した。
「戦線を押し上げる!兵士諸君!拒馬を抱えて正門外まで前進!アイダと俺で直掩する!」
『おう!!』
海の男達の力強い声が頼もしい。
拒馬を固定していた杭を抜き、10人がかりで持ち上げて移動を開始した。
「拒馬に先行する!アイダは左!俺は右!正門に取り付け!」
倉庫の上からも俺達の動きが分かっているのだろう。イザベルとアリシアによる援護射撃が正門周辺と石壁の上に集中する。アリシアはとうに狙撃を断念したらしい。膝射に切り替えフルオートでAT弾をばら撒いている。
門に辿り着いた俺とアイダは、死角になる位置を相互にクリアリングする。
「よし、拒馬を門の外に出せ!橋頭保を確保する!」
「おっしゃ!野郎ども!気合入れろ!」
指揮するサルバドの声が辺りに響く。
「ギハロスもう一発行きます!」
石壁の外に雹が降り注ぐ。
雹が治まった直後に、拒馬が門の外に押し出された。
「よし!左右の敵を排除しろ!弓隊は石壁に登れ!」
「おう!続け続け!」
左からのイザベルによる狙撃と前方上方からのアリシアの斉射、正門からのアイダの5号装弾がゴブリン達の突出も逃走も許さず、その数をみるみる減らしていく。
息を吹き返した衛兵弓隊も次々とゴブリンを射抜く。
そして止めとばかりにビビアナが範囲魔法攻撃を行った。
たかが雹だと侮ってはいけない。
ビー玉サイズや卵大の雹の終端速度は毎秒20〜30メートルに達する。雨粒程度の重さであれば“痛い”で済むが、卵大の大きさにまで成長した氷の塊がぶつかれば、いくらゴブリンの頭蓋骨が硬かろうが陥没してしまう。
事実、アイダの放つ散弾やイザベルの狙撃を逃れたゴブリンやオーガ達が次々と背骨を砕かれ或いは脳天に一撃を喰らい倒れていく。
「撃ち方止め!効果確認!」
俺の合図と共にエアガンの銃声はピタリと収まった。
衛兵達の叫びもじきに静かになる。
「前方、動く敵はいません!一掃しました!」
どっと衛兵達が湧き立つ。だがまだ眼前の敵を倒したに過ぎない。
スキャンを発動させ周囲300メートルを確認する。
詰所周辺の路上には魔物の気配はない。
ただ建物の中に入り込んだ魔物は見えないし、街中を巡回している奴らもいるはずだ。
「まだだ!街に入り込んだ敵を掃討する!カラコーロ殿はおいでか!?」
後方を振り返り隻眼の偉丈夫を探す。
カラコーロは俺達のすぐ後ろに進出してきていた。
「おう!ここにおるぞ!」
「指揮権をお戻しします。掃討戦は街中を熟知した者が指揮を執るべきかと」
「相分かった!指揮権を譲り受ける。皆の者!カサドールの御方々に最後まで任せっきりというわけにはいかん!厨房係から馬番まで引き摺り出せ!掃討戦だ!」
『おう!』という声が響きわたる。
「よし。各小隊長は集合!兵を再編成して役割を分担する。自分の家族が心配だろうが、まずは任務を優先してくれ。第1、第2小隊は南門へ向かえ。これ以上魔物の侵入を許すな!」
「了解!俺についてこい!」
頬に大きな傷を持つサルバドが号令をかけ、20人余りの男達が動き出す。
「第3小隊は北門、第4小隊は倉庫街、第5小隊は商店街、第6小隊は家々を回って虱潰しに残敵掃討だ。残りの者達は奴らの骸を集めよ。かかれ!」
『おう!』
海の男達が一斉に動き出した。
◇◇◇
「ボク達も役割分担する?」
ノエさんが聞いてくる。俺達も当然協力しなければならないが、その前に今回は縁の下の力持ちに徹してくれた2人を呼び戻そう。
いや、血の海と化した倉庫内を通って降りてくるのは俺でも嫌だ。迎えに行くか。
最初にアリシア、次いでイザベルを迎えに倉庫の屋上まで瞬間移動する。
だがイザベルはPSG-1を海の上に向けてスコープを覗いていた。
「イザベル、どうした?何かいるのか?」
「お兄ちゃん、あっちの海の上に小さな船がいる」
イザベルがスコープで覗く先には、ヨットぐらいの小舟が浮いていた。帆を張るためのマストが1本備わっているようだが、帆は畳んでいる。潮流に任せて漂っているのだろうか。
「まあ港町だからな。船ぐらいいるだろう」
「この戦いの最中に?」
「それは……確かに変だ」
「でしょ。さっきから岸に寄らず離れずって感じで動いてるの」
「綱が切れて漂っているとか、漁に出ていた方が帰ってきたんじゃないですか?」
アリシアの意見ももっともだが、舫綱を解かれるか断たれるかして漂流しているのならば、もっと沖に流されるか岸辺に打ち寄せられるかするだろう。
漁などに出ていて帰港したところ異変に気付いて近寄れないでいるのか?だがそれならば衛兵隊が確保している側に着岸すればいい。小さなヨットで何日も漂うよりはマシな気がする。
「ねえ。あそこってスキャンの範囲外?」
「そうだな。さっき確認した時には検知できなかった。レーダーなら届くが」
イザベルが気にしていると俺も気になってきた。
範囲を絞って探知魔法を放ち、確認する。
「この反応は……」
「魔物?」
「やっぱり漁師さんですか??」
「いや、人間ではあるのだが……魔法師?魔導師?カミラ教官やルシアさんと似た反応だ」
「はああ?まさかこの街のカサドールが船に逃げてたってこと!?」
「近くの街からの増援とか、北に召集されていたカサドールが帰ってきたとか?」
「だったら一直線に向かってくるでしょ。あの船ってば、ずっとあの辺りにいるのよ!?」
まあここで議論していても仕方ない。魔物でないならば、俺達の所掌の範囲外ってやつだ。衛兵隊長さんには一応報告しておこう。
◇◇◇
こうして6月5日の夕方までにはカディス全域の掃討が完了し、カディスの街は解放されたのである。
一般市民の死者30人、負傷者26人。
衛兵隊の死者は正門警備に当たっていた者を含めて34人となった。
一方で魔物側はゴブリン628匹にオーガ27匹であった。
俺達はゴブリンの遺骸や各所に残っていた汚物の処理を終え、街が落ち着きを取り戻すまで2週間ほどカディスに滞在し、その後に本来の目的であるトローの捜索に向かう事となった。





