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105.カディス奪還作戦⑤(6月5日)

戦闘準備を整えたアリシアとアイダ、ノエさんとビビアナを連れて、西側倉庫の屋上へと瞬間移動する。

南側倉庫に陣地を構えるイザベルといえば、傍らにはM870とヘカートⅡを並べ、その真ん中に腹這いになってPSG-1のスコープを覗いている。のめり込み過ぎて落ちなきゃいいが。


西側の倉庫の屋上にアリシアを送り届けてから、衛兵詰所の海側部分に移動する。

本来いるであろう見張りも表側に動員されているらしく、人っ子一人いない。


「さて、じゃあ一番偉い人に話をつけよう。ビビアナは顔見知りなんだよね?」


「はい。ご紹介できると思います。こっちです」


◇◇◇


ビビアナとノエさんの先導で詰所の表側に移動した俺達は、当然誰何を受けた。


「誰だ!!ってビビアナさん!?」


「はい。ご無沙汰しております。しばらく街を離れているうちに、とんでもない事になってしまいましたね」


話しかけてきたのはまだ若い男性の衛兵だ。

あれよあれよという間に衛兵達が近寄ってくるが、小隊長らしき壮年の男が叱りつける。


「馬鹿者!持ち場に戻らんか!戦列を崩すな!奴らに押し込まれるぞ!」


「小隊長殿!報告します!ビビアナ オリバレス殿が加勢に駆けつけられました!」


「なにい!?それを早く言わんか!」


その言い方は少々酷と言うものだ。


「小隊長のダビド サルバドであります。カサドールの方々ですな。お待ちしておりました」


サルバドと名乗った小隊長さんは褐色の肌に短く刈り込んだ赤銅色の髪。大きな頬の傷が特徴的な、兵士と言うよりは海の男といった雰囲気だった。


「到着が遅れました。北の森の探索を行っていましたので。隊長さんはご無事ですか?」


ビビアナの問い掛けにサルバドが答えるよりも早く、周囲から声が上がった。


「ビビアナさん!俺の隊の奴を助けてくれ!昨日の突撃で怪我をしたんだ!」


「うちの若いのが先だ!奴は新婚だぞ!!」


「こっちだって子供が生まれたばっかりだ!無事に家に帰してやりたい!」


サルバドが軽く頭を振ってから一喝する。


「馬鹿者!この状況下でカサドールが4人救援に来たという意味が分からんか!道を開けろ!衛兵隊長の下にお連れせにゃあならん!」


我に返った衛兵たちが道を開け、俺達はビビアナを先頭に詰所の中へと入る。

そう広くもないエントランスロビーは、怪我人で溢れかえっていた。

雑に巻かれた包帯に拭き取られてもいない血痕。若干の異臭も漂っている。

これはアリシアも連れてくるべきだったか……いや、先に衛兵隊を包囲しているゴブリンどもを始末しなければ、犠牲者は増える一方だ。


サルバドが詰所の奥の一室の前で立ち止まり、姿勢を正した。


「第一小隊、ダビド サルバド、ビビアナ オリバレス殿以下3名のカサドールの方々をお連れしました!」


「おう!入れ!」


室内から聞こえた野太い声の主は、初老の域に達しようかという偉丈夫だった。

これまた日に焼けた肌に銀色の短髪、古傷の多い剥き出しの腕に片眼は眼帯をしている。海賊船の船長と言っても納得するような風貌だが、この人がカディス衛兵隊隊長、エンリケ カラコーロであった。


「よく来てくれたな、オリバレス殿。そして……そちらの方々は?」


「遅くなって申し訳ありません、カラコーロ殿。こちらはノエ カレラス殿、アイダ殿、それからイトー殿です。イトー殿はアルカンダラで養成所の魔導師教官もしておられます」


「ほほう。ではその見慣れぬ杖や服も魔道の……いや、詮索は禁物だな。儂が衛兵隊を預かっておる、エンリケ カラコーロである。早速ではあるが、この窮地を脱するためにお力添えを願いたい」


教官をしているというビビアナからの紹介が効いたのだろう。カラコーロは“こんな若造が”とも言わずに、頭を下げてくれた。


「もちろんですカラコーロ殿。では王国法に基づき、ご協力いただけますな」


「承知した。現時刻をもってカディス衛兵隊の指揮権を委譲する。サルバド!現状をご説明差し上げろ」


カラコーロの言葉に再び姿勢を正したサルバドが声を張り上げた。


「はい!我が衛兵隊総勢300名のうち、現在詰所に立て籠っているのは130名ほどです。うち、30名は負傷しており後方勤務の者もおりますので、戦力となるのは60名です」


「どうぞ楽にしてください、サルバドさん。非番の者と連絡は?」


「いえ。取れておりません。なんとか状況を知らせようと、日中は火を焚いて煙を上げているのですが、そもそも街中から見えているかどうか……」


「火事ではなかったのですね。街の外からは煙が視認できましたが」


「はい。ただこちらからも街の様子はわかりませんので。船着き場から船を出そうともしましたが、こう周りを囲まれては身動きがとれません」


「先ほど兵士の何人かが“突撃した”と言っていたようですが、こちらから討って出たのですか?」


「はい。2度試みましたが、突破することは叶いませんでした。何せ奴らは十重二十重に待ち構えているので……」


「わかりました。では陣地の状況を確認させてください。ビビアナもまずは同行を。その後に負傷者の手当てを頼む」


「承知しました。ではご案内いたします!」


サルバドが何かを言いたそうにちらっとビビアナを見る。まずは手当てをして欲しい気持ちはわかるが、これ以上犠牲者を出さないほうが先決だ。


◇◇◇


「ほう。これはこれは」


正門周辺の防御陣地は土塁と馬防柵、それに移動可能な拒馬によって構成されていた。

土塁の高さは1.5メートルほど。馬防柵は先端を尖らせた杭と筋交いで構成され、馬だけでなく熊の突進でも食い止めそうだ。拒馬は丸太に先端を尖らせた杭を放射状に何本も埋め込んだ構造になっており、突撃する際には何人かでずらすようだ。

防御陣地の先には本来の敷地境界である石壁が高さ2メートルほどで張り巡らされているが、オーガであれば天端に手が掛かるだろうし、ゴブリンでも簡単によじ登ってくるだろう。


「立派な陣地ですね。これを包囲下で完成させたのですか?」


「土塁と拒馬はもともと訓練で作ったものです。柵だけは徹夜で作りました。何せ石壁は何度も乗り越えられましたからな」


「とすると、柵がない裏手からは容易に侵入できてしまうのでは?」


「ええ。仰る通りです。今は裏側にも柵を作ろうとしていますが、如何せん材料が足りません。今のところ奴らは正面からしか来ないので助かっています」


「正面からしか攻めてこない……カズヤ殿。何か理由があるのでしょうか」


アイダの疑問はもっともだが、俺にはさっぱりわからない。正面からの侵入が阻まれれば、俺達ならば当然側面や後背からの攻撃を考えるはずだ。何か違う論理で動いているのだろうか。

いや、何者かにそう指揮されている?とすれば指揮官はどこで指揮を執っている。俺達が来た事もわかっているのだろうか。


「視察はこれぐらいにしましょう。ビビアナと俺とで怪我人の応急処置を行います。サルバドさん、案内を頼みます。ノエさんとアイダは連絡役として動いてください」


「じゃあボクはこっちで怪我が軽い連中を見てるよ。擦り傷や切り傷ぐらいならボクでも治せるからね。アイダちゃんはイトー君のほうに行ってやって」


「承知しました。カズヤ殿。包帯や晒し布が必要ですか?」


「ああ。ストックがあるから問題ない。むしろ固定用の添え木のほうが多く必要かもしれないな」


「わかりました。調達してきます」


端材が集められている片隅に向かうアイダと別れ、負傷者が集められているロビーへと向かう。

戦線復帰できる者がいるならば、人手は惜しい。


◇◇◇


「ビビアナさんが来てくれた!俺はいいからあいつを診てやってください!」


「こっちも!こっちもお願いします!」


ロビーに足を踏み入れた俺とビビアナを待っていたのは、30人ほどの要治療者だった。

頭部や肩口への打撲や胸部への刀傷、矢がささったままの者もいる。

魔法師たる訓練を受けたビビアナの治癒魔法は大したものだが、魔導師とは異なり医術に精通しているわけではないらしい。いきなり治癒魔法を唱えようとするビビアナを押し止める。


「ビビアナ。まずは傷口の洗浄と状態確認だ。長い人でもう3日は経っているのだろう?傷口が腐ったまま塞いでしまうと、後々で厄介なことになるぞ」


そう言いながらまずは頭部に包帯を巻いた男の治療から開始する。


「どうだ?手足は動くか?話せるか?」


「ああ。大丈夫だ。棍棒でガツンとやられちまってよ。そのまま気を失ってこのざまだ」


「それは災難だったな。ビビアナ、治癒魔法を頼む。頭をやられて手足が動かない者はいるか?」


「兄さん、こいつを頼む。朝に泡吹いちまってよ。脈はあるんだが意識がねえんだ」


少し離れた場所で男が手を挙げる。


「わかった。すぐ行く。ビビアナ。その人の治癒が終われば、軽傷の者を順に診てやってくれ。動けるようになった者を手伝わせるんだ。いいな」


「はい。承知しました」


添え木や水の入った桶などを運んでくれたアイダも治療に加わってくれた結果、30名の負傷者のうち、治療を始めた段階で既に亡くなっていた者が4名、処置は終えたがまだ動かせない者が10名となった。

残りの16名はしばらく休ませれば戦列に復帰できるだろう。

せっかく治したのにまた戦線に立たせる矛盾を感じながらも、ノエさんが待つ正門側の陣地へと移動した。

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