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101.カディス奪還作戦①(6月4日)

5月28日にカディス北方の森でビビアナと共に大角鹿の魔物、グランシアルボを狩った俺達は、その後も街には戻らずに狩りを行った。

カディスの街では一週間分の宿賃を前払いしてはいたが、戻る時間を惜しんだのだ。

もちろん3人娘とビビアナの体調維持のために娘達は交互にアルカンダラの家に帰して休ませたし、俺とノエさんも交代で入浴には戻った。

それでも近傍の街カディスに戻る必然性を感じなかったのは収納魔法のおかげだ。

何せ食料は収納魔法のおかげで心配する事はないし、新鮮な肉や野菜は森で収穫できる。

狩った魔物もそのまま収納しておけば、カディスよりも高値で買い取ってくれそうなアルカンダラまで持って帰るのも容易い。

そのため、実際にカディスに帰投したのは実に1週間ぶりであった。


森を抜けた俺達の目に飛び込んできたのは、しっかりと閉ざされた北門と、街中の所々で立ち上る煙だった。


「あの煙って火事?」


イザベルの第一声は至極最もな意見だが、火事にしては様子が変だ。


「火事だったら門は閉めないでしょ」


「なあ。衛兵さんの姿も見えなくないか?カズヤ殿、双眼鏡を貸してください」


「ん?だったら私が木に登って見るよ」


そういう事ならイザベルが適任か。

彼女は双眼鏡を受け取るとスルスルと木の登り、双眼鏡を覗いた。


「イザベルちゃんど〜お?何か見える?」


「う〜ん。人影は見えないね。でも倒れた人とか争いの跡はなさそう。塀の内側を見るにはもっと高い木に登らないとムリ!」


例えばこの1週間で何らかの外敵に侵入され、街に攻め込まれたのだとすれば、なにかの痕跡は残るだろう。

だとしたら一体何が起きている。


「ねえねえ、お兄ちゃん。ドローンで上から見てみようよ。正常な状態じゃあなさそうだし、迂闊に近寄らないほうがいいと思う」


木から降りてきたイザベルが提案してくる。


「どろーん?なんですかそれ」


そうか。ビビアナとノエさんは初めて見るか。

確かに近寄って視認するより先に、まずは空から偵察してみたほうがいいだろう。


ドローンの操縦はすっかりマスターしたアリシアが請負い、俺は映像の確認に専念する事にした。

森の切れ目からドローンをカディスの門まで飛ばす。

森からカディス北門までの間には、畑と土塁が交互に築かれている。土塁の幅はおよそ1.5メートルほどだろうか。北から来るであろう襲撃にはきちんと備えてあるのだが、戦時に潜むであろう衛兵の姿は無い。


上空10メートルから映し出された門の外側の光景をビビアナが食い入るように見つめる。

俺の目には特に違和感は感じない。だが何故に門番というか衛兵が立っていないのだ。どの街でも必ず2人1組で衛兵が立っていたように思うが、その姿すら無い。


ドローンは街の周囲を囲む岩と木で作られた高い壁を一気に飛び越え、街中の光景を映し出す。

ビビアナが軽く呻き声を上げて口元を押さえた。

南北を貫く大通りに何人もの人々が倒れているのだ。

その数ざっと20名以上。しかもその数は引いた映像によるものではない。もっと高度を上げて全体を映すといったいどれほどの人が倒れていることか……


「アリシア。高度を取って南門へ向かってくれ。ノエさん。何が気づいたことはありませんか?」


「そう……だね。倒れた人々の多くは北門の方を向いているように見えるね。衛兵の姿もあるけれど、どちらかといえば普段着の人の方が多いかな」


北門に向かって倒れる。つまり南側で何らかの異変が起きたのだろうか。

一気に高度を限界近くまで上げたドローンが、南門の姿を捉えた。


「カズヤさん!南門見えました!」


「こっちも人がたくさん倒れてるわよ!ねえちょっと……南門破られてない!?」


「そんな……あれは衛兵隊の鎧です!どうして南側から敵が……これまでの報告は北東の森からの被害ばかりだったのに……」


口元を抑えて青ざめるビビアナをそっとアイダが支える。

イザベルが言うとおり、分厚く重ねて要所を鉄で補強した門扉に大きな穴が開いている。

しかしやはり何か違和感がある。なんだ……


「ノエさん。あの丈夫そうな門扉を破ることができる魔物に心当たりは?」


ビビアナが人事不肖の寸前まで陥っている様子なので、頼りになるのはノエさんの経験だ。


「トローだと思う。人同士の争いなら破城槌で突き破るのが定石だけど、南側はルシタニアの領地だし近隣の街にもそんな装備はない。魔物が攻めて来たと考えるのが妥当ではないかな」


「大鬼ということはありませんか?奴らなら人間の背丈ほどの棍棒でも易々と振るいます。何度も打ち付ければ破城槌と同じような攻撃になるのではないでしょうか」


「いや。それなら衛兵隊が迎撃準備を整えて撃退できるだろう。そのための高い石の壁なんだよ。でも……」


なぜかノエさんが言い淀む。


「でも?」


「アリシアちゃん。もうちょっと右を見せてくれる?そうそう、その辺り」


ノエさんの指示でアリシアが街の東側、ちょうど崖下にあたる部分を映し出す。


「やっぱりそうだ。イトー君。トローが侵入した割には街がほとんど破壊されていない。まるで街の中の制圧は他の魔物に譲ったみたいだ」


先ほど感じた違和感はこれか。確かに街の様子が綺麗すぎる。

大型の魔物が侵入したとなれば、家々の壁や屋根も無事では済まないだろう。事実、ビビアナがアルカンダラで語った報告の中には家屋が破壊されたというものがあった。いくら石造りの建物とはいえ、ほぼ無傷というのは不自然だ。


「衛兵の詰所はどうなっていますか?もっと海寄りの場所にあるはずですが……」


そうだ。街を護るべき衛兵隊は何をしている。まさか壊滅しているのではあるまいな。


アリシアがドローンを操作して海岸沿いを飛行させる。


「あれです!船着き場の右側!あの2階建ての建物が衛兵の詰所……」


ビビアナが再度言葉を失う。

ドローンが映し出したのは、衛兵の詰所を包囲して衛兵達と睨み合うゴブリンやオーガの群れだった。


◇◇◇


とりあえずドローンを回収して作戦会議を開く。

断片的ではあるが状況は大方推測できる。

門が閉まる夜間にトローもしくはそれに類する大型の魔物が門扉を破り、多数のゴブリンやオーガが街の中に雪崩れ込んで、衛兵隊に対応する間も与えずに一気に包囲したのだろう。

とすれば、門に詰めていた衛兵や路上にいた街の人が犠牲になっていることは説明できる。

だが、魔物との争いの最前線の街で、北に目撃情報があったトローが南から侵攻することを見逃すなんてことがあるだろうか。それにゴブリンやオーガといった魔物が、そんなに統制の取れた行動をするものだろうか。

疑問は尽きないが、それを議論していても埒が明かない。


「何にせよ街の中に入らないと詳細は不明だ。何とかして街に入る方法を見つけないと」


「でもどうやって門を開く?さすがにボクでも高い壁をよじ登るなんて無理だよ」


「あの……イトー殿の転移魔法は使えないのでしょうか。探索中はずいぶんとお世話になりましたが、街の宿屋とかならば転移できるのではないかと」


「そうだな。宿の部屋が小鬼の巣窟になっているなんてことが無ければ、それが最も確実な方法だな」


「宿の女将さんも心配だしね。とりあえず小さな窓みたいにして、顔だけ突っ込んでみる?」


ビビアナの提案がなくとも、選択肢はそう多くはない。

まずは宿屋に転移し、そこから衛兵の詰所の敷地が見える場所まで移動する。その後に“視界内であれば瞬間移動できる”転移魔法の特性を生かして、衛兵隊が立てこもる詰所へ転移する。

“狩人が3人以上集まれば、その中の1名が指揮官として魔物撃退の指揮を執る”という王国法第14条第2項に基づき魔物撃退の指揮権を委譲してもらい、カディスの街から魔物を撃退する。


「ボクに異存はないよ。もちろん指揮はイトー君に譲るけど」


「私も賛成です。衛兵隊長さんは知己ですし、ご紹介できると思います」


「もちろん私達も賛成。ここから先は“通常兵器”じゃなくてもいいよね?」


イザベルがそそくさとヘカートⅡをリュックサックから抜き出しながら言う。

アリシアはMP5Kを、アイダはM870を準備している。

5号装弾のM870はともかく、街中でヘカートⅡはオーバーパワーだ。イザベルはMP5A5を使ってもらおう。


「さすがにあの大軍に剣と弓だけで挑めなんて無謀な事は言わない。じゃあ準備はいいか?」


返事をするかのようにアイダがM870のフォアエンドをガシンとコッキングした。

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