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9.アリシアの話を聞く(5月2日)

娘はアルカンタラのルイス・ガルセスの娘、アリシア・ガルセスと名乗った。

アリシアが名前、ガルセスが姓だろう。

アルカンタラとはなんだろう。職業か、あるいは地名か。


「俺はイトー・カズヤだ。イトーが姓、カズヤが名前な」

俺が中学生の頃は、外国人に自己紹介する時には外国風に名前ー姓の順で名乗るよう教えられていた。

ところが平成の世の中では、一部の教科書が姓ー名で名乗るように変更になり、つい最近は文化庁が姓ー名での名乗りが望ましいと通達を出していた。“日本の文化を大事に”ということだ。

確かに音の響きなんかで名前を選ぶこともあるだろうから、順番は大事だ。

というわけではないが、俺も姓ー名の順で名乗る。


「イトー・カズヤさん、不思議な響きですね。じゃあカズヤさんとお呼びします」


いきなり名前呼びか。

女子に名前を呼ばれるだけでドキドキするほどの純真さは、加齢とともにどこかに置き忘れてきた。


「アリシア、腹減ってないか?しばらく何も食べていないのだろう?」


「はい!実はさっきからお腹が鳴っていて……」


じゃあ何か作るか。簡単に手早く作れて、胃への負担が少ないもの……レトルトの粥の買い置きがあったはずだ。

洗い場と脱衣所の縁から立ち上がり、アリシアを廊下側に押し出そうとした時、俺の脇の下から洗い場を覗いたアリシアが大声を上げた。


「え!?何ですかあの大量の魔石は!まさか100匹の小鬼ってホントだったんですか!?」


「はい?信じてなかったのか?」


「だって!いくら小鬼でも10匹もいれば熟練の狩人でも手を焼くじゃないですか!?私達だって……」


アリシアが涙ぐんでいる。


「とりあえず、何があったか食事でもしながら話してくれ。食事の準備をするから、寝室で頭の中を整理しておくように」


「わかりました……」


アリシアをベッドに座らせ、俺が寝ていた長座布団を片付けて、折り畳み式のローテーブルを出す。

キッチンで鯛入りの粥のレトルトをお椀に入れて電子レンジで温め、ついでにお湯を沸かして緑茶を入れる。


出来上がった朝食にプラスチックのスプーンを添えて寝室のテーブルに運ぶと、アリシアはまだベッドでぼーっとしていた。


「アリシア。食べられそうか?」


「はい……すみません。一人でいるとまだ鎮静の魔法が効いていて……」


鎮静の魔法。そんな魔法があるのか。


アリシアは両の手の平で自分の頬を軽く叩き、顔を上げる。

「大丈夫です!お腹空きました!」


アリシアと並んでテーブルの前に座り、粥を食べる。


「この穀物美味しいですね!ちょっと甘くて、スープのいい香りと組み合わさってとっても美味しいです!」


「そうか。これは米という穀物だ。今回の粥は作り置きの保存用だが、鍋で炊くこともできる。今夜は炊いた米にしてみるか」


「はい!パーティドの皆にも食べさせたかったです……」


「パーティド?パーティドとは何だ?」


「えっと…調査隊……斥候と言ってわかりますか?洞窟や古い遺跡、深い森などの魔物が出やすい場所を調査して、魔物の急増や大規模な襲撃の兆候を見つけて、国に報告するのが役目です。私達は調査のためにアルカンダラの養成所で編成されたパーティードでした」


「そんな重要で危険な任務を、アリシアのような若者に任せるのか?」


「いえ、本当はもっと熟練した狩人が任されるのですが、去年起きた北での戦争に駆り出されていて……それで私達のような地方都市の学生にその役目が回ってきたんです。まだ新しい洞窟で大した魔物も出ないだろうから……卒業したら実務経験が生かせるからって、仲間の一人が言い出して。でも……」


なんとまあ、インターンシップのつもりが実戦で、しかも仲間はほぼ失ったときたか……


「アリシア。アリシアの仲間、そのパーティードのメンバーは何人いたんだ?お前を残して全滅したんだろう?」


「メンバー?仲間の事ですか?私も入れて6人です。リーダーは剣士のアマド、サブリーダーが槍使いのクレト、他に槍使いのレオンと剣士のアイダ……あとは術師で弓使いのイサベルと私でした。洞窟に向かって森を歩いてる途中で、大鬼に会って……私とイサベルは逃げようって言ったんです!でもアマドとクレトは大丈夫だって!俺達に任せろって!それでレオンとアイダも一緒に突っ込んでいって……私とイサベルは後ろから回り込んでいた小鬼に気付かずに捕まってしまって。それで……」


「仲間の消息は分かっているのか?」


「アイダとイザベルは同じ洞窟に連れてこられていました!でもカズヤさんが来る少し前に二人ともどこかに連れて行かれてしまって……アマドとクレトは大鬼に棍棒で頭を潰されるのを見たって、アイダが言っていました。だからたぶんレオンも……」


「そうか……それは辛い経験をしたな」


サバイバルゲームでも初心者にはよくあることだ。仲良しチームでフィールドにやってきて、わけもわからずに正面突破を試みて粉砕される。まあサバイバルゲームでは死ぬことはない。当たりどころが悪ければ少々痣が残るかもしれないが、それぐらいの被害で済むし、ゲーム時間も決まっている。

どれだけ劣勢でも、時間がくればその回のゲームは終わりだ。


ところがこの世界ではどうか。

包囲され捕まってからアリシアのように救出されるのは極めて稀だろう。

恐らく通信手段もないこの世界では、救援を求めることもできずに自力で突破を図るか、ひたすら逃げ回るか、藪にでも潜んでじっと耐えるしかないのだ。


「あの!カズヤさんにお願いがあります!」

アリシアが持っていた茶碗とスプーンを置き、体ごと俺に向き直る。

涙で潤んだ茶色の瞳から発せられる視線から、激しく嫌な予感がする。


「カズヤさん!私と一緒にもう一度あの洞窟に行ってください!」


あれ?そんなことか。

拍子抜けした俺の顔をアリシアが覗き込んでくる。


「あの……ダメですか?助けていただいた身でありながら僭越ですが……もし私を助けていただけるなら、この身をお捧げします!」

アリシアは俺の手を両手で握り、自分の胸元へと持って行く。

いやお捧げしますと言われてもな……こら、ノーブラでTシャツしか着ていないんだから、胸元で手を抱えるのは止めなさい。


無理やり手を引き抜いてアリシアに問う。

「アリシア。お前何歳だ?」


「え?15歳ですけど……」


「……身体を捧げるのは却下な」


「え!何でですか!?」


「何ででもだ!助けてやるから、代わりの条件を飲め。まず一つ目、俺にこの世界について教えてくれ。二つ目は魔法について教えてくれ」

アリシアはアルカンダラの養成所に通う学生だと言っていた。養成所がどんな勉強をするのかは知らないが、学生ならそれなりの知識はあるだろう。

そして自分を術師だとも言っていた。“鎮静の魔法”なる魔法を自分に掛けていたほどだ。

この世界でサバイバルするには、俺はこの世界についての知識が無さすぎる。


アリシアは不思議そうな顔をしながら俺の顔を見ている。


「条件ってそれだけですか?飲めって言うから、てっきりこうしてこう……」

アリシアは軽く握った自分の右手を顔の前で軽く上下に動かし、その上方で口を開ける仕草をする。


アリシアさん……お前何の真似をしている……?


「え……?違うんですか?男の人が女に出す条件って、大抵そう言うやつだってアイダが……」


そうか。お前らのいう養成って、そういう特殊なお仕事も含むのか……


「いえ!私は未経験ですよ!男のヒトとは手も繋いだことありません!あ……カズヤさんの手はさっき握りましたけど……でも本当に未経験です!信じてください!」


はいはい。

まあ現時点では頼られる存在はお互いしかいないのだ。

上手くやろう。そしてとりあえず食事を終わらせよう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界の女性か、病気持ちかもしれないしね。
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