8 お金と言う概念
<登場人物>
古河 経→ケルト
佐野 卯月→ユシリズ
増岡 柳太郎→ユウビス
岡田 学人→ガクト
三ツ矢 弾→ダン
阿野部 慎→アマ
あれから俺たちは広い草原を歩いていた。この世界の人に会うために黙々と歩みを進めている。大学生になってからろくに運動をしていない彼らにとってはただ歩くという行為だけでもマラソンをしているような感覚だった。
「もう疲れたよう~ねぇ休もうよ~!」
俺はヘトヘトで息を切らしながらみんなに休憩を求めた。
歩き始めて二時間位は経っているであろう。とくに大学生となり、自堕落な生活をしていたケルトは異世界に来て女の子になってしまったため、体力はもう人類の底辺ものだった。
「いや、あとちょっとやで~この先に何か感じるんじゃ」
ダンが何か感じる方に歩みを進めているが一向に目標が見えないのは確かで、みんなはダンを疑い始めていた。
「ほんとにこっちで良いのかよ?まだ何も出会ってないけど……」
「大丈夫やって!俺を信じな!」
ユウビスの疑いの言葉をダンは言いくるめる。
「まぁ、動かない限り冒険も始まらないからなぁ、たとえダンの勘が当てにならなくとも進むしかない」
ガクトがもっともなことを言う。確かに進まなくては何も始まらないのは確かだ。
でも、それにしてもガクトはなぜか冷静だ。この世界にはもうなれたのだろうか。と言うか、こいつも能力持ったのか?まぁ、詮索してもしょうがないから聞けるときにでも聞いてみよう。
「ところで休憩は~?」
「……」
「無視……」
俺は諦めて重い足取りでみんなについて行くことにした。
すると急にダンが叫んだ。
「あ!見てみ!!家があるで!!」
嘘だろ!?と言った表情で俺は前を見ると目線の遠くに木の家らしき物があるのが見えた。
「でも人いるかな?」
ユシリズは心配した顔になるが、ダンは自慢げに言う。
「ほら見てみ!!間違ってなかったやろ~取りあえず行こか~!」
そう言うとみんな一斉に家の方へと走り出した。
「うそん……走るの……私無理……」
俺は走る元気など残ってはおらず、みんなが走って行く背中をただ眺めることしかできなかった。俺は歩く速度を変えなかった。
一方で、先についていた5人は家の前まで来ていた。
近くで見ると少し大きめの2階建ての家になっており、ドアの前には看板が置かれていた。
5人は看板を見る。
「ん? 何これ? 何語これ? 読めなくねえか?」
アマが言うように看板には日本語でも英語でもない謎の言語で書かれていた。
「これじゃ何が書いてあるかわからないな」
ガクトがそう言った時、システムが反応し始める。
<<解析中>>
<<解析完了>>
<<解析結果:ローハンド語>>
<<解析成功により以下のスキルを獲得しました>>
一般スキル:『言語:ローハンド』
効果:この世界の共通語であるローハンド語が読めるようになる
「ローハンド語? 聞いたことないぞ」
ガクトが首をかしげる。
「おっ…おい!読めるぞこれ! さっきまで意味不明な記号みたいだったのに!」
ユシリズが慌てて指をさした。
途端に全員が看板を見た。
そんな中でケルトがやっと到着するとみんな看板を囲み、ずっと見つめている友達の光景はとても不可思議なものだった。
「あんた達何してんの?」
「やっときたか、ほなこれ見てみて」
俺はヘトヘトのままではあったが看板の近くに行き見るとそこには
『宿屋・バニランテ』
と書かれているのがわかった。
「宿屋…宿屋!? 宿屋ってあの宿屋!?」
宿屋と聞いてダンのテンションが高ぶる。
「お前どんだけ宿屋言うの」
ユウビスがダンの頭をはたく。
「やっとこれで休めるじゃん……」
俺がホッとしそうとした途端、ガクトが衝撃的なことを言った。
「俺たち金あるのか?」
激震が走った。そうだ、お店であるからもちろん金は取られる。でも、もしかしたら、最悪、あわよくば、事情を話せばタダで止めてもらえるかもしれない。
……いや、無いな、うん。
どうしよう……
俺はユシリズの顔をチラッと見た。
ユシリズはこの世の終わりだと言わんばかりの険しい顔で俺の方を見つめていた。まるで何かをせがむ子供のように。
あーあ、もう元気がないぞこいつ。そんな顔するなよ。面白過ぎるから。
いやいや!そんなことを言ってる場合じゃなかった。
お金なんて……
「そうだ!モンスター倒したやん!お金とかもらってへんのかいな!?」
ん?あ!?そうか!!ここは異世界だった。
確かに俺たちはこれまでに2体の魔物を倒している。もしも魔物を倒すとお金が手に入ってたら……。
俺たちは急いで所持金を確認した。
<<所持金 150G>>
「持ってたーーーー!」
なんと言うことだ。嬉しすぎてつい叫んじゃったよ。
「いくらだ?」
ガクトがしかめっ面で聞いてくる。
「んと……150……」
「……全員分足りるのか?」
「「「「「「……」」」」」」
全員がこの時旅で最初の絶望に陥った瞬間かもしれない。
空気は重くなる一方だった。やっとこの長い道を歩いてきたのに目の前の店にすら入れないと言うこの絶望感は前世の世界でも経験済みだったが、今回だけは話が違う。
お互いに誰も悪くはないんだ。だけど店に入れない。神がいるならどうしてこうなっているのか教えてくれと。
俺たちが絶望感に耐えきれず店から離れようとした時、鈴の音とともに店のドアが開いた。
「あ!いらっしゃいませ!」
俺たちが振り返るとそこには金髪で色白、小豆色の和風で下がスカートになった仕事着に純白のフリルのついたエプロンをつけた少し小柄で笑顔が神々しい素敵な美少女がいたのだ。俺より大きいけど……。
そんな美少女を目の前に男5人と女1人はしどろもどろ、頭の中はぐるぐる。
「お客様何名様ですか?」
男達はあの明るい無垢な笑顔に絶えきれなかったのか俺の後ろに隠れていく。
(ちょっと何で俺なのよ!)
(お前女の子になってんだから女性と話せるだろ!!)
(えぇ……)
俺とユウビスとアイコンタクトで会話をしている最中でも、少女はニコニコと笑顔のままだった。
(今金がないんだからちゃんと断れ、お前ならできる!)
アマが相変わらず目配せで俺に任せるようなことを言う。
俺だって断りたい。でも彼女の笑顔に負けちゃいそう・・・。
でもお金がない・・・。
そんな葛藤をしつつも、とうとう決意ができた。しょうがない・・・断ろう。
その言葉を言おうとした。
「すみません!あの……私たち……」
そのときだった、急に視界が暗くなり、俺の顔にハーブのような良い香りと共に、少し柔らかい感触が襲ってきた
「きゃあぁぁ♡♡!! 可愛い♡♡♡! 女の子の旅人さんだ~!!」
そう、この女の子が俺を見た瞬間に突拍子もなく、俺に抱きついてきたのである。
「私より小っちゃい~♡」
俺の身長は女の子になって大体150センチあるかないかぐらいだ。抱かれている目線から察するに、女の子は160センチ位だろう。端から見れば俺は小柄な女の子にしか見えていない。急な出来事に罪悪感よりも俺の頭は思考停止の領域まで来ていた。小柄だと思っていたがなかなか……胸が……包容力があるんだな。
そして野郎5人は蚊帳の外で見守ることしかできない状況だった。
女の子は俺に抱きついたまま聞いてくる。
「ねぇねぇ、何名様かな??今ならいっぱいサービスしちゃうよ♡!」
「ろ……6名様で……お願いしましゅ……」
「かしこまりました♡ じゃあこっちに来ようねー♡」
手をつながれながら店の中へ入っていく。
お金のことなんて考える余裕はもうなかった。
俺は思った。人に会ったけど最初がこれかよ……。
今の自分の外見も考えないとな……。