76 メイドは知っている
あれから時間が経ち、意識を段々と取り戻してくるとガクトの瞼がゆっくりと開く。
「ここは……?」
目線の左側には窓が開けられており、外が伺えた。外はもう月が暗闇を照らしている。近くのランタンが自分の顔を照らしているためとても眩しかった。
ケテルネスの力によって受けたダメージがまだ残っているのか自己治癒の能力があるのにも関わらずまだ頭が痛んでいる。
そっと額に手をやると包帯が巻かれていた。
「久しぶりだ、包帯なんて巻かれたのは」
包帯なんて、高校時代部活で骨を折ったとき以来だ。
ましてやこの世界に来て人間離れした力で傷が治るようになってからもう自分にはいらない物だと思っていた。ガクトはこの包帯からどこか少し暖かさをを感じた。
自分の体をゆっくりと起こす。周りを見ると、近くには木製の引き出し付きの棚の上にランタンが置いてある。
壁には竜人達が踊っているように見える絵が大きく飾られていた。ランタンの火に照らされたその絵は少し不気味に見える。
その時、ガタッと音が聞こえ、そちらの方を見ると暗い色の木製のドアが開いた。そこからでてきたのは綺麗なクリーム色のショートヘアのメイドが入ってくる。
「あ、起きてらっしゃいましたか? お身体の方はどうです?」
「あ……ああ、まだ少し頭が痛むが楽にはなってると思う」
「良かったですーーあ、お食事お待ちいたしました」
そう言って入口に戻ると食事が乗ったワゴンが中に入ってくる。ワゴンの上にはランタンの光によって湯気が上がっているのが分かるスープ、レタスのような葉の上に並んだフライドチキンのような肉がカットされて綺麗に陳列されている料理の2品だった。
「いや……俺は……」
ぐぅぅぅぅーーーー
その時、待ってましたと言わんばかりに腹の虫が鳴り出す。
「あ……」
「ふふふ、お腹は正直さんですね。どうぞ」
そう言って、小皿にお肉をよそうとガクトの前に差し出す。
「……ありがとう」
「フォークも」
「あ、どうも」
フォークを受け取りその肉を刺して口に運ぶ。
とてもジューシーで体に染み渡り、心も胃も満たされる感覚だった。そういえば、朝から何も食べていなかったことを思い出す。口に入れたらその肉を口に運ぶ作業が止まらなくなった。
「美味しいですか?」
「うまい……」
「良かった♪ おかわりも有ります。あとスープもどうぞ♪」
黙々と食事をし、気がついたらワゴンの上の料理は空になっていた。
「ご馳走様でした」
「はいーーお気に召したみたいで良かったです♪」
「……あの」
「どうしました?」
「どうして俺はこんなところに? 普通なら牢屋とかにぶち込まれる筈だろ?」
「何を仰ってるんですか? 私たちはそんな物騒な所に放り込んだりなんてしませんよ」
「ケテルネスならやりかねないと思ったんだけど……」
「そうですね……少し座らせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
ガクトは少し体を移動させ、ベッドにメイドが座れるスペースを作る。
「よいしょ……ふぅ……立ちっぱなしで疲れましたぁぁぁ」
「仕事続きだったのか?」
「もう毎日です。でも楽しいのでへっちゃらです! ……って私の話じゃなくてケテルネス様のお話でした! ケテルネス様は本当は外の人たちが思っている程残虐な方ではないんですよ。ただ、少し頑張り屋さんですぐに責任を自分で背負おうとする。だから、城内の人たちは色々と振り回されているんですよ」
「しかし、民への扱い方が良くないって噂は流れているがそれはどうなんだ?」
「あーー……それはですね……昔のケテルネス様はもっと国の人たちにも優しく振る舞う方だったんですよ。でもある事件がきっかけでケテルネス様はもっと自分を追い込むようになってしまいました。国民のことは凄く大事にされているお方だったからこそ大きな事件がきっかけで民にも神の威厳を見せようと厳しくなってしまっているのです」
「事件?」
「……そうそれは私が生まれる前の出来事で先代の神にとって忘れることのない大きな戦争が起こりました。それによって多くの民と土地を失ったみたいです。その戦争の時にケテルネス様は大切な人を失ってしまったとか。それ以来、民から酷く恐れられる破壊神ケテルネスが生まれたって話です。でも、民の目が届かない城内では私や他のメイドには甘えたり、ぐだっとしてリラックスしたケテルネス様が見られるので相当無理しておられるのでしょう」
「君がどうしてそんな事を知っているんだ?」
「それは……私がここに新米として来たときに私と同時期に入ってきた新米を集めてこのことを教えてくださったんです。メイドである私たちには教えてくれましたが兵士の方々は士気が下がるかも知れないと仰って教えなかったみたいです。でも、ケテルネス様の話を聞いて私たちはケテルネス様の力になりたいと思えたのです。だから私は頑張り屋さんで優しい人だと思えるのです」
あの俺たちを殺しにかかっていたケテルネスからは考えられない事を聞いてまだ少し信じることができない自分がいた。
それはアミュラの件である。磔にして殺そうとしてたでは無いか。それが疑問でならない。
「そのケテルネスがアミュラを殺そうとした。それはどうなんだ?」
「あ、あれは誤解ですよ!! 恐らくケテルネス様は別の意味合いがあってあんな事をしたんだと思います!!」
「じゃあ……それは何だっていうんだ!!」
「ひゃう!! そ……それは、私にも……」
話に熱くなってしまい、メイドの子をおびえさせてしまった。焦っている自分に気づき、落ち着きを取り戻す。
「す……済まない。話に熱くなってしまった……」
「……お大事にされてらっしゃるんですね?」
「え?」
「ケテルネス様も大事な人の方の話になるといつも以上に話が熱くなるんです。それに少し似てるなって思ったんです。貴方も……正に心を思える優しい人なんですね」
メイドがニコッと笑う。その言葉に何か心が動いた感じがした。そして、もっとケテルネスの事が気になるようになった自分がいたのだ。
「さて、かなり長い時間お喋りしちゃいましたね。お体の方にさわる前に今日はお休みになってください。お話相手になっていただきありがとうございました」
メイドは丁寧にお辞儀をする。
「いや、こちらこそありがとう。色々話が聞けて良かった」
「ふふふ、そう言って頂けるならよかった♪ それでは……」
「あ! ちょっと!!」
「え?」
「……ケテルネスには会えるのか?」
「……ふふふ、明日会えますよ。おやすみなさい」
そう言ってドアは閉められた。ガクトはまた睡魔に襲われ、瞼を閉じる。意識が切れると共にランタンの火が消えた。





