66 アナンタ村防衛戦 その1
俺たちはファンロンの背中に乗りながらサーティ地方の空を舞っていた。目指すはマダンからそう遠くない村、アナンタ村。
俺たちの目的はさらわれたアミュラの親友のノイの奪還とアナンタ村を救うことだ。薄暗くなった空を見上げると綺麗な星々が眼前に見える。陸では味わえない空気が直に当たり緊張する俺の身体を冷静にしてくれる。
初めての空なのに俺たちは1人もはしゃいだりなんかしなかった。全員が真剣な表情をし、集中力を高めている。
煙の上がる地点がどんどん近づいてくる。そろそろアナンタ村の様子が見えてくるだろう。俺たちが下をのぞき込むとアナンタ村周辺には昼には居なかったはずの多くの魔物が村を取り囲んでいた。
陸地には中ぐらいのジャイアント=センチピードの軍勢、空にはワイバーンの群れが街を囲む。村にはまだ侵入してはおらず村周辺の簡素な防壁を壊していた。まるで、人々をおびえさせるかのように牽制している。
村には異変に気づき、走り回る者や家の中に入り、おとなしくしている者達がいる。しかし、魔物の侵入も時間の問題だ。
今すぐにでも魔物達は村を襲うだろう。そうしたら村の人間の命はひとたまりも無い。
「これは……不味いよファンロン」
「これほどの魔物の出現は初めてだ。ファフネリオン……どうやら本気で潰しに来ているようだ」
ファンロンはアナンタ村の上空を支配するワイバーンよりも高い高度を維持しながら飛行状態を保っていた。
緩やかな速度で上からじっくりと様子を見る。俺たちの本丸はファフネリオンだ。どこだどこに居る?
全体をぐるっとある程度見回ったところで、中央にワイバーンの群れの中に一際目立ったシルエットが見えたのだ。
片手に子供の首根っこをつかんだまま身体よりも大きな竜の黒羽を羽ばたかせながら浮遊している。
「いた! あれだ!!」
俺が咄嗟にその方向を示す。
「だが、手下が多過ぎる。このままでは我が強引に押し入っても地上までは手に負えん」
「なら、俺たちが片づければ良いんだろ?」
「ユウビス、ぬし、いけるか?」
「ああ、俺たちにも力はある。俺の他にもアマとユウビスの力もあれば、地上に降りてあらかた雑魚共は片付けられる」
「頼もしい、頼んでくれるか?」
「おう! 任せろ!! ほら、2人とも準備してろよ!!」
「お……おう! 多分大丈夫だと思う!」
「こっちはいつでもおっけい」
「では、少し高度を落とす! しっかり捕まっていろ!!」
ファンロンは羽を大きく羽ばたかせ、身体を傾かせると陸に向かって急接近させる。風に乗ると羽をたたみ、空気抵抗を抑えながら下降するので凄い速さだった。
上からとてつもない速度で降りてきた竜に気づいたワイバーンもそれを止めることはできず、ただその場で宙に浮いていることしかできなかった。
そのまま勢いよく着地と共に先頭にいたジャイアント=センチピードを踏みつけるファンロン。大地が激しく踏まれ、その場は衝撃で地面に亀裂が走る。
勿論、ファンロンの足の下で踏み潰された魔物の頭は潰れて、ピクリとも動かない。その衝撃と竜の風格に気づかない魔物などおらず、陸にいた全ての魔物がその竜と俺たちに注目する。
「頼んだぞ! 人の子達よ!!」
「おうよ!! ケルトとダン!! 陸は俺たちが掃除しておくから空は任せたぞ!!」
「うん!! みんなも気をつけてね!!」
ユシリズとアマとユウビスが降りたのを確認するとファンロンは空へと羽ばたく。
さて、陸に取り残された3人に対するは殺意を向けた巨大百足の大群。普通なら絶望的だ。そう、普通なら。
「うわぁ~~これはきもちわる……」
「ゴブリンの時よりはグロテスクだよね……」
「構わねぇよ!! 全部燃やせば良いだけだ!!」
「俺はみんなの攻撃が当たるように支援するよ!」
「じゃあ……やるか、ユシリズ」
「やるかアマ!!」
「「「せーの!!」」」
≪発動:【炎龍】≫
≪発動:【電磁砲】≫
≪発動:【時間遅延】≫
それぞれが一斉に能力を使用する。
ユウビスが5~10匹程度の敵の動きを鈍くさせ、それを炎の龍が飲み込み、雷の光線が残党を消し去る。
それを一列ずつ、綺麗に片付けていく様をケルト達は空から眺めていた。
「陸からの敵の侵入は大丈夫そうね……うん」
「あいつら強すぎやろ」
そう眺めているとあの忌々しい声が聞こえてくる。
「来たか、悲しき罪を負った守護竜と取り巻き共よ! 早速、無駄な事をしているようだな」
声の正体は勿論ファフネリオンだ。奴はワイバーンを付き従えて俺たちの正面へとやってくる。片手で掴まれたノイは気を失っている。
「何が無駄なのよ! 見てみなさい!! あんたの魔物どんどん倒されてるわ!! いつか終わりは必ずやってくるはずよ!!」
「減っている? フハッハッハ! 分かっていないのは貴様らの方だ……よく見てみろ!!」
俺はまたユシリズ達の戦っている方を見る。確かにユシリズ達の攻撃で前列の方の敵は倒されている。しかし、何か減っているようには見えない。
目線を更に後方へとやると気味の悪い紫色の魔方陣から大量に同じ魔物が湧き出てきていたのだ。その魔方陣は複数箇所にあり、そこから1度で5体ほど生み出される。多くて10体倒せる彼らでも倒しても倒してもきりが無いことになる。
「あれはもしかして……魔物を生み出している?」
「気づいたか? そうさ、俺の【魔物召喚呪文】。バズールの時とは違うとっておきさ。勿論、陸だけで無く空にもだ」
そうファフネリオンは上を指さす。目線を上に上げるとアナンタ村の真上に点々と魔方陣が浮かんでおり、そこから絶え間なく魔物が生み出され解き放たれているのだ。
「あなた……こんなことしてただで済むとでも思ってるの?」
「貴様らが悪いのだ……我にその神子を渡さぬからだ」
俺の身体にしがみついているアミュラを指す。アミュラはおびえ顔を俺の身体で隠す。
「どうしてここまでしてこの子の事を欲するの?」
「……我が神のためだ。我が魔族の神エスデス様を完璧な者へとするためにその娘の血は材料になるのだ。神子の血は数多の竜をたぎらせる程のエネルギーを秘めているのだ。
その血を我が神が欲しているだけのこと。俺はその望みある神の代行に過ぎない。
この力は全てエスデス様から頂いたもの……この恩は崇拝と服従……そして成功という結果を捧げる事でやっと返す準備ができるのだ。そして、完璧な者へと我が神が変貌したとき、我らは世界を手に入れるだろう……」
片手を上に上げて熱く語るその男の思いなんてこれっぽっちも言葉に響かない。ただ、怒りだけがこみ上げてくる。
「我が神? 崇拝と服従? 世界を手に入れる? ……ふざけんじゃ無いわよ!!
あんたらのくだらない事で何人の民が殺されて、1人の少女が苦しみを味わってるのよ!!
あんたとは違って、この竜人の民全てを見守る竜を司るこのアミュラが代わりに苦しんでるなんて私は耐えられない!!
この地方の神が嫌い? 上等よ!!!! その神が使えないなら私がその神の代わりになろうじゃない!!!! ここの神があんたを好き勝手にさせても私はあんたを許さない!!!!」
「……ケルト」
後ろでアミュラが小さく呟く。
「……クックック……そうか……なら全力で守ってみな!! 行くのだ我が軍勢よ!!」
ワギャギャギャギャギャギャーーーー!!!!!!
ギャギャゴギャゴギャオーーーー!!!!!!
そして、とうとう待機していたワイバーン達がファフネリオンの一声で一斉に村へと飛びかかっていった。





