65 宿敵
同じだ。あの時、酒場で出会った時と全く同じ姿で現れた男……俺たちの元へと続く道を静かに歩み進める。俺たちに気付いているのか気付いていないのか黒い鉄仮面からは顔を見ることができず何も察することはできない。
ただ、その重い甲冑を身に纏っているはずの身体はペースを乱さず、軽い足取りでこちらに向かってくる様子に無駄がない。まるで目的が決まっているかのような様子だった。
歩み寄って来るそれに俺たちは威圧を感じつつもそれに負けずに前に出る。丁度中央までやってきたところで甲冑は歩みを止める。甲冑と俺、ダン、ファンロンとの距離は大体50mと言ったところだろうか、お互いが視線の先を目の前の物体に向ける。
空が少し曇り薄暗くなったこの廃墟と化したこの村の中央に一気に緊張感が立ち込めてくる。先に口を開いたのは黒甲冑の方だった。
「貴様らは……酒場で捕えた冒険者……やはりここへ来たか」
「あれあれ? 誰かと思えばーー私たちをご丁寧にあんな薄暗い牢獄にぶち込んでくれたすたれた御国の兵隊長さんではないですか。どうしてこんなところを一人でほっつき歩いているのかな?」
俺は少しばかり小馬鹿にしたような口調をしてみる。まぁ、こんなことで動揺する相手ではないってことは分かってるんだけど取り合えずこのでかい体に対して大きな態度を取って見せたかったのだ。
「……貴様らには関係なかろう……と言いたいところだが強制的に関係せざるを得ないようだな」
男はちらっとファンロンの方を見た。何か反応を示すのかと思ったが何の興味を見せないノーリアクションだった。それから首だけで俺、ダンを見てからぐるっと辺りを見回す。俺はその行動にどんな意図があるのかは分からなかった。そのまま、静かに向き直すと腰につけていた剣に手をかける。
俺とダンはそれを見逃さず、瞬時に俺は腰の後ろの妖刀ティターニア、ダンは背中につけた弓を取り出そうとする。
しかし、男は腰の剣に手を掛けるが柄には手を掛けず、鞘ごと持って床に置いた。そして、剣を置いたその場から1歩2歩距離を置く。
「……なんのまねよ?」
「俺はお前たちの敵ではないというのは嘘に聞こえるかもしれない。だが、これだけは言える。お前たちと同じ神子を求める者と言うことだ」
「だから、それがどうしたんや!!」
「お前たちと争う気は一切ないということだ。俺は神子の保護のために動いている。あの時、酒場での出来事はやむを得なく行ったことだ。あの時の事はすまないと思っている。何なら神子の保護と共にお前たちの事も保護しよう。どうだ? 良い話ではないか?」
「そ……それは……」
予想外の話の持ちかけだった。普通、悪党ならここで仲間を配備させておいて交渉が決裂してきた瞬間、一気に攻め込んでくるのがお約束なのだが……この男以外の反応が見受けられない。ここから完全に独り単独でここに来たというのが分かる。
そして、竜と2人が目の前にいて唯一のリーサルウェポンである剣を床に置くなんていったい何を考えているのか。
それにこいつがノイの言う男ならノイを魔物から助けているのは聞いている。もしかして本当に敵では何のかもしれない。
本当にこの男を信じてもよいものなのだろうか。
「なぁなぁケルトちゃん、もしかしたらこの人は本当に悪い人じゃないかもしれないで」
ダンの発言からダンはこの男の警戒がはがれている。敵なのか? 味方なのか? わからない……わからない……
俺は思わずファンロンの方を向いた。しかし、ファンロンは動揺している様子はなくじっとその男の事を見つめている。その表情には相手の策略に乗る迷いがなかった。
「ファンロン……どう思う?」
「ケルト、よく聞いてくれ。あやつが我らのもとに来てからあの邪悪なオーラが急に消えたのだ」
「え!? じゃあ……あの人は本当に……」
「いや、その逆だケルトよ」
「え?」
「ぬしが混乱し、何が嘘で何が真かわからない状況であるのは我は見ていてわかる。ここは我に任せるがよい」
そう言うとファンロンはゆっくりと歩み、俺の前に出る。
「ぬし、我が神子に相まみえたいのなら一つ問おう。我が神子を守護する目的を我が目の前で示せ」
ファンロンが男に語りかえると手を口元において少しクスクスと笑いながら話し始める。
「守護する目的? 濡れ衣を着せられたこんな小さな女の子の命が狙われているのを善ある者が助けるのは当たり前だ。それに……貴様らも見ただろ? この国の神の姿を。
あのような残酷極まりない神が良神だって? ふざけるのもたいがいにすべきだ。だから、私はこの竜族の宝、神子を保護しなくてはならない。貴様らも馬鹿ではないはずだ。
ならば……私の言いたいことを理解できるはずだ。改めてどうだ? こちらにつかないか?」
そう言って、男は自分の左手をこちらへと差し出した。
すべての話を総評してみるのならば男の言ってることに胡散臭さは有るものの筋が通りなぜか納得感を得てしまった。
しかし、納得している2人をしり目に1匹はその話を聞いて笑い出したのだ。
「……フフ、フハハハハハハハ!!!!」
「何がおかしい?」
「どうやら……こやつら2人を欺けても、我を欺くことはできなかったみたいだな黒龍よ」
「何?」
どうやらファンロンはあの1つの問いだけで何かに気づいたようにそう言う。俺は理解ができなかった。あの質問だけでどうしてわかったのかと?
「ファンロン!? どうしてそう思ったの!?」
「容易いことだ……我は言ったはずだ『我が神子に相まみえたいのなら一つ問おう。我が神子を守護する目的を我が目の前で示せ』とな」
「うん、でもちゃんと言ってたじゃない」
「我は言ったはずだこやつの前で」
「ん?……あ!!」
「ん? どうゆうことや?」
「我は初めてこやつに対して言葉を伝えたのだ。普通、竜というものは話すことはできない。我は少し特殊な存在である。我が言葉を操ることができると知っておるのは元から神子しかおらぬ。ぬしたちはさぞ驚いただろう。だが、こやつは我の言葉になんのためらいもなく会話を続けたのだ。すなわち、我と一度会っている。そうだろう黒龍」
そうだ、俺が初めてファンロンと出会ったときは酷く驚いた。ノイだってみんなだって。でも、こいつは驚くことも何も反応を見せなかった。つまり、ファンロンは自分が言葉を話せることを利用して嘘を欺かせたのだ。
ファンロンとは一度会っている龍以外なら驚くことができる。しかし、こいつはノーリアクション、そしてファンロンの感じた邪悪なオーラ……全要素からこいつが敵であると悟ったのだ。
「……バレたか。流石神子の守護竜、伊達にその肩書きは嘘ではないということか」
「貴様の下手な芝居などに引っかかるものか」
「まぁ良い。で、俺の目的はもう言ったがどうする? このまま神子をこちらに渡すか? それとも……」
その時、男の後ろの森のさらに奥の方から激しい爆発音が遠くから聞こえた。森の木々の先端から煙が立つ。
「何をしたの!?」
「私の仲間たちがこの近くの村に進軍を始めたのだよ。貴様らが神子を渡さぬのならすぐにでもこの村のように破壊しつくしてくれよう」
「この近くの村……アナンタ村か!? き、貴様……」
「焦っているなファンロン!! そうだ!! 今、我が同胞により次の村も火の海となるぞ!! 貴様が守れなかったこの里のようにだ!!」
「く……この外道……」
このままではアナンタ村が危ない。しかし、ここでアミュラを渡したら……
「話! 全部聞いたから!! もうやめて!! もう……村を……民を……殺さないで……」
後ろから、叫び声が聞こえ、振り向く。そこには家にいた皆が外に出ていたのだ。アミュラは叫び、地面にへたりこんで泣きじゃくりながら座っている。
「話が長いと思って外に出してみれば、どうやら親玉が来てたんじゃねえか。言ってくれよなケルト」
ユシリズはもう篭手を装備している状態で、周りの仲間も戦闘態勢に入っていた。
しかし、ノイは男の事を一目で理解し、森の奥の様子も目に入る。
「ファフネリオン、何で……あの方角……僕の村が……か、母ちゃんが!!」
ノイは急に駆け出し、一目散に横道を通ろうと走り出す。
「ふむ……ではこうしよう!!」
男はノイが走り始めたのを見ると背中から大きなごつごつとした黒い竜の羽が鎧を貫通して生み出され、飛行状態となったかと思うと猛スピードでノイの元へと一気に接近する。そしてそのままノイを掴み、空高くへと上がっていく。
「うわぁああ!! はなせぇ!!!!」
「その調子じゃどうやら神子は渡さないだろ? 代わりにこの子供を連れ去っていく。どうやら神子とは深い仲のようだしな……神子が渡せぬのならこの子供とアナンタ村を焼き払ってくれる!! ファンロン!! お前のその選択がどれほど愚かなことか今、思い知らせてやろう!! 我が名はファフネリオン!! エスデス様代行の座と災厄の黒龍の名を深くその身体に刻むのだ!!」
「ファフネリオン、おのれぇぇぇぇ!!!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァァァ!!!!!!!!」
気が高ぶったり笑い叫びながら、ノイを掴み、アナンタ村の方角へと空高く上昇しながらファフネリオンは向かっていく。
俺たちもこうしてはいられない。急いでファフネリオンを追わなくては。
後ろから誰かに引っ張られる。それは涙で顔がぐしゃぐしゃになったアミュラだった。
「私……私のせいであの子が……あの子がぁ!! 村がぁ!!!! うわぁぁぁあああ!!!!」
泣きじゃくるアミュラを見て、その時、俺の心の紐が切れたような、枷が外れたような感じがした。怒り、憤怒、正義感、プレッシャー、使命感、その他すべてが超越されて俺の中の何かがはじけた。
≪【創造者】のスキルが1つ解放されました≫
俺はしゃがんで泣きじゃくるアミュラを強く抱きしめる。
「アミュラ、あなたは何も悪くない。大丈夫……大丈夫だから……ほら、私の顔見て?」
アミュラの鼻水や涙でいっぱいになった顔を優しく手で拭いてあげながら、精一杯の笑顔を見せる。
「大丈夫、アミュラも友達も村の人たちも全員守って見せる。約束するからあなたも約束して。私たちを信じるって」
俺の顔を見た後、アミュラはぐるっと周りの仲間の顔を覗いてからファンロンを見た。そして、目をこすって一言、
「約束する……」
とだけ言ってくれた。
「よし、じゃあ急いで向かおう!!」
俺たちは村の入り口の方まで駆けだす。そこに馬を置いておいたはずなのだが紐で括っておいた馬がすべて殺されていた。さっきまで元気だった馬は地にばったりと倒れていた。
「ええ!? 全部殺したのあいつ!?」
「入る時に殺したのだろう。ケルトたちよ、我の背中に乗るがよい。馬よりも空からの方が早い。背中は任せたからな」
「分かった! ありがとう!!」
そう言いながら皆、ファンロンの背中へと乗る。ごつごつした鱗に座り、とげとげしい背びれにつかまるとファンロンは大きく羽を羽ばたき、空に飛び出した。空気抵抗を体で感じるもそれを踏ん張る。ある程度、上昇した所でファンロンは緩やかに羽を広げて風に身を任せて体を飛ばす。そこからは見える空からの風景は絶景と言いたいところだったが奥に見える村に進軍する魔物ですべてが台無しだった。
宿敵を倒すべく俺たちはアナンタ村へと飛んだ。
2020/3/23 一部台詞変更





