64 小さな目撃者
丸くなっていた男の子は俺に気づかれていると思われていないのかまだがれきの下で芋虫のように丸くなっていた。俺は取りあえず優しく声をかける。
「もしもーし? 君、何してるの?」
「ばれてないばれてないばれてないばれてない……」
少年はブツブツと念仏のように呟き、自分がばれてないと言い続けているのだ。もうばれてるんだけど……
しょうが無いので俺はがれきの中に潜り少年のズボンを引っ張る。
「ねぇねぇ? ここ危ないよ?」
「わぁ!? ばれた!?」
最初からバレバレだよ……でも見るからにアミュラと同じ竜人の子供か。どうしてこんなところにいるのだろうか?
「とりあえず、ここ崩れたら危ないからここから出よ?」
そう言って手を引っぱろうとするが少年は出てくる様子がなく、じっと動かないでいた。
「やだ!! そっちこそ何なんだよ!! こんなボロボロになったマダンにいるなんて。しかも人間が!!」
「それはお互い同じ事だよ~~? じゃあ何で君はここに居るの? お姉ちゃんに教えて?」
年上のお姉さんムーブをさりげなくかましつつ、男の子の目を見ながら話してみる。男の子は一瞬照れくさくなったか俺から顔を背ける。
「そ……それは、僕がいつもの道を散歩してたらマダンの方に向かって行く馬が何匹か見えたからもしかしたらファフネリオンの仲間だと思ってこっそり見に来たんだ。そしたらファフネリオンはいなくて、でもアミュラが居たからずっと観察してたら、前見たドラゴンが出てきてびっくりしてここに隠れてた……」
「ファフネリオン? 誰だろ? 私たちは判らないなぁ……でもアミュラって言ったよね!? もしかして、アミュラちゃんのお友達?」
「えっ!? と……友達とか……そんなんじゃ無いよ!!」
そう言って男の子は耳まで顔を真っ赤にしてまたそっぽを向いてしまった。図星かな?
「ごめんごめん、そんな怒らないで? 私たちアミュラって子を守るためにここに来たんだよね。私はケルトっていうの。君は?」
「……お前、今アミュラを守るとか言った!?」
少年は顔をこちらに向き、先とは打って変わって興味があるように問いかける。
「うん! アミュラは今大変な目に遭ってるの、だから私たちが守んなきゃいけないの……ふっふっふっ、君~~やっぱりアミュラの事知ってたね~~」
俺の言葉に少年ははっと気がついた。自分がアミュラの知り合いであることを隠して待ったことに。
やっぱ子供ってチョロいわね。
「私たちは悪い人たちじゃ無いのよ。名前、教えて頂戴?」
「……僕はノイ。お前ら、アミュラの事守るって言うのにファフネリオンの仲間じゃ無いのか?」
「んん? さっきから言ってるそのファフネリオンって人は私たち聞いたこと無いんだけどどんな人かな?」
「黒い甲冑を着た多分男の人。声が男っぽいから多分男の人」
黒い甲冑? ……酒場に居たときにやってきて俺たちとアミュラを捕まえた奴か。確か兵隊長とか言われてたような……それにしても、何で城に居ないで外をウロウロしてるんだ?
「それで、その人はなんて言ってたの?」
「ファフネリオンは僕のことを助けてくれて、アミュラの事も保護する為に探してるんだって言ってた。なんか神様がやってる政策? が嫌だとかなんとか言ってた。それにアミュラを殺したいのは神様だけだとか言ってた。だから、アミュラを助けてくれるのはファフネリオンだけだと思ってたんだけど知らない人族がアミュラの事連れてたから」
「不思議に思った?」
「……うん」
あの黒甲冑が子供を助けた。意外といいところあるじゃん。そこは流石兵隊長って感じだな。でも、引っかかる箇所が幾つかある。アミュラを裏で狙うならわざわざ神にアミュラを差し出すか? 保護したいのなら何かしらの方法で黒甲冑自身がアミュラを助けているはず……そして何よりも重要なのは神であるケテルネスに反逆している点……大いなる存在……ましてや自国の神に背く行為を1人でなんてできるのか?
「…………!?」
俺は嫌な推理を思いついてしまった。もしかしたらもしかするかもしれない。そうとは断定できないけど、可能性はゼロではない。自論とノイの供述から派生したただの推測に過ぎないのに妙にリアリティで鳥肌が俺の背中に生まれる。だとしたら、どうしてこの子を助けた? アミュラを狙う神とは違う別の理由……一体何だ?
……でも、まだ断定はできないよね。いつもの考えすぎかもしれないし、現にこの子は助けられているんだ。その男については少し様子でも見るか。
「ケルトって言ったよね? どうかしたのか?」
「……ううん、何でもない。ノイ、今から私たちご飯食べるんだけど一緒にどう? アミュラにも会えるよ?」
「いや、そろそろ帰らないと母ちゃんに怒られるからご飯はいい……」
「ご飯はいいのね?」
俺がそう誇張して言うとノイはまた顔を赤くして下を向いてしまった。この年の子は本当に可愛いわね。ほんと若いわ……あれ、何だろう……ちょっと悲しくなってきた……
こんな思春期真っ盛りの子供見て何落ち込もうとしてんだ大学生……しっかりしろ俺。
「ふふふ、さあ行こ?」
俺は優しく微笑むだけしてノイの手を取り、家まで手を引っ張る。ノイの足取りは重く、歩いているより、俺に引きずられていると言った方がよい。顔を明後日の方に向けて自分の照れ顔を見せないように必死だ。戻ってくると外で立っていたダンと黄金に輝いていた体をいつの間にか赤い鱗に変えて家の横に座って待機していたファンロンがいた。みんなは家の中で作業しているのだろう。
「ケルトちゃんどうだったん?」
「正体は小さな訪問者だったよ」
俺の後ろに隠れて前に出てこようとしないノイの後ろに俺は素早く回り込み目の前に立たせる。急に前に立たせられたのに驚いたのかノイは目を大きくして驚いていた。
「うーん? 君は誰や?」
「僕は……ノイ」
「アミュラのお友達だって!!」
「あ!! ケルト!! あの! えっと……」
俺がノイの後ろから顔だけ出して満面の笑顔で言って見せる。ノイはそんなこと言うなよ! っと言わんばかりに振り返り俺を一瞥した後、ダンに無理してごまかそうとするが。口をパクパクさせて顔に出ているところからダンも察してニヤニヤし始める。
「はは~ん、分かったで……アミュラとできとるな、君?」
「で……できてるって何?」
「ダン、それはちょっとデリカシーないんじゃない」
「あ、ごめんなさい」
ダンの子供に対しての言葉選びに俺は目を細めて呆れた口調で指摘する。
ダンは笑いながら頭を掻くと少し体勢を低くしてノイとの目線を合わせる。
「ノイって言うんやな、俺はダン! ケルトちゃんと君のお友達の仲間やで? よろしく」
ダンが笑顔でノイの前に手を差し出す。ノイは少し手を見てからダンの顔を見て、静かにその手を握った。
「ケルト、その小さき竜人の子は我と神子に危険を知らせてくれたものではないか」
「あ! この子が知らせてくれたって言う子?」
ファンロンが起き上がり、ダンの後ろから顔を出す。その大きい顔についた鋭い目をぎょろぎょろさせ、ノイの事を見る。
「あ……あ……しゃべった……近くで見ると……大きい……」
ファンロンの姿を見ると、ノイは体が少し震えて怖がっている様子でいた。
俺はそれに気が付きノイの横について背中を優しくさする。
「大丈夫大丈夫、この竜はファンロンて言って君たち竜人たちの味方だよ」
「如何にも、我の名はファンロン……竜人の子よ我ら姿を陰で見ていたことは我は知っておるぞ」
「えっ!?」
「何、ぬしから邪悪な気配がせんかったから前々からここに来ていたことは敢えて何も言わないで置いたのだ。それにぬしの事だと知ったのなら話は別だ、神子と会うのを許可しようではないか」
「う、うん。ありがとう」
「じゃあ中に入ろ!」
俺はノイの背中を押しながら薄い布で入り口を隠していた暖簾をくぐらせる。
「ケルト、そろそろお芋さんの皮、私の分は剥けるけど剥けた? ……あ」
アミュラが後ろを振り向くと、一瞬で誰だかわかったような様子だった。ノイもアミュラと目が合うが頑張って目をそらさないようにしていた。プルプルと何かを言いたそうにしているノイだったが口を開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返してなかなか言葉の先頭が出てこない。
「頑張って……」
俺がノイの耳元に後押しの言葉をささやくとノイは大きく深呼吸をして前を向く。呼吸を整えて今まさに言葉が発せられる。絞り出して頑張って出した言葉を。
「アミュラ!! 生きててよかった!!」
言葉を発してから力んでいたのかノイは目を閉じていた目をゆっくりと正面を見るために開いていく。彼に対して微笑み、力んだ手を優しく両手で包み込んで手を握るアミュラの姿を見た。
「ありがとう!!」
アミュラのその一言だけノイにとって大切なことであったのは言うまでもない。さすがのノイもやはり照れ臭くなって頭から湯気が立つほど沸いてしまっていた。
「ケルト、その子は?」
ユシリズが芋を拭きながら訪ねる。
「ああ、この子は……」
アミュラのお友達だよっと言おうとしたその時、焦った口調のファンロンの声が耳に入ってくる。
「ケルト!! 急いで外へ出ろ!! 邪悪な気配が近づいてくる!!」
「!!」
俺は振り向き、外の方を見る。
「ケルト? どうしたの」
「良いアミュラ? 今から絶対に外に出ちゃダメ。ユシリズとアマとユウビスはこの子たちを見てて。ダンは私と来て! 索敵お願い!」
「え、あ! 了解!!」
俺とダンが外へと出る。すぐさまダンが周囲の生体反応を調べる。
「ファンロン、邪悪な気配って?」
「この感じは……あの時と同じ……忘れもしないオーラだ。他の者たちとは違う黒いオーラ。間違いない……奴だ!!」
あの黒龍が近づいてくるということは空からか?
薄暗くなり暁に焼かれた空には雲以外気になるところは見て取れない。ぐるっと360度回ってみるがやはり空から奇襲される様子はない。
するとダンが何かに気づいたのか指をさす。
「この先に1体だけ反応ありや!!」
ダンがさしたのは俺たちが通ってきた入口へと続く真っすぐの道。正面から堂々と来るのか。俺は身構えながら道の向こうを凝視する。
ゆっくりではあるが近づいてくる影がある。それは竜ではない、人型だ。近づいてくるそれはどんどんと正体が明らかとなってくる。その闇から出てきたそれは前に見た黒の甲冑……兵隊長だった。
 





