39 母親からの教え
あれから俺たちは一度宿屋バニランテに向かい、一同に仕事の内容を伝えた。仲間との相談の後に出発は明日の早朝に決まった。勿論、ラミーも宿屋まで同行してもらっている。エルマさんがラミーの事情を聞いて、即座に只で部屋を貸すと話し、今日は早めに店終いをしてくれた。そしてその夜、皆が寝静まった頃に俺はエルマさんの部屋にいた。
「それでは〜始めますよ」
「お願いします」
俺はこの前にもエルマの占いで今後の旅のヒントをもらっていた事があった。エルマさんの粋な計らいで今回も力を借りることにしたのだ。
「『運命の目』」
エルマが瞳を閉じ、透き通った丸い水晶玉にに手をかざすと淡く光り出す。前に見た光とは少し違う、暗めの光を放っていた。
「大きなテント……森……暗い……ん?……何かしら?……きゃあ!?」
占いの最中にエルマさんは突然水晶から顔をそらし、バランスを崩して椅子から倒れそうになる。
「エルマさん!?」
俺はエルマさんが倒れる前に反射的に上半身を支え、転倒を防いだ。エルマさんお顔を見ると額に汗が流れており、見たものに驚いた様子だった。
「大丈夫ですか!? 急にどうして?」
「ご……ごめんなさいね……驚かせちゃって……」
「何か見えたんですか?」
「目が……いくつもの目が……私を見つめて来たの……」
「目? 誰のですか?」
「ごめんなさい……暗くてよく見えなかった……でも、少し怖かったんです……」
エルマさんはそういうと俺の袖を掴み顔を埋める。いつもは大人な女性のエルマさんがここまで怯えるなんて……サラと変らぬ子供らしい行動に俺はそっと優しくエルマを抱擁してやった。
「エルマさん、ありがとうございます。怖かったですね。今日はもう休みましょ?」
「ケルトちゃん、ごめんね……」
「大丈夫ですよ! それではゆっくり休んでね、おやすみなさいです」
俺は優しくエルマの部屋のドアを閉める。
(暗闇に……多数の目……そして、エルマさんの怯え方……きっとエルマさんのトラウマか何かか? だとすると何かあるかもしれないな……明日は十分に注意しなくては)
俺は考え事をしながらある家に入ると急に正面から何かとぶつかった。顔にはポヨンと柔らかい、まるでスクイーズの様な柔らかい感触が顔に触れる。その感触が2つ。
(ん? なんだこれ? 柔らかい?)
「……ケルトちゃんかい?」
顔を上げると長い赤い髪を結んだラミーの顔が見えた。俺は考え事でよそ見をしていたのか、前方にいたラミーに気がつかずにラミーの堂々とした胸に挟まってしまっていた。
「ラ……ラミーさん!? どうしたんですか!?」
「驚かせてごめんね……寝付けなくて……」
「ごごごめんなさい!! 私、よそ見してて、気がつかなくて!その……」
耳まで赤くなった俺は慌ててラミーの元を離れようとした。しかし、ラミーは離れようとする俺をそっと胸元に寄せ直し、軽く私を抱きしめる。
「ラ……ラミーさん?」
「大丈夫……別に嫌がらなくても……」
ラミーの腕の中は優しく暖かく、さっき触れた大きな胸の柔らかさは心地よさへと変わり、まるで母親の腕の中にいるようなそんな感じがする。
「昔……私が嫌がったり怖がったりすると、母がこうやって抱きしめてくれたのさ。こうすると、不安が和らぐからって教わったんだ。両親が死んでカナが店に来るようになって、カナが接客に慣れなくて緊張したり、失敗したらいつもこうしてあげたんだ。そしたら、カナはいつも落ち着くって言ってくれたんだよ」
ラミーから出たこの言葉は優しい口調とは裏腹に重みを感じた。ラミーは昔、両親を亡くしている。だからラミーさんは母から教わったことしてあげてるんだ。カナを家族と同じように扱っているんだと……
「ラミーさん、カナの事大事に思っているんですね」
「ええ、カナは周りにとってはちょっとした同居人くらいにしか見えないと思うけど、長い間一緒に仕事をして来た私の友人であって、唯一の家族みたいなものだから」
俺は少しの間ラミーの腕の中で暖かな温もりを感じてから、腕から離れ、彼女の顔を見た。少し、彼女の瞳が潤んでいる。俺は優しく頰にそっと触れ、微笑む。
「絶対、カナの事は助け出します。だから、そんな悲しいそうな顔をしないでください!ラミーさん、いつも仕事の時言ってたじゃないですか、人前では笑顔は大事だよって」
「ケルトちゃん……」
「不安な気持ちはわかります……でも、こんな時こそ笑顔で! いつも通りで! でないと良い事は起こらないと思ってしまうんです。笑顔は運を呼びます」
これは転生する前の世界で、俺が母親から言われていたセリフだった。大学生になってからあまり笑うことがなかった俺にあいつらと出会ってから笑うようになってから、前までの生活が変わったかのように充実するようになった。この実感から笑顔の力を侮ってはならないと俺は思っていたんだ。俺もラミーと一緒で母からもらった教えを信じていたから、ラミーに俺からも母の教えを話してやった。それからラミーは、一瞬顔を下に向きかけたが、立て直して俺にいつもの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、ケルトちゃん! そうよね、笑顔笑顔うるさかった私が笑顔じゃ無いのはおかしかったね。こんなんじゃ、カナにも怒られちゃうわね」
俺はラミーに優しく笑みを見せると、ラミーの部屋のドアを開けてやった。
「明日は早いです。これでもう気持ちは大丈夫だと思いますから今日はゆっくり休みましょう?」
ラミーは分かったよと言うと部屋へと入る。
「おやすみなさい、ラミーさん」
「ええ、ありがとう、おやすみ」
笑顔で手を振る姿を確認してから俺はドアを優しく閉めた。そうして、俺も自室に戻ると少し神器の手入れをしてから就寝した。
そして、次の日の早朝、宿屋までリベアムール城の兵士たちが大きな積み荷を引っ張る馬車を連れて宿屋まで来てくれた。大きな荷台の中からは俺ら6人とラミーさん用の移動用の馬7頭が出てきた。
「ええーー!? 馬だ!! マジもんだ……」
ユシリズが驚いている傍で俺は兵士に馬についての話を聞いた。
「この馬はリベアムール様がケルト殿たちの移動手段に必要であると判断され、私たちからの贈り物として馬を提供させていただきました」
「馬……とても粋な計らいでとても嬉しいです……でも私たち馬に乗ったこと……」
そう言いかけた瞬間、ラミーさんが一頭の馬に軽々と乗った。
「ラミーさん、乗馬できるんですか!?」
「ええ、昔からよく乗ってたわ。ケルトちゃんたち、もしかして経験ないのかな?」
「この6人は全員ないです……」
「あらあら、簡単だから私が教えてあげる!」
小一時間、出発の前に俺たちは乗馬の練習をしたその結果……
<<スキルを獲得しました>>
スキル名:【乗馬:並】
種類:一般
効果:基本的な乗馬のコツを掴み、馬程度なら上手く扱える乗馬スキル。
「やっと乗れるようになったでーー!!」
嫌がり暴れていたダンの馬がふと大人しくなり取り敢えず扱えるようになったのを見てみんな全員がスキルを獲得したのを確認したところで宿の前にいたエルマとサラのもとへ行く。
「それでは行ってくるです!」
「ええ、お気をつけて行ってらっしゃいませ♪」
「ケルトちゃあーーん!!!! 気をつけてねぇーー!!」
サラとエルマの見送りを見て俺は改めて馬車に乗り、兵士たちにも挨拶する。
「じゃあ行ってくるです」
「はっ!! ケルト様一行お気をつけて!!」
兵士たちは一列に敬礼する。
「じゃあみんな行くよーー!!」
俺の言葉を合図に全員甲高い馬の鳴き声を響かせて、馬を走らせた。目的地はバンディットがいるとされている元迷いの森の深い森の奥である。さあ、仕事の始まりだ。





