36 嵐の前の静けさに
最後の客が店から出ていくと、今日1日の仕事が終わった。カナは疲れて店のテーブルに突っ伏し、隣で俺も突っ伏す。そんな2人を尻目にラミーは売り上げを確認していた。
「なんてこったい!? 今日の売り上げだけで先月の売り上げを超えてる!? 」
ラミーは嘘のような出来事に何度も売り上げを計算している。
「ケルトちゃーん……お疲れ様――……」
カナは朝の元気の良さが消え、疲労しきった弱々しい声になっていた。
「カナ……お疲れ様……」
正直に言って俺も疲れた。まさかここまで人が来るとは思わなかった。働き始めて初日、大人数に商品を運んで、握手も求められて、そして女の子からはハグまで……色々イレギュラーな事に対応してたから本当に大変だった。やっぱり飲食業は辛い事を改めて実感する。
うなだれた俺の前にラミーが近づいてくると俺の手を掴んで俺の体を起こし、そのまま手を握り、輝かせた目をこちらに向ける。
「ケルトちゃん!! 貴女最高よ!! どんな手を使ったかは聞かないでおいてあげるけど貴女のおかげで大繁盛♪ もしかして……ケルトちゃんは客呼びの神様だったりするのかも!!」
「ありがとうございます……頑張ります……」
ラミーは俺の疲労感と打って変わってハイテンションだった。相当今日は売り上げが良かったと見える。どちらかというと一番大変だったのはラミーさんなのでは……
<<場所:ラミー宅>>
店の後片付けをある程度済ませると今日の店の仕事は全ておしまい。そして、今日から一週間、夜はラミーの家にお世話になることになっていた。ラミーの家は酒場と繋がっており、酒場の奥が生活する家になっている。
客室を自由に使って良いとラミーが言ってくれたので俺は自分の荷物を部屋に置き、ラミーの元へと向かう。廊下を歩いていると、いい匂いが漂ってきた。大仕事でお腹がペコペコだった俺はその匂いにつられて進むとキッチンにたどり着いた。簡素なキッチンでラミーさんが薪を焚べながら大きめの鍋で何かを煮込んでいる。後ろでじっと眺めているとラミーは俺に気づいてくれる。
「荷物は置いてきたかいケルトちゃん? 待ってなさい、あと少しで出来上がるからそこの席に座ってて」
「私も何かお手伝いしますよ?」
「大丈夫大丈夫! ケルトちゃんはうちのカナとは違って仕事に慣れてないんだから疲れてるでしょ? それに初日でお客さんがあんなに来てくれたんだから尚更よ! ケルトちゃんには感謝しないと」
ラミーがテキパキと調理を進めている様子をみると、どうやら俺が手伝う所は無いと感じた。黙って木製の食事用の長テーブルのある椅子に座る。
「カナも食べなさーい!!」
ラミーの一声を聞いたカナがはーいと返事するとものの数秒でキッチンに来た。
「あ♪ ケルトちゃんもう来てたんだ! さては、ラミーさんの料理の匂いにつられたねーー?」
カナがそう言うと俺が返事を返す前に俺のお腹が大きく鳴った。カナはそれを聞いて大笑いし、俺は少し顔を赤くする。急いで話題をそらす。
「カナもここに住んでるの?」
「私はねーー、ラミーさんのお家に住み込みで働いてるから同居みたいな感じ!!」
「へーー、本当の家は?」
「本当のお家は……」
そのとき、また立て続けに俺のお腹がグゥーーっと鳴る。
「あらあら、お腹の虫さんは正直みたいだね。はーい、おまちどうさん! さぁ、食べようか?」
ラミーはテーブルに木製の器を3人分並べてくれた。中には黄色や緑色や赤色の具材(多分野菜であろう)やベーコンのような厚めの肉、そしてきのこが入ったスープだった。湯気から香るスープの匂いが俺のお腹を刺激させる。俺は我慢できずに木製のスプーンでゴロゴロと入った具材とスープを掬い、口に運んだ。
「美味しい……」
俺は自然と言葉が出ていた。そのスープを口にしてからはもう止まらなかった。隣のカナも美味しそうに食べている。そして、何故だろうか。今日の疲労感がまるで水にでも流れていったかのように体に活気が戻って来る気がした。
<<解析中>>
<<解析完了>>
<<情報>>
アイテム名:特製ポトフ:極上
成功率:20%
説明:『特製ポトフ』に『スタミナダケ』『ベビードラゴの燻製肉』を合わせたもの。
スタミナダケは料理に向いていないのでプロでも調理が大変。
効果:疲労感の低下を促す
ラミーさんは料理も得意なのか。能力の応用で料理も特殊な物が作れるなんて万能だ。
そして時間は過ぎて、ラミーさんのスープを全て食べてしまった。満足だ、だけど……お腹が苦しい……
「ケルトちゃん、一息ついたら先にお風呂入ってきて良いよ。お風呂はカナが沸かしてくれたと思うから。私はまだやることあるから気にしなくていいよ」
「分かりました、それではお先に失礼しますね」
俺はラミーさんの言葉に甘え、今日一日の疲れを流しに部屋を出て、風呂場へ向かおうとしたときだった。後ろから何か嫌な予感が迫ってくるのを感じた。
「ケルトちゃーーん♪ 今日からお仕事一緒にしてく仲になるんだからもっとお互いのこと知りましょ♪ お仕事あるある♪ 裸のお付き合いなのだーー!」
やっぱりですかーー!?
サラから離れたと思ったら今度はカナですか!? いやいや、 毎回美少女や美女からお風呂誘われすぎでしょ!? この世界はお風呂をいっしょに入らせる文化でもあるのか!? だがしかし……今回はそうはいかないぞ!!
「えっと……ほらカナも疲れてるかもだから今日は別々で入ろ?」
俺は上手く誤魔化そうと微笑みながら、カナの横を通ろうとする……が、後ろから抱きしめられ、行く手を阻まれる。
「だーめ♡ 入るの♡ 先輩としてケルトちゃんの清潔感も私が管理しなきゃ♪ ね♪」
「あ……あの……カナ様?」
「はーいじゃあレッツゴー♡」
「そ……そんにゃーー……」
結局俺はカナに腕を掴まれ、ケルトのちょっとした抵抗も空しく、そのままお風呂まで強制連行されるのであった。
<<場所:???>>
場所は変わってここは薄暗い森の中。生き物の気配すらせず、日の光も差し込まない場所。
そこに大きなテントが立てられていた。
「バズール様!! 申し訳ございません!! またもやあの女に話を断られてしまいました!!」
2人の男がテントの中央の椅子に座った人影に向かって頭を下げている。テントの中央でぶら下がっているランタンの明かりによって、2人の男から見ればかろうじて目元だけ認識できる。
「ふむ……ところでだ……お前……どうして少し焦げているのだ?」
暗闇の中、目だけ見えた影は片方の男の方へ目を向け、赤い目でギラリと睨む。
「こ……これは、実は話している最中に邪魔が入りまして、突如手から電気を出した奴がいるんです!! もしかしたら、彼らもバズール様と同じ力の持ち主かと思い……」
「ほう……そうか……それは大変だったな。どれ? 傷を見せてみろ」
「あぁ……バズール様!! なんともありがたいお慈悲!!」
男が目だけが照らされている影の方に歩むと、男の首元がまるで何かに掴まれたかのように締め付けられ、宙に浮く。男は突然の出来事に困惑し、苦しさのあまり足をばたつかせる。
「かっ……はっ……バズール……様……何を……?」
「使えん駒は、いらぬ!!」
目が紅く染まると、男の首が引きちぎられる。男の首がもげ、大量の血が首の根からあふれてくる。そして、そのままテントの外へと放り投げられた。それを見ていたもう1人の男は泣きじゃくり、言葉が出なくなっていた。
「おい!!!!」
「ひゃぁい!?!?」
男は影に髪の毛を掴まれ、そのまま宙に浮く。
「……次、失敗したら……分かってるな? ああなりたくなきゃどんな手使ってでもここに女を連れてこい!!」
「わ……分かりました……」
そうして男は地面に下ろされると逃げるようにテントから出て行く。
静寂に包まれたテントの中で影の瞳は町の方を指していた。
「ふふ……お前の力が欲しいぞ……ラミー……」
ランタンが風の揺れによって消える。しかし、謎の影の瞳だけは紅く輝き続けていた。





