35 ケルト、ウェイトレスになる
それから数日後、宿屋バニランテでは早朝からキョロキョロ店の中を見回すサラの姿があった。周りの仲間達は朝食を食べているが朝だというのにケルトの姿が見当たらない。サラはそのことを見落とすはずが無かったのだ。
「お母さん……ケルトちゃんは?」
「実はねぇ……ケルトちゃんは他のお店のお手伝いに朝から行っちゃったのよ~話を聞いたらよっぽど困ってるって事だったから私の愛がこもったお弁当持たせて送り出してあげたわぁ~♪ 頑張って作ったのよっ」
エルマのその話を聞いたサラは大きく口を開け、青い顔をしてばったりと椅子ごと後ろに倒れた。バタンと大きな音とサラの状態を見たみんなは困惑と心配が混雑している様子だった。
「サラ!? おい!! 大丈夫か!?」
近くにいたユシリズがサラの上体を起こすとサラは死にかけの魚のような目になっていた。
「ケルトちゃんが……とうとう……浮気……ぐふっ……」
サラがぐったりとうなだれる。
「サラ? おいサラ!? ……サラァァァ!!!」
まるで2人の頭上からスポットライトでもかかっているかのようだった。しかし、朝から騒がしいそんな2人を無視して周りは食事を楽しむ。
「1週間だけなんだけどなぁ~……」
エルマさんは友達に溺愛する我が娘の姿を見て苦笑いし、少しだけ将来を心配するのでした。
場所は変わって酒場リキュレットではカナによるケルトの着せ替え大作戦が行われていた。店の奥に連れていかれたケルトは服の寸法などを測ってもらい、慣れない形の服をカナに手伝って貰いながらかれこれ40分かけて仕事着に着替えたのだった。
「ラミーさーん!! ケルトちゃんの着替え完了しましたーー!! ケルトちゃんこっちこっち!!」
俺はカナに手を引かれてカウンターでグラスを拭いていたラミーの前に立たされる。
服はまるでメイド服のようなフリフリしたフリルがたくさん付いていてとても可愛らしいのだが、スカートの丈がかなり短いため股の辺りがとてもスースーする感覚が非常にある。そして俺は人生で一度も穿くことはなかっただろう白のニーハイを穿かせられ、俺の羞恥心は頂点を迎えそうになる。なんとも恥ずかしいと思われる格好に俺は赤面していた。
「あの……似合いますか?」
恥ずかしさが垣間見えた俺はラミーさんの顔を上手く見ることができず、上目遣いでラミーさんを見る。俺のことを見たラミーさんは口にくわえていたたばこを垂直に落とし、体が固まっていた。
「わっ!? ちょっ!! ラミーさん!? 火!火!!」
俺は慌てて足でたばこを踏んで火の元の処理を行うと、遠い目をしていたラミーさんは我に返ったかのような顔をする。
「おお……ごめん、いや……似合いすぎでしょ……いくら何でも……いやぁ~うちの酒場がちょっとだけエッチになっちゃうのは困っちゃうねー……」
「あんた達の制服でしょうがーー!!」
ラミーさんの反応に俺は自然と突っ込みを入れてしまう。そ……そんなに似合ってるかな?
「ごめんごめん、冗談だよ。今日からよろしくねケルトちゃん。基本的にやってもらう仕事はカナと同じウェイトレスにまわってもらう事だから、何か分からないことがあったらカナに教えてもらうと良い」
「はーい♪ 私が責任持って教えてあげるよ!!」
カナは鼻を高くして自分の胸を叩いた。
「きょ……今日からよろしくお願いします!」
一応言っておくが俺は前世の大学時代ではバイトと言うバイトはしておらず、例え働いていたとしても1週間で止めるのがオチである。そんな風に仕事をろくにやって来なかった俺がここで仕事が続くのだろうか……
しかし、よくよく考えてみると俺はもう神の代行人と言う仕事を受けている。きっと神様が大仕事の前に簡単な仕事で社会を知れって事なんだろうな。神様もぬけ目がないぜ、まったく……
取りあえず俺はカナの後ろについて行くことにした。ウェイトレスがやることは開店前に店前の掃除、店内の掃除、水場の掃除、トイレの掃除……ってそうじばっかりじゃねぇか!!
何はともあれ、全ての場所を掃除し終わると今度はラミーによる挨拶練習が始まる。
「私の後に続くんだ! いらっしゃいませーー!!」
店内にラミーの大きな声が響く。棚に鎮座された食器やグラスが振動で揺れる。
「いらっしゃいませーー♪」
カナの気楽な後に俺のか細い声が後を続く。
「い……いらっしゃいませ……」
「声が小さいケルトちゃん!! もっと私みたいにお腹から声を出しなさい!! もう一回!!」
うう……ラミーさんは意外と厳しいぞ……
発声練習をかれこれ20回はやらされた後、いよいよお店が開店する。ここからはお客様の注文の品を運んだり、明るい挨拶をしたりする……はずなのだが。
「お客さん……なかなか来ませんね……」
店には客が1人も来ることがなく閑古鳥が鳴いていた。店内ではラミーはたばこをくわえてこの町の情報誌を読んでいる。一方でカナは窓の外を眺めている。まるで外の様子が気になる小動物のような感じだった。
「ああ……いつものことだよ。客は少し外が暗くなってくる頃に来る。そんな店だよ家は」
なるほど、つまり夜になると忙しくなるのかな? てことは……昼はずっと休憩時間!? 前世だったらとてもうれしい環境だが、この世界だと少し寂しい感じ……思ってたのと違う。
無音が広がるこの店内の空気に耐えられなくなった俺は外に出て店の前の掃除を始めた。空を見上げると今日は良い天気、晴天で日差しがまっすぐに伸び、そよ風が気持ち良い。
「ふう……思ってたよりきつくないかも。それにしても俺って必要だったのかな?」
自分の存在意義に疑問を抱きながらも箒で落ち葉などを払っていると街を歩く人々がこちらに視線を向けているのを感じた。歩みを止めてこちらをみる人もいれば、こちらを見て耳打ちをし合う人などがいる。勿論、外部からの反応に敏感な俺はその様子に気づかない筈が無かった。一体何のだろうか……
するとこちらをチラチラ見ていた1人の男性がこちらに向かってくる。俺は不審者だと思い少しだけ身構える。男は俺に近付くとそのまま話しかけてきた。
「すいませんあの……」
「な……何でしょう?」
「ここは貴方が仕事をしているお店でしょうか?」
「そ……そうですけど」
「……あの!」
俺はぐっと構える。何か来る!
「貴女のファンになりました!! お酒を一杯下さい!!」
そう言うと男はお店の中へと入店していく。
「……え?」
それを見ていた周りの人々最初の男を境にこちらに向かって人が集まり始める。
「わぁーー!! その服可愛いです!! 」
「とてもお似合いですーー!!」
2人組の女の子が店内へと入店する。
「うわぁーー君可愛いねぇ!! ここでは君を眺めていい酒が飲めそうだ!!」
チャラ目の男達が入店していく。
「うぅ……この街は可愛い子が多い方じゃったが……君はなかなかええのぉ……」
御年輩の方も入店していく。
唐突に客が増え、気がつくと店内は満席となり、店の前は列ができていた。ラミーとカナは驚く間も無く仕事をこなす。俺も急に増えた客の量に驚きつつもウェイトレスとして客の注文を聞き、品を運んでいく。
「銀髪のおねぇちゃーん!! こっちにお酒まわってないよぉ〜」
「はいっ!! ただいまいきますぅ!!」
この後、人の流れは閉店まで絶えなかった。ラミーもカナもくたくたに疲れている様子である。あれ?これって……俺のせい?
第35話をお読み頂きありがとうございました!!
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