32 秘密の寄り道
とある昼下がり、今日も宿屋バニランテは賑やかだった。サラの大声が響き渡り、近くにいた鹿の群れは驚いて、森の方へ離れていくほどだった。
「ええぇーー!! ケルトちゃんが神様と戦って、しかも代行人として働いてる!? 」
「ああ、ケルトも躊躇していたけどリベアムールの方からの熱烈な信頼にやられて仕事を承諾したんだよ」
ガクトの話にサラは口をパクパクさせながら半泣きになって驚きの顔をみせている。
「私のケルトちゃんが……離れて行っちゃう……」
「そう気を落とすほどでもないよ。まだ仕事が無いみたいだから自由に過ごせと言われてるから今のところはここでお世話になるつもりさ」
肩も気も落としたサラは口から魂が出てきそうな様子でショックを受けていた。そこへ洗濯籠をかついだエルマが通りかかりニコッと笑顔になる。
「あらあら、ケルトちゃんが出世するのはいい事じゃ無いの♪ それにケルトちゃんはしっかり私達のことは忘れないはずよ」
サラは半泣きの目を擦り、目が赤くなっていた。
「うぅ……あれ?……ケルトちゃんは?」
「ケルトちゃんはアマ君と一緒にモリカヘ買い出しに出かけたわよ〜〜♪ 今日の夕御飯の買い出しに行きたいって言ってたから頼んじゃった♪♪ ダン君とユシリズ君には森の方へ狩りに出かけてるし、ユウビス君には洗い物を任せてるの! 仕事を手伝ってくれてるなんて本当助かるわ〜〜♡」
上機嫌なエルマは鼻歌を歌いながら、外へと洗濯物を干しに出た。それとは正反対にサラはまた半泣きになり頰を膨らませて口を尖らせ、受付のテーブルに突っ伏していた。
「良いもん……ケルトちゃんが来たら、私を寂しくさせた分、一杯もふもふしてお風呂に入って貰うんだから〜〜!!」
「本当にサラはケルトの事を気に入ってるんだな」
隣で見ていたガクトはサラの様子を見て鼻で笑った。その様子にサラは突っ伏したままジト目でガクトを見る。
「ガクトさんはここでお仕事……?」
「ああ、接客を頼まれた。今日はまだ誰も来ないみたいだけど」
「ふふん!! 宿屋さんを舐めちゃいけないよ!! んーそろそろみたいね……」
するとエルマさんが猛スピードで外からこちらに戻ってくる。
「さぁーー皆さん♪ 今日も宿屋バニランテ元気に開店ですよーー!!」
エルマさんが入り口のドアを開けると2、3組の旅のお客様が列になって並んでいた。
旅の途中に泊まりに来た冒険者パーティ、お食事だけ食べにきたお得意様の家族、気になって来てみた老夫婦などお客様の層は幅広いものだった。そして……お客様の行き来は絶えない。
「こ……こんなにも忙しいのか……」
「ここは宿屋だけじゃなくてお食事処としても営んでいるから食べにいらっしゃってくれる人が多いの!! さぁどんどん来るから頑張って行こう♪」
「まじ……?」
この数のお客の対応を余裕でこなすサラの隣で、サービス業とはこんなにも大変な事であると今更ながらしみじみと身に染みたガクトなのだった……
「ガクトさん!! 手が止まってます!!」
「お……おう」
一方その頃、モリカで買い出しに出かけたケルトとアマはエルマから頼まれていた用事が済み、帰宅するためいつものように賑わう商店街を歩いている最中だった。
「よし、エルマさんから頼まれた物は全部買ったから後は帰るだけだね!!」
俺はリンゴのような赤い果物や鹿の肉、そして瑞々しい野菜が沢山入った籠を腕にかけ、上機嫌に歩いていた。その後ろにアマがキョロキョロと商店街を物色しながら歩いている。
「この町の人たちは優しいな~~行く先々でおまけしてくれるなんて♪ まさか目的の物以外までいただけて今日はラッキーだなーー♪ ね? アマ♪」
俺が後ろを向くとアマの姿がない。どこに行ったのだろうか? 少し来た道を戻ってみるとアマが立ち止まって一軒の店を見つめていた。
「何してるんだよ? このままおいていくところだったぞ?」
「……ふむ」
俺はアマに声をかけるがじっと視線は店に向けられていた。アマが見ている店は古めかしくまるで老舗と言われるような木造の味のある雰囲気をした外見の店だった。ドアの上には看板がぶら下がっており『酒場 リキュレット』と書かれていた。
「酒場?」
「うん。ファンタジー世界って酒場の存在って欠かせないじゃん」
「そうだね。でも今は買い物の帰りだからみんなできたときに……」
アマは俺の言葉を無視してその店のドアに手をかけ、店の中に入った。それに俺が気づいたのは酒場のドアのベルの音が鳴り響いたときだった。俺はアマの突発的な行動に驚き俺も慌てて中に入る。
「こ、こら!! 私たちは買い出しを頼まれてるんだぞ!! それにこんな昼間から飲むだなんて正気か!?……って?」
俺たちが店に入ると大柄の男2人とカウンターにいる女性が言い争いしているのが見えた。横を見るとこの店のウェイトレスであろうショートヘアーでメイド服のような制服を着た女の子が半泣きで3人の様子を見ていた。俺たちが入ってきたことに気がつくとおびえた様子でこちらを見る。
「あの……いらっしゃいま……ひいっ!!」
ウェイトレスの女性の声を遮るかのように大柄の男の1人がカウンター席のテーブルに拳を振り下ろすと大声を上げた。それに驚いた少女はぺたんとその場に座り込んでしまった。
「おい!! 俺たちはお前のために儲かる旨い話を持ってきてやってんだ!! これが成功すりゃこんなおんぼろ屋敷で汚え酒なんか出さなくても金儲けなんて簡単にできんだよ!! 話聞いてんのか!?」
頭に血が上り半暴走状態の男に対し、店主であろう赤毛の女性も強気で言い返している。
「だからなぁ!! 私はこの仕事が好きでやってんだ!! 金なんてその次だ。それに、お前らみたいな賊の仕事なんかにあたしの力なんて使いたくねぇんだよ!! ……ほら客人が来たみたいだ。何も飲まないなら帰りな!!」
「この尼が!!」
男の1人が店主の女性に手を挙げようとしたときだった。男の体中に青白い電流が走ると黒く焦げ、口から黒い煙を出して倒れた。もちろんこの現象の犯人は……
「俺のこと呼んだ? なんてな」
こいつだ。アマは手先から電流を放出し、男に感電させたのだ。
「威力は弱めにしといたから死にはしない大丈夫大丈夫」
男の体中から焦げ出た黒い煙が湧き出ている。これで弱めとは……アマ……恐ろしい子……
その様子を見た片方の男が驚いた面持ちでいた。
「貴様ら、なにもんだ!? 部外者は引っ込んでろ!!」
男はアマに罵声を浴びさせるもアマは微動打にしなかった。
「ここは酒を楽しむところだ。お前みたいなのがいるとな酒がもっと不味くなんだよ。それって酒にも風評被害被ってて悪い気がするんだよなぁ」
「このクソガキがぁ!! 舐めんなよ!!」
アマの挑発にまんまと乗り、苛立ちと共に懐からナイフを取り出しアマに襲いかかった。
「危ない!!」
女店主は咄嗟に声が出て、カウンターから身を出そうとした。しかし、もう男は動き出して止めようにももう間に合わない。だが、身を乗り出した女店主が目にしたのは回避しようともしないアマの姿だった。
「いや、舐めてるのお前だから」
そういうと、アマは手をまるで銃に似せた形にするとその先から9mm弾丸の形状をした電流を放射した。
≪発動:【電の弾丸】≫
その弾は精密な弾道により男の右手のナイフにジャストヒットし、ナイフのみを弾き飛ばした。アマは指先から出る煙にふっと息を吹きかけその指先を男に向ける。
「感電したくなきゃ帰れ」
その言葉に男は歯を食いしばり、黙って倒れた片方の男の肩を担ぐと直ぐさま出入口へと向かう。
「覚えていろ!!」
そう捨て台詞を吐くと逃げるように店から出て行った。
「大丈夫か?」
俺はアマの様子を見るがなんともなさそうだった。しんと静まり返った酒場でウェイトレスと店主の眼差しが俺たちに向けられていた。俺はその空気に耐えられなくなり咄嗟に口を開いた。
「あ……あの!! アイスミルク2つ……」
≪【電気支配】のスキルにより以下のスキルを獲得≫
スキル名:【電の弾丸】
種別:応用スキル
威力:小~中
詳細:指にエネルギーを貯めて、9㎜程度の弾丸状にして打ち出すスキル。ダメージを与えると同時にスタンガン以上の感電効果を付与している。感電の威力を調節可能。
2020/3/13 加筆しました。ルビを修正しました。