17 妖精の園
俺たちはセルフィアの案内によって森の大分深くまでやってきた。その間に運が良かったのか魔物と遭遇することはなかった。進んで行くにつれて、森の景色も変わっていった。大木が増えていき、辺りは日差しが入らなくなり薄暗くなる。しかし、その暗さを照らすように数多の蛍たちが道を照らしてくれていたのだ。。これが自然の明かりとでも言うんだろう。そんな景色を楽しんでいるとひときわ大きな門が俺たちの前に現れた。
「すいません少々お待ちください。ただいま長にことの経緯を話してきますので」
そう言うとセルフィアは門に手を当てる。当てた部分が光り出し、門が軽々と開いた。セルフィアが門をくぐると、目の前で煙のように消えていっただった。
「なんや!? セルフィアちゃん消えてもうたで!?」
「マジックかな? ユウビス?」
「そんなわけ無いだろユシリズ……」
俺たちはセルフィアに言われたとおりおとなしく門の前で待っていた。改めてこの森は空気がおいしいと感じる。前の世界でも俺たちが暮らしていたのは自然あふれる田舎の大学だった。この森の空気を吸っていると平凡な大学生だったときの記憶が思い出としてよみがえってくる。
こんな田舎早く抜け出して都会に出たいと思っていた俺は今になっては異世界で第2の生活を送るなんて思いもしないだろう。人生何が起こるか分からん。それに神に近しい能力を持つなんて若い俺たちにとって荷が重すぎる。まぁ、こいつらはそんなこと分かってないんだろうけど。そんなたわいもないことを考えていると門からセルフィアが現れた。
「皆様お待たせしました。長も今すぐに会いたいと申しておりました。こちらについてきてください」
セルフィアについていくとそこは森の自然でできた広場でたくさんの羽の生えた小さな妖精やエルフ達が木々にたたずんだり、木から落ちるしずくからできたため池で遊んでいたりと俺たちにとって幻想的な空間が広がっていた。
「ここが妖精の園……」
俺たちはこの光景に釘付けとなっていた。こんな綺麗なところは見たことがない。
「なんだよここ……夢の中みたいだ」
ユシリズも身を乗り出してキョロキョロと辺りを見回した。
「珍しくて当たり前ですよ。唯一ここに入った人間はここワンス地方の神様、リベアムール様だけなのですから」
「私たちが入って大丈夫だったの?」
「あなたたちは命の恩人なのですから。そんな人を拒否することはありません。むしろお礼をさせて欲しいと長から言われております」
「優しいね、ここの長さんは」
「こちらに長の大妖精がいらっしゃいます玉座がありますのでこちらに来てください」
まっすぐな道を進むと妖精やエルフに囲まれ、玉座に座った妖精の中では大きい妖精がそこにはいた。背中には自分の体よりも大きく、アゲハチョウのような羽を持ち、髪は他のエルフとは違い黄金と言わんばかりに輝いた金髪でボリュームがあるゆるふわな髪型をしていて、透明に近い白いドレスを着ていた。
「良く来ました人間さん。私はこの森の長であり大妖精のシンシア=オールグリーンと申します。このたびは私たちの仲間のセルフィアを救っていただきありがとう。でもどうしてこんな森なんかに来たのかしら?」
「初めまして大妖精さん! 私の名前はケルト。 実は私たち、あるお願いをするためにここに来ました」
「それは何かしら? できるだけ叶えてあげましょう」
「私の友人達がある奴隷商人の手により捕まってしまったのです。そこで私たちに妖精の羽を持ってくるよう言われたのです。そのために森を訪れました」
俺が嘘偽り無く説明すると周りにいた妖精やエルフ達はどよめき始めた。
セルフィアが口を開く。
「妖精の羽……って私たち妖精が命を落としたときに残る私たちの魔力そのもののことではないですか! まさかあなたたちはそれを奪いに来たってことですか!?」
妖精たちがセルフィアの言葉でさらにざわつきが増した。
「違うわ! 私たちは別には奪いに来たわけじゃ……」
「あなた達は野蛮人ってことだったんですか!?」
妖精達はもはやパニック状態だった。セルフィアの言葉により俺たちの誤解が増していく。しかし、その混乱状態に対してシンシアは大きく手を鳴らし、周りの妖精達を黙らせた。
「落ち着きなさいセルフィア。話を聞いてはいなかったのですか?この人達は訳ありでやむを得ずここに来たのです。野蛮人ならあなたのことを助けなかったはずでしょ?」
「も……申し訳ございません」
注意されたセルフィアは肩を丸め縮んでしまった。
「ごめんなさいケルト。でもね、妖精達が慌てるのも無理もないわ。なぜなら妖精の羽とは妖精が死ぬことによって残る遺品のようなものなの。どの種族よりも長く生きる妖精達にとってそれは貴重であり、私たち妖精達にとっての宝と言ってもおかしくないわ。それを急に欲しいと言われたらそれはみんな慌てるものよ」
やはり妖精の羽はかなり貴重な代物であることは確かなようだった。妖精達があんなにも動揺していた気持ちはよく分かった。しかし、どうすれば良いのやら。
「ケルトの言う妖精の羽の願いは大変難しいわね……」
シンシアも困り顔になり、ケルトとシンシアはお互いにどうしようか考えていた。そのとき、一人のエルフが息を切らしながら急いでシンシアの元へと向かってきた。
「大妖精様! 大変です! お逃げください!」
「どうしたのかしら?」
「私たちの森に魔物が多数侵入しました! それもサーティ地方の魔物です!」
「何ですって? お前は一刻も早く他の妖精とエルフの避難を。私とお付きの者は戦闘に入るわよ! ケルト、申し訳ないけどこの話はまた後ででも良いかしら? 私はこの妖精の園の長、大妖精としての誇りにかけてこの森を守らなくてはなりませんから」
シンシアはお付きの妖精達を連れて魔物の元へと向かっていった。
「私たちも行こう!」
俺たちも後に続いてシンシアの後を追った。広場の方へ向かうと木々や草花は燃えており、あの幻想的な空間は火の海となっていた。妖精達は無事に逃げたようで辺りには残った妖精は1匹もいなかった。目の前にはセルフィアを救ったときに倒したあの魔物に似た3体が森の中で暴れ回っていた。
「酷いぜこれは……」
ユシリズが拳に力を入れる。
「シンシアさんがいた!」
ユウビスの指さす方向にはシンシアさんとお付きの妖精2匹が1匹の魔物と戦っていた。
「『千連風刃撃』!」
「『風弾』!」
「『破裂する大気』!」
3匹の威力のある風の攻撃を受けた魔物はかなりのダメージを受け、戦闘不能となった。俺たちも後に続いた。
<<発動:荒ぶる大気>>
「飛べぇぇぇ!」
俺はスキルを発動し、風の激しい衝撃波により魔物を吹き飛ばした。
「ガクト!」
「任せろ」
<<発動:身体硬化>>
俺の掛け声でガクトは右腕を黒くまとわせ、ひっくり返っている魔物の腹に猛烈な拳の一撃を食らわせた。2匹目の魔物は地面に食い込み、戦闘不能となった。
<<発動:時間遅延>>
「ユシリズ! 時間を遅くした! 今だ!」
「あいよ!」
<<発動:大発火>>
スロモーションのようにゆっくりと動いた魔物に対してユシリズは腹の下へと潜り込み、炎の大爆発を起こさせた。魔物の巨体は空中へと飛ぶ。
<<発動:電磁砲>>
「じゃあな」
アマは宙に浮いた魔物へと電流の砲弾を飛ばした。それは魔物に見事に直撃し、魔物は粉々になり戦闘不能となった。
「片付いたか……」
俺がそう思ったそのときだった。
「これはこれは皆様、お元気だったでしょうか!」
入り口から背の低い見覚えのある男が現れた。
「あんたはゼニ……どうして此処に」
「あなた達が来るのが遅くてですね~私自ら妖精の羽を取りに来たのですよ!」
「あなたね! この森を襲ったのは!」
ゼニはにやにやと不敵な笑みを浮かべている。
「いやいやとんでもない! 私はただ妖精の羽が欲しかっただけだったのでしたがすぐに出してはもらえないと聞いて、私の連れてきたペットと遊んでいただけですよ!」
「こんなでかいのがあんたのペットなのか」
俺はゼニに対して鋭い視線でにらみつけた。
「いやぁまさか私の優秀なペットがやられてしまうとは思いませんでした! だがしかし、こいつはいかがでしょう!」
ゼニが指を鳴らすと後ろから大きな陰がこちらに近づいてくる。それの正体は四足歩行で歩いている巨大な羽を持ったさっきの魔物よりもサイズが大きいドラゴンが現れたのだ。
鼻息を荒くし、分厚い赤い鱗が敷き詰められている皮膚をしており、吸い込まれてしまいそうな黒い瞳を持っている。その巨大な羽は広げると30メートルはあるだろう大きさをしている。ゼニはシンシアに向かって指を指す。
「大妖精よ! 妖精の羽を渡すのであればこの森に手はださん。しかし渡さないというのならあの方の命令によりこの森を燃やし、妖精の羽を頂く!」
シンシアに向けて脅迫をしたゼニに対してシンシアは恐れぬ顔をして前に出る。
「私は大妖精シンシア、この森、そして妖精の園の長である! そなたのような悪しき心の者に私たちの宝を渡しはしない!」
シンシアはゼニとその巨大なドラゴンに向けて決意を大声で叫んだ。
「あっ……そう……なら、行けぇ!! 赤燐竜サラマンダー」
ドラゴンは口に貯めた紅の炎をシンシアと2匹に向けてブレスを解き放った。
≪発動:煉獄息吹≫
≪発動:風刃竜巻≫
シンシアにブレスが当たる瞬間、シンシアの目の前に竜巻が発生し、その炎を巻き込ませ、風で絡みとり消滅させた。
「ふふふ……また、助けられてしまいましたね、ケルト」
「やっぱり、私はあんたの商売に付き合うのはやめた! ここでお前を討つ!」
「はははっ! 面白い! やれるもんならやってみな! あの方から頂いた最強のペット、赤燐竜サラマンダーよ! 奴らを殺せ!!」
サラマンダーの咆哮と共に俺たちの戦いが始まった。
2020/2/19 挿絵を追加しました。





