120 動き出す、白銀の悪魔
この世界の隅にあるセブンス島の中央にあるエスデス城内はざわついていた。城の警備をしている魔物達の間でエスデスの側近である7柱の魔人達の内、3柱がリベアムールが雇ったとされる冒険者達に倒されたとの報告を聞いて驚きふためいていたのである。
セブンス島は魔族達が暮らす島。エスデスに仕える事が許された強力な人と見た目が変わらぬ魔族"魔人"はこの島でエスデスの次に強いとされた者達、言わばエスデスを除けばこの島で最強とされた者たちなのだ。それなのに3人も倒されたとなれば魔族の間では大騒ぎ物である。
エスデスが身を置く玉座の間で7柱の1人であるグレモリアが呼び出されていた。背中に生えた大きな翼を折り畳み、エスデスの前へと跪く。
「お呼びでしょうか? エスデス様」
「グレモリアよ、我が代行者である7柱は現在……4柱しかおらぬ」
グレモリアはエスデスの言葉を聞いた時、顔を上げる事が出来なかった。そう、これまでグレモリアはバズール、ファフネリオン、そしてアンドルフの様なエスデスの為に単独で動く者たちの監視役を行なってきたのだ。しかし、次にエスデスに会って報告することはいつも仲間の死だった。エスデスに向けて何かしらの成功報告を一度もした事が無かった。自分の所為ではない事は分かっている。だが、この顔を挙げた時に姿が見えないエスデスから恐怖心を煽るような事をされるのではないか? 私は腹いせにいつか殺されるのでは無いかと考えていた。そして、その様な最悪な事が起こらぬよう毎度の如く、祈りながらエスデスの前に出るしか無い。
「グレモリア、顔を挙げよ」
エスデスに言われ、グレモリアは恐る恐る顔を挙げた時、グレモリアは思わず言葉を失った。ベールによってエスデスの姿が隠れていると言うのに、そのどす黒いオーラがそのベールからはみ出ていたのだ。エスデスは相当お怒りの様子であるのが姿を見ずとも感じ取る事ができる。
「エ……エスデス様」
グレモリアは絞り出したその言葉を呟いたその時、この玉座の間の入り口を開く者がいた。
グレモリアが後ろを振り向くとそこには白銀の髪をした美しい容姿を持つ男が入ってきた。肌は青白く、生気がない。しかし、その赤い瞳に眠る殺意をグレモリアは一瞬にして捉える事が出来た。
「アルカード⁉︎ どうして⁉︎」
グレモリアはその男を見た時、驚く様子を見せた。
「来たか……アルカード、妾の元へ来るが良い」
エスデスに促されたアルカードは目線をエスデスから外す事なくゆっくりと歩み続ける。
その時、グレモリアはアルカードの歩みを阻むとエスデスの方を見た。
「エスデス様! まさか、アルカードを行かせるというのですか⁉︎」
グレモリアは知っていた、アルカードと言う男が魔人の中で如何に手口が残酷で強力な魔人である事を。
アルカードを解き放つと言う事はエスデスも危機を感じている証拠である。アルカードが出ると言うなら残りの魔人たちも準備を進めているに違いない。
「アルカードよ、そこで良い、聞くのだ。妾の代行者である魔人7柱の内、3柱がもう既に倒された。不死の酒も手に入らないこの状況……そこでだ、貴様には2つの命を与える。1つは不死の酒の材料の奪還、そして……ケルト=シグムンドを含めた仲間の者全てを殺せ。手段は問わん、貴様の好きにやるが良い」
エスデスの言葉をにアルカードは髪をかきあげるとニヤリと笑みを浮かべた。
「エスデス様が直々にこのアルカードに命を与えてくださるとは何と有り難き事だ。クックック……久しぶりだ……あの魔法使いの隠れ里を壊滅させて以来だったなぁ」
そう、昔アルカードは自分勝手に村を壊滅させた事で城から出る事を禁じられていた。アルカードはこの城では別名"村荒らし"のアルカードとも呼ばれている程だった。その危険さは我ら魔人でも恐れるほどである。理性を持った状態で暴走するからこそ誰も止められないのだ。
「宜しい! ならば我はエスデス様の為にその命を果たす事を誓おう‼︎」
胸に手を当てて一礼するとアルカードは振り向き、ゆっくりと歩むとこの玉座の間を後にした。胸に手を当てて一礼する仕草はアルカードが上機嫌の時の仕草だ。ああは言っていたが、きっと自分が好きに動き回れる事が1番喜んでいる事だろう。どうせ私はいつも通り監視役なのだろうと思い、グレモリアは深い溜息をついた。
「グレモリア、お前に次の命を与える」
「はっ!」
アルカードの監視か……そう思った。
するとまたもや玉座の間の扉が開かれ、何者かが入ってくる。
「エスデス様……」
それは声が高く、幼い少女のような声だった。グレモリアはすぐに振り向くとそこには声の様子に会った可愛らしい少女がクマのぬいぐるみを胸に抱きしめて持って立っている。前髪がパッツンの薄い金髪に青白く細い腕と脚、そして子供用の黒いドレスを身に纏ったお人形の様な少女だった。その少女を見て、グレモリアの肩の力が抜けた。
「グレモリアよ、貴様はアリスの遊び相手をしてやるのだ」
アリス……それは7柱の魔人の1人で有り、唯一私に心を開いてくれている者だ。アリスは私を姉の様に思い、一緒に居てくれる。言うなれば、唯一の癒しだった。
私はエスデスの方を向き直すと深々と一礼した。
「畏まりました」
そして、グレモリアはアリスの近くへ寄るとアリスが笑顔で私の手を握ってくる。
「グレモリア! 今日は御本読んで!」
「はい、それではお部屋へ向かいましょうか」
「はわぁ♪ うん!」
「それでは失礼致します、エスデス様」
そう言って、グレモリアはアリスの手を引いて玉座の間を後にした。しかし、エスデスが仲間の監視ではなく、アリスの子守を任せるなど一体どう言う事なのだろうか?
グレモリアは妙に引っかかるその事を考えているとアリスがグレモリアの手を引っ張る。
「グレモリア、どうかしたの?」
「ううん……なんでもないわよ、今日は時間あるから2冊御本読んであげるわね」
「本当⁉︎ わぁい‼︎」
アリスの喜ぶその笑顔がさっきまでの緊張感が嘘のように解れていく。ただ、アルカードの事だけが少し気がかりだった。あの白銀の悪魔がどうエスデスの命を遂行するのか私が見られないのがこれほど不安だとは。
グレモリアは窓の外を見る。目線の遥先にはワンス地方がある。グレモリアは胸のざわつきと共にアリスの部屋へと回廊を歩んだ。





