119 竜王と雛
ファンロンのかけ声と共にユシリズとユウビス、そしてガクトはアイコンタクトを交わすと一斉に動き出した。
先に仕掛けたのはガクトだった。
「竜化!」
ガクトがそう叫ぶと体中が鱗で覆われ、背中に羽が生える。人間の姿から突然竜の姿へと変える。
そして自身の右手の爪を肥大化させ、そのままファンロンへと突いた。
≪発動:刺突爪≫
システムの声と共に出来上がった鋭い爪がファンロンに突き当たる。その攻撃はファンロンの片腕の鱗で受け止められるが、その大きな衝撃によってファンロンの身体がノックバックする。
すぐさま体勢を整えようとするファンロンだったが突然、身体の動きが鈍くなっているのを感じた。
ファンロンがガクトの後方を見るとユウビスがいた。その時ファンロンは悟った。
ガクトの攻撃によって出来た一瞬の隙に対して、自身の技である時間遅延を合わせることで隙の長さが長くなる。
そうとなると……
ファンロンが直ぐに頭上を見上げると、そこにはユシリズが空中に舞い上がっていた。
「上から行くぜ!」
「ほぅ……」
ファンロンはニヤリと笑みをこぼす。ユシリズは空中でも手の中に炎の玉を生み出していた。そして、その炎の玉を投げようとした時、ファンロンが直ぐに回避の構えを取るのが見える。このままでは普通に回避されて終わりだ……このまま玉を投げて仕舞えば。
しかし、ユシリズは左手でその炎の玉をファンロンへと投げつけた。
勿論、ファンロンはそれを見越して横へと華麗に回避を決めた。
「ユシリズ、主もまだまだ雛だ」
「それはどうかな?」
ユシリズはにやっと笑い、右手で更に炎の玉を投げつけた。
「なるほど、さっきのはフェイントか……だが、そんな短調な攻撃など……」
そうファンロンが口にしている瞬間、1つだった炎の玉が空中で弾けると100の火の玉が生まれた。
「これが俺の新たなる技"炸裂火球"だ!」
そして、ユシリズの放った100の火の玉が勢い良くファンロンへと降りかかる。ファンロンにそのまま攻撃が直撃し、着弾の白い煙で姿が見えなくなった。
「どんなもんだ!」
ユシリズは胸を張ってみせる。
「ユシリズ、お前中々やるじゃないか」
「おい、やり過ぎなんじゃないか……?」
ガクトはユシリズを褒め、ユウビスはスキルの威力の高さを見て、ファンロンを心配していた。
そして、白い煙が風によって払われていく。
「……随分、楽しそうではないか」
全員がファンロンの姿を見る。ファンロンの上半身が赤い鱗に覆われ、火の玉によるダメージも一切受けている様子などなかった。ファンロンの持つ特殊スキル"千変万化の擬態"によって上半身を炎を司る竜"サラマンダー"の姿に擬態して、ユシリズの攻撃を完全に防いだのであった。
「……まぁそうだろうと思ったわ!!」
ファンロンの姿を見たユシリズは直ぐに構え直した。冷静に考えてみれば3人を相手に出来る力を持つファンロンならばこれくらいの攻撃は防いで当然だったのかもしれない。浮かれた気持ちを3人は直ぐに沈ませた。
「今度はぬしらが我の攻撃を防ぐ番だ。では行くぞ! 構えろ!」
サラマンダーの姿のファンロンは3人に向けて口を開けると赤く燃え上がる炎を吐き出した。3人はこの攻撃を一度見たことがあった。それは妖精の園でサラマンダーと戦ったときに使用した”煉獄の息吹”という固有スキルだ。一度見た攻撃は対策できる。そう思ったユシリズが前へと出る。
「俺に任せろ! ”火炎吸収”!」
ユシリズは右手を前に出す。
「……甘い!」
その時、ファンロンは千変万化の擬態を使用して直ぐに姿を変えた。それは巨大な四肢を持つ獣、ガクトが相手をしたことがある魔物”氷狼”フェンリルの姿だった。フェンリルの姿を変えたファンロンは大きく息を吐くとサラマンダーで生み出した煉獄の息吹がどんどん凍っていく。そして、広がった炎が一瞬にして氷の海に変わった。
ユシリズに攻撃が届く頃には炎ではなく氷がユシリズの右手に張り付くと、徐々にユシリズの身体に広がっていく。勿論、氷に変わった炎ではユシリズの火炎吸収が発動することはない。
「うわぁああ!? 嘘だろ!? 炎の攻撃じゃないのかよ⁉」
ユシリズの身体を蝕んでいく氷を見て、咄嗟に動いたのはガクトだった。ガクトは翼を羽ばたかせてユシリズの近くに飛びよると、自身の爪を振り下ろした。振り下ろした先はユシリズが触れている氷へと変わった炎だった。蝕んでいる原因となる根本部分から手を切り離せば体に広がる凍結を防ぐと考えたからだ。氷と切り離されたユシリズは尻もちを付く。身体を見ると腕から広がっていた凍結の進行が止まっているのを感じる。ガクトは一度戦ったフェンリルとの戦いで氷属性攻撃の特徴を理解していたからこそ迅速な対応が出来たのだ。
「大丈夫かユシリズ?」
「ああ、単調な攻撃かと思ってよぉ……油断しちまったぜ」
ユシリズは凍った腕を自身の炎で溶かし、腕を元に戻す。凍っていた腕を2、3回手を開閉して腕に問題が無い事を確認した。
「固有スキルも他スキルを多く持つ者が使用すれば多くの応用が生まれる。目に見えるスキルが全てではないのだ。ぬしらは圧倒的に戦闘経験が足りない。我から見ればぬしらは生まれて間もない雛鳥だ」
3人の心にファンロンの厳しい言葉が突き刺さった。確かにこの世界に来てから戦闘経験はどの能力者よりも少ないし、ましてや、まだこの世界の事もよくわかっていないのだ。
今までの戦闘を乗り越え来られたのも運とケルトの力など他人に頼っていたからかもしれない。ファンロンの言っていることは本当だ。今後どういう敵が現れるのかは分からない。
もし、さっきのファンロンのような多彩な攻撃を仕掛けてくる敵が現れたら、自分たちは対処できるのだろうか? 対処できなければ……死ぬ。そう考えるだけでも今までの自身が消えかけ、身体が縮こまってしまいそうだった。
「……まぁよい」
現実を突きつけられた3人の暗い顔を見たファンロンは千変万化の擬態を解くと金色の竜の姿へと戻る。
「今日の鍛錬はお終いだ。ああは言ったが慌てる必要はない。人は誰しも最初は初心者だ、鍛錬を積んでゆっくりと力を付けていくのも遅くはない」
ファンロンは慰めのつもりでそう言葉を伝えたがこの言葉が3人に伝わっているのかは分からなかった。立ちすくむ3人を後にし、アミュラの方へと向かおうとしたその時だった。
ファンロンはこれまで以上に強い気配を感じた。広大な平原を見渡すが、それらしき気配の原因が見当たらない。言葉で言い表すならばファフネリオンよりも圧倒的に格上の力を持つ者のオーラだ。
そのようなレベルの魔物はこの地方には居ない。辺りをゆっくり見まわしていると、静かで冷静さを感じる男の声が聞こえてきた。
「ほう……ここが例の竜がいる宿屋か」
全員がその声を聞くと全員から死角であった場所から気配を感じ、その方向を見た。そこには高身長で銀と紫が混ざった短髪で顔はスラっとした中性な顔立ちをしているどこか酷く美しい男が立っていた。
「誰だ⁉」
ファンロンがその男に向かって睨みつけるがその男はゆっくりと3人を見た後、ファンロンへ目を運び、後ろの宿屋も一瞥した。
そして一息置くと、男は口を開いた。
「お初にお目にかかる。我が名はアルカード。我が主エスデス様の命によりここへとやって来た」
「エスデス……てことはバズールやファフネリオンと同じ代行者か⁉」
ユシリズはすぐに身構える。それ合わせてガクトもユウビスも構えた。
「ぐ……グルグル?」
「来てはならん!!」
「うっ……」
突然現れたアルカードと言う男を見て怖がったアミュラがファンロンに向かって近づこうとした時、ファンロンに激しく注意され思わず立ち止まってしまう。
その様子を見たアルカードはアミュラの方を見ると舐めまわすように見た。
「なるほど、こいつが不死ノ酒の材料となる神子か」
アルカードの発したこの言葉を聞いた全員がこの時点で完全にアルカードを敵だと認識した瞬間だった。





