118 慢心さ故の緩み
ケルト達が仕事をしている間、宿屋バニランテに残された仲間たちはいつもと変わらない日常を送っていた。
それぞれが割り当てられた宿屋の手伝いをこなしながら、ケルト達の帰りを待つ。本来ならば自分たちもケルトと同行して仕事をしている予定だったのだが、人数制限によるじゃんけんに負けてしまったのでユシリズは宿屋の浴槽をブラシで擦る羽目になってしまったのだ。
「たく……良いよなぁダンにアマは! あいつらは仕事ついでに戦いも旅行もできて!」
「まぁしょうがない。俺たちはじゃんけんで負けたんだから我慢しなくちゃ」
ユシリズと一緒に浴槽をこすっていたユウビスが額の汗を腕で拭いながら、ユシリズの愚痴に応える。
ユウビスもユシリズの気持ちが分からないわけではない。ユウビス自身も正直、この世界にも慣れてきたおかげかさらに刺激が欲していたのだ。自分たちの能力が強力過ぎるゆえの気の緩みである。
そんな穏やかなユウビスでさえも刺激を感じたいと思っているのであれば、このパーティ屈指の戦闘狂であるユシリズならばなおさらだ。
「はぁ……只で飯食わせてもらってる分しっかり手伝いもしなきゃいけないのは分かってんだけど、流石に身体動かさなきゃなまっちまうぜ」
「動かしてるじゃん、こうやって力強く浴槽を洗ってさ?」
「そう言う事じゃねぇよ馬鹿」
そう言いながら風呂掃除をしていると脱衣場の方から何やら足音が聞こえてくる。
現れたのは長袖の腕を捲り、額からの汗を堰き止めるタオルを頭に巻いたガクトのだった。
ガクトはエルマから洗濯を頼まれていたので片手には井戸で洗った後の洗濯物が入った籠を持っている。
「お前ら、ぐだぐだ言ってないでさっさと風呂掃除終わらせとけ。あーーそれと、手伝いが終わったらファンロンが外に集まれって言ってたぞ」
「ファンロンが? 急にどうしたんだ?」
「分からないが家事を早く終わらせることに越したことは無いだろう。ほら、さっさと終わらせるぞ」
「「はーーい」」
ガクトに掃除を終えるよう促されてからそう時間もかからずに風呂が綺麗になった。
そしてユシリズとユウビスは約束通り、宿屋の裏口から外へと出る。正面には竜人たちのバザーがあるので何もない裏口で集まってほしいとガクトが言っていたのだ。
庭には早めに到着していたガクトが準備運動をしながら待機していた。
「来たか、上手く掃除はできたか?」
「ええーーお陰様で! ところでファンロンはどこだ?」
ユシリズがキョロキョロと周りを見ていると、後ろから扉が開く音が聞こえた。全員が扉の方向を見るとニコニコ笑顔のアミュラいた。両手には金の玉、正しくはファンロンを両手に持っている。
「グルグル連れてきました!」
そう言ってアミュラは駆け出し、野原に金の玉を置いた。
すると玉は光を放ち、竜のシルエットが映し出されるとその姿となり、大地に着いた。この姿こそ、ファンロンの黄金竜である真の姿である。
「巫女よ、礼を言う」
「はわぁ……グルグル♪」
ファンロンの姿を一眼見るとアミュラは直ぐ様ファンロンの尻尾へと抱きついた。
「ぐぬぅ……巫女よ……少し離れて欲しいのだが」
「グルグル……♪」
アミュラの姿はまるで大きなぬいぐるみに抱きついている少女のようなものだった。離れず困っていたファンロンだったが、尻尾を器用に使って邪魔にならない様にアミュラを自分の背中に乗せた。
「はぁ……まぁ良い、お前達を集めたのは他でもない。ぬし達に対して少し我は心配しておるのだ」
「心配?」
ファンロンの言葉にユシリズの眉がピクッと動く。
「そうだ。ぬし達にはスペシャルスペックと言う力を持っている。しかし、その力は強大であるが故に人間は今の力に慢心し、緊張感が欠落するのだ。お前達は不老不死でも無敵でもない。一歩間違えれば死がお前達を待っている事忘れるな」
ファンロンは真剣な眼差しを3人に向けて言葉を言い放った。この言葉が3人の心へストレートに刺さればどれだけ楽だった事だろう。しかし、ファンロンはそうは思っていなかった。この中で必ず反論してくる者が居ると敢えて分かっている上で言ったからだ。その思いの通り、1人ファンロンの言葉に反発する者がいた。
「ファンロン、もしかして俺たちが死ぬとでも思ってるのか?」
「ああ」
「おいおい冗談はよしてくれって、一度死んだ筈の俺が蘇ってここに来てるんだ。転生したやつがまた死ぬなんてどんな漫画読んでも見た事ねぇよ」
「ちょっと! こらユシリズ!」
ユウビスがユシリズの話に割って入った。
「何だよ、本当の事じゃねぇか」
「……まぁ良い、ぬしら出自はひとまず置いておく。ぬしらの力の使い方が素人同然と言う話に戻す。以前のアナンタ村での戦いで思ったが、やはりぬしらは力の使い方をまだ知らぬようだ。そこで我がぬしらに能力の使い方を教えてやろうと思っている」
「力の使い方ですか?」
「ユウビス、ぬしはぬしの持つ能力を使っていくつのスキルに応用できる?」
「お、俺は……まだ、2個かな」
「ユシリズ、ぬしは?」
「俺も3個くらいだ」
「ガクト」
「俺は竜と人の身体変異を足して7つくらいだ」
「はぁ!? お前そんなに応用できるのかよ!?」
「いや、ガクトの数でさえも少ない。それにぬしら2人は明らか少な過ぎる。あらゆる攻撃手段を増やしておかなくては如何なる敵にも対応する事が出来ないからな」
ファンロンの言葉にユシリズは心当たりしかなかった。
どの戦いの場面を思い出しても同じ技しか使って来なかった自分の姿が見える。
ユシリズは超近距離戦闘向けの技しか持っていない。
広範囲に広がる拡散攻撃も可能だが、遠距離にいる敵に対してはめっぽう良かったのだ。いつもケルトやアマの様に遠距離攻撃もできる仲間やユウビスの様に時間を操る援護をされていたからこそ、上手く攻撃できていた。もし、その2人がいなかったらと思うと想像したくもないだろう。
「では3人で、我と手合わせだ」
「え、3人で?」
「ユウビス、今そんな無茶なと思ったであろう? 何、心配する事ない。そこまでこの老ぼれも落ちぶれてはいない。お前達の力を全力でぶつけてみろ……っとその前にだ」
長々と話し続けていた間に背中で寝息を立てながら気持ち良く眠っているアミュラをゆっくりと尻尾使って離すとガクトへ渡した。
「巫女安全な所で寝かせて置いてくれないか」
「あ……ああ」
ガクトは宿屋の裏口近くにある木々に吊るされたハンモックにアミュラを優しく置いてから改めて、2人の元へと並び、ファンロンと対峙する。
「では、準備は良いな? 目標は今までのスキルは最低限に留めること。新しくスキルを生み出す事がこの特訓の目的だ。では……」
全員がぐっと唾を飲み込み、戦闘体勢へと入る。
大事なのはイメージだ。近距離だけではなく、遠距離に敵がいた時の事も考えるんだ。
そうユシリズが考えてる間にファンロンの声が叫び上がった。
「始め!!」





