109 見誤った知能
一方その頃、ダンとアマは遺伝子混合変異体との白熱の戦闘が繰り広げられていた。部屋の中で雷鳴鳴り響く音が聞こえ、キュマイラの胴体が貫かれる。しかし、その分離した肉がまた磁石の様にくっつき合い、どんどん元の状態へと再生されていく。これで何回目なのだろうかと言った表情でいるアマとは裏腹にまだまだ元気そうな顔をしているキュマイラである。
キュマイラが爪で攻撃を仕掛けてきた時、急いで電磁障壁に切り替えその攻撃を防ぎ、強烈な雷の一撃を入れる。そんな餅つきのような戦闘が続いており勝負がつくことはない。
その後ろでダンは解析を続けているようだが、人工的に作られた魔物はデータ取得に手間取っているようであまりうまくいっていない様子であった。
「はぁはぁ……こいつ、ほんとに死なねぇな……」
アマは垂れてくる汗を拭う。流石のアマも能力の行使には体力を使うようで疲労の顔が見えてきている。ケルトを送り出してからかれこれ30分以上はキュマイラと全力で戦っているから無理はないだろう。しかし、いくら何でも攻撃しても破損した身体全てが再生されるのは非常に厄介である。消しゴムのように少しでも肉が減っていけばいいのにとアマは思っていたのだがキュマイラの体が変わっている様子は見られなかった。むしろ、再生されているのだから、常に全回復して現れているようであるからキュマイラ自体はずっと元気である。それに対して体力を奪われているのはアマの方である。無意味な攻撃を加え続けても自身の体力が失われるだけだとアマも分かっているのだが成す術は無いようなものだった。ダンがもし解析に成功出来たとして、その結果次第では打開策が出てくると考えてはいたが今のダンの様子では期待はできないだろう。とは言えどうしたものかとアマは考える。
「アマ、見てて思ったんやけど……」
突然、後ろからダンがアマに声をかけてくる。
「なに?」
「あいつ、もしかして知能に偏りがあるんやないか?」
「偏り?」
「そうや。見てる限り、今の段階でキュマイラの頭部であるマンティコアが独りで動いてるように見えるんよ。マンティコアはパッと見て肉弾戦向きの無知能タイプ、いわば脳筋で本能のままに攻撃する魔物だとみてええやん。それに引き換え胴体の山羊頭、バフォメットは同じ動物のようで知性を持っとるんよ。それは魔法が使えるから。尻尾のサーペントはバフォメットよりは知能は低いが、マンティコアよりは知性がある。つまり、奴らの中で連携が取れてないのかもしれん」
ダンの言葉から、キュマイラの行動パターンを思い出してみると確かにマンティコアの部位での攻撃が多い。それは本能的に動くマンティコアの意思の方がその他の2匹よりも強く、キュマイラの行動がマンティコアの意思に引っ張られているに違いない。つまり、まとめると全体的にキュマイラの知能は低く、意思を分散して行動することができないのではないだろうか。
その情報がもし正確なのであればアマたちにとって重要な情報になってくるのではないのだろうか。そうこうしている時にキュマイラが反応を見せてくれた。今度はバフォメットが一鳴きを上げる。バフォメットの頭上から赤い魔方陣が生まれると地面のいたるところから赤い魔方陣が生み出され、詠唱を始める。しかし、アマはその行動パターンも頭に入っており、バフォメットの魔法詠唱の間にアマの攻撃で吹き飛ばし、魔法詠唱を阻止することができていたのだ。
(またいつものパターンか)
そう思った時、後ろのサーペントの体が前へと伸びると俺たちに向けて毒息吹を吐いてきた。濃い紫色の霧が俺たちの方へと向かってくる。まるで、俺たちの攻撃を読んでいたかのように。
「息攻撃何てさっきまではしてこなかっただろ!!」
≪発動:【電磁障壁】≫
攻撃の体勢からもはや避けることは不可能だと感じたアマは咄嗟に電磁障壁のスキルへと切り替えた。磁場によるバリアがアマを包むがその毒息吹はそれを貫通してアマたちに襲い掛かってくる。そう、電磁障壁のスキルの効果はスキル使用者自身に【物理攻撃無効】【基本属性耐性】【光属性反射】が付与され、恩恵を受けている者は【物理攻撃耐性】【基本属性耐性】【光属性耐性】が付与されるのである。つまり、状態異常には耐性が無かったのをアマは忘れてしまっていたのだ。いつも、電磁障壁に頼って攻撃を防いでしまっていたのが癖になってしまった事によって起こってしまった致命的な間違いだった。
「やばい……」
アマはその毒霧を防ぐ事ができず、毒を吸ってしまう。
毒は瞬時にアマの身体にまわり始め、アマは顔を青くしてその場に倒れる。どうやら毒息吹は即効性の毒を生み出すようでまるで身体から質量が消えていくかのように体に力が入らなくなる。
「はぁ……はぁ……力が……でねぇ」
ゲームでよくある状態異常【毒】がこんなにも現実では深刻なものであるなど分からなかったアマにとって、今まさに自分が命の危機に陥っていることを嫌でも思い知らされている。唯一出る咳と共に吐血も起こるようになり、自身に迫る死を想像せざるを得ない。このままではまずいと言う気持ちはあれど自分ではどうすることもできない状況に悔しさよりも悲しさがあふれてくる。
俺たちは見誤ってたんだ。キュマイラの知能の高さを。
アマはふとダンの様子が心配になり、自身の後ろにいると思われるダンの方を向く。しかし、そこにはダンの姿は無い。キュマイラはアマの目の前に居ること考えると、1人で逃げたのか……はたまたどこかに隠れ居ているのか……ダンの事だからこんな危ないときだけは悪知恵が良く働くやつなのできっとうまく毒息吹を回避できたのかもしれない。もし、ダンも被害を被っていたら……その時はもうあきらめるしかない。とりあえず、無事でいてくれとだけアマは思い瞳を閉じた。
「なんてこった……これはまずい状況やで……」
一方でダンは咄嗟に柱の隅を壁にして毒息吹を回避することができていたため、毒を受けていることはなかった。そしてキュマイラから完全に死界であるため気が付かれていることはない。
キュマイラはアマに注意が向かれており、ダンはまさにフリーな状態だった。しかし、ダンは自分の考えに後悔してた。
キュマイラは頭が悪いから同じ行動を繰り返していたわけではなかった。つまり、俺たちよりもキュマイラの知能が結果的に上手だったのだ。知能が分散されていたのではない。完璧に連携を取っていたのだ。
正に三人寄れば文殊の知恵と言える。
俺たちが油断する好機を狙い、同じルーティンを繰り返すことで人は次も同じ行動で来ると思ってしまう人間の単純さを表した心理を使ったのだ。こんなことまで考えられる魔物がいるだろうか? ちがう、奴は魔物じゃない。それを逸脱した獣……魔獣だ。
ダンは壁越しからアマの様子を伺う。苦しそうに胸を押さえ、咳込みながら吐血するその姿を見て、今すぐにでも助けたい程居たたまれない気持ちになっていた。ましてや、自分の身内が危ない状況に陥っているのだから焦ることなど当たり前なのだが、今回は話が違う。なぜなら、ダンは自分が戦えないことを知っているからである。
自分の能力は『目を使って味方を支援する能力』だ。戦闘系のスキルは一切ない。あるのは背中に背負った護身用の弓だけ。そんな状態で友達を助ける事ができるのか……
そんなことを考えていると、キュマイラが毒で弱ったアマの身体を尻尾のサーペントが巻きつき、宙へ浮かせた。
ブンブンと尻尾を振り、まるで煽っているかのように見えた。そして、バフォメットがアマの頭上一つの赤い魔法陣を作り出すが詠唱は行われない。
この構えは正しく、他の仲間を釣り出す為にアマを人質に取ったのだ。知能がここまであったとは思いもしなかったがまさかここまで外道だとはもっと思いもしなかった。
「くそっ……糞っ‼︎」
今にも殺されそうになっている仲間に対して、助けたいと言う気持ちとここから出たく無い、そんな気持ちが競り合って体が硬直する。
怖い……出たく無い……あかん……だめだ……でも仲間が……
ダンの体から滝のように汗が噴き出る。
膝が震える。
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい‼︎
そんな気持ちでいっぱいになった時、ダンはふと、ケルトの顔が浮かび上がる。
ケルトは今、1人で戦っている。あいつも怖い気持ちが強いくせに、それでも尚人のために戦おうとする姿……その姿は前世の時よりも輝きがあり、人を魅了していたその思いが今、ダンの心の中で思い出された。
「そうやん……何言うとんねん俺は……友達を見捨てようとしてた時点で仲間失格や……」
その時、ダンの胸が熱くなった。もっと、もっと力が欲しいと。
そして、世界はダンの思いに答えるようにシステムが反応を見せる。
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