108 2つの能力
豚鬼へと変わったアンドルフは汚らしく笑いながら、自身の変形した蹄の爪をペロペロと舐め回している。アンドルフの変形した蹄の様子を見ると中心からまるで肉が裂けて新しい爪が生み出されたかのように一つの手に6つの爪が生え、獲物を確実に掴み、綺麗に握り刻める様な形状である。恐らくガクトと同じ身体変異の能力である。しかし、ここまで怪力が例え豚鬼だとしても出せるかと言えばそうでもない。俺は小柄ではあるが片手で握りつぶす為には相当な力を持っていなくてはあれほどまで綺麗に握り刻む事は無理だ。
「情報が無ければ奴は倒せない……ケルト、私に考えがある。攻撃魔法が効かない以上私の攻撃は無力だ。但し、私は攻撃魔法しか使えないとは言っていない」
「じゃあ別の方法が?」
「私が後方で支援する。解析術と呼ばれる敵の情報の一部を見る事ができる魔法があるの。それを使って一つ一つ奴の能力を暴いて弱点を見つける。だから、貴方は奴から私の注意を逸らして欲しい。頼めるかしら?」
なるほど、俺たちで言うダンの代わりをしてくれるって事か。アンドルフの能力の詳細が少しでも分かれば確実にこの戦闘で優位に立つ事が可能である。俺は勿論、首を縦に振る。ライザは少しはにかみ、魔法詠唱を開始する。解析術は高速詠唱によって詠唱時間自体は時短されるが、対象の解析には時間がかかるみたいだった。俺は少しでもアンドルフがライザの様子を気になり出す前にアンドルフの目の前に立つ。
「グヒヒ、ナンダァ? オマエカラシニニキタノカ?」
ブヒブヒと鼻を鳴らしながら、グロテスクに変形した自身の蹄を舐め回す。
「それはこっちのセリフよ。あんたの体臭が臭過ぎて早く倒したくなっちゃったのよね」
俺がアンドルフに向けて煽るとその煽りを間に受けたらしく額から青色の血管が浮き出て、目つきも鋭くなっていた。
「テ、テメェ‼︎ チョウシニノルンジャネェ‼︎」
アンドルフは俺に向かってその腕で大振りに振り下ろす。
その攻撃が俺の身体を捕らえ、頭を押しつぶす。
手応え有りとばかりにアンドルフはニタリと笑う。
しかし、その攻撃は俺の身体を捉えたわけではない。攻撃が当たった瞬間、俺の身体は煙のように消える。
「こっちよ、遅い遅い」
「ンンゥ……ン!?」
アンドルフは後ろを振り向くと勿論傷一つない俺の姿があった。そう、アンドルフが捕らえたのは俺ではなく俺の残像だった。
「さて、じゃあ私もアルトに負けないように頑張りますか」
俺は腰からティターニアを抜き、アンドルフへ戦闘態勢の構えを取り、刃を向ける。アンドルフはそれに合わせて構え直す。俺は地面を蹴って、アンドルフの懐へと潜り込むと目にも止まらぬ速さでアンドルフのお腹へ斬撃する。
風支配とティターニアの質量無視による刃の流れと剣術のスキルによって強化された華麗なる剣技がアンドルフにダメージを与える。
「ガハァ‼︎‼︎」
俺はすぐさま距離を取る。アンドルフは苦しそうに地面に手をついている。何だ? 思ったより大した事は無いのでは? そう思った刹那、その考えは見事に彼方へと消し去られる。アンドルフのお腹の傷が高速に回復していっているのが見えた。その速さはガクトの持つスキル、自己再生の効果よりも早い治癒能力だった。そして、見ている内に傷は完全に塞がれ、お腹は元通りになってしまった。
「自己再生のスキル?」
「ハァハァ、グヒヒアブナイデスネェ……狂乱者ノスペックがナケレバシンデイルトコロデシタネェ……」
アンドルフは身体を起き上がらせ、額の汗を腕で拭う。
「ヤッテクレタネェ、ジャアワタクシモチカラヲダシマショウ‼︎」
そう言うと、変形した右手の蹄が動き出す。6つに分かれた爪の下の肉が一気に伸びる。そしてその伸びた先端に爪のついた太い肉が6つウネウネと触手の様に動いている。
ぬちゃぬちゃと動くその右腕の様子はもはや魔族ではなく、その域を超えた化物の姿であった。
「グヒョヒョヒョ! イテェ‼︎ ヘンケイサセスギテイテェヨォ‼︎ デモキモチィイイイイイイイイイイイ‼︎‼︎」
そいつは狂っていた。そのスペックの名の通り狂乱化していた。その眼は虚ろに動き、ただ痛みを楽しもうとする怪物、この姿は同族のオークでも寒気がする程に気持ちが悪い物であると感じる。何故なら、俺もその気持ち悪さが伝わっていたから。
「ウリィ……暴走術ノコウカガキイテキタミタイダァ……暴走術ハナァ、ワタクシガクルシメバクルシムホドチカラニカワル。イマノワタクシハサイコウニハイナノデスヨォ‼︎‼︎」
蹄とは言い難い形になったその右腕を俺に突きつけると、俺に向けて6つの触手が伸びて俺の身体を捕らえんと襲いかかってくる。俺は向かってくる肉をティターニアで斬り落としていくが、その斬った先から新たな触手が生まれ、増殖していく。
「増えるのこれ⁉︎」
触手の数が増加する事を知り、ティターニアで斬ることを止めると大気中の空気を自分の中心に集める。そして自分の真下へと解き放つ。
≪発動:風刃竜巻≫
ケルトを中心に囲むように竜巻を発生させ、バリアの様に襲いかかる肉を弾き返す作戦を考える。しかし、それは時間の問題でもあった。風刃竜巻には持続時間があり、効果が切れてしまっては防壁の意味をなさなくなるのだ。
くそっ! このままじゃ竜巻が消えちゃう!
その時、システムに反応があった。
それはライザからの思念伝達であった。
≪新着メッセージ:1件≫
「ケルト、聞こえるか? 思念伝達のスキルでお前に遠隔で声を届けている。今現時点で解析した所まで送る。全ての情報が解析し終わるまで耐えてくれ」
≪解析術の情報を共有します≫
name:アンドルフ=オルフィレス
種族:豚鬼
スペシャルスペック:【魔学者】
<初期スキル>
・【高速学習】(スペシャルスペック固有スキル)
・【高速詠唱】
・【魔法制御・呪殺】
・【魔法知識・極】
【狂乱者】
<初期スキル>
・【身体変異・異形】(スペシャルスペック固有スキル)
・【肉体強化・極】
・【怪力】
・【???】
≪所持スキルソート≫
スペシャルスペック・・・【魔学者】【狂乱者】
基本スキル・・・【身体変異・異形】
応用スキル・・・【増殖】【触手化】【???】
特殊スキル・・・【高速学習】【高速詠唱】【怪力】【???】
一般スキル・・・【魔法制御・呪殺】【魔法知識・極】【肉体強化・極】【言語:ローハンド語】
【言語:汎用魔族語】
EXスキル・・・【異端者の刻印】
耐性・・・【物理攻撃弱点】【???】【???】【???】
≪魔法≫
全物理魔法取得
暗黒呪文:呪殺・・・【呪霊術】【闇球術】
暗黒呪文:覚醒・・・【異形術】【暴走術】
暗黒呪文:降魔・・・【麻痺術】
神聖呪文:天啓・・・【魔法吸収術】
特殊呪文:禁術・・・【即死術】
特殊呪文:汎用・・・【浮遊術】
おお!結構解析してくれてる‼︎ ありがとうライザ。でも、耐性の部分が一つしか空いてない……物理魔法が弱点なのか。確か、俺が剣で斬った時に相当痛がってた。けど傷が瞬時に治癒されてしまう。もしかしたらこの空いていないスキルがその治癒の原因かと思われる。しかし、この状況下でこの情報は意味がなかったかもしれない。そう考えてる矢先で、竜巻の効果時間が切れたようで俺の周りを取り囲んでいた風の流れが消える。そして、その代わりに俺を取り逃がさんと四方八方に肉の触手が張り巡らされていた。
そして、一斉に俺へと掴みかかる。まずいと思い、紙一重で回避していくも、足元の触手に目がいかず転んでしまった。アンドルフはその一瞬の隙を見逃すことはなく俺の体に触手を巻き付けて拘束する。
「や、やっちゃった……くっ!」
捕まった俺は肉の触手によって体中を縛られて身動きを取ることができなくなっていた。俺はライザ様子を確認する。周りにはライザさんがいない。捕まってしまったのだろうか? それとも無事に逃げ切ることができたのだろうか。それは俺も分からない。しかし、今の現状で俺がピンチなのに変わりはなかった。
「グヒヒ、ヤットツカマエマシタヨ! ムダナアガキヲシテイタヨウデスガコレデオシマイダ」
「そう……かしら? まだ分からない……じゃない……」
俺は言葉で強がりを言って見せるが、今の苦しんでいる状況で俺の張ったりなどアンドルフには届かない。
「アキラメルカクゴハヒツヨウデーース。バズール、ファフネリオンヲタオシタジツリョクシャトキイテイタガショセンワタシノテキデハナカッタミタイデス‼ グ――ヒッヒ‼ ココデキサマヲニギリコロスノハオシイデスヨ。ソノキレイナヨウシガモッタイナイ」
そう言って、触手で俺の顔を舐めるようになぞる。この時、今までの中で一番気持ちが悪いと言う感情が爆発しそうになり、恐怖が湧き出てくる。
「キサマニハトクベツニ……キンジュツデキレイニコロシテアゲヨウ。ニクタイヲノコシテヤルワタクシノジヒノキモチダ‼ サァ!ウケトレ‼」
≪詠唱:即死術≫
アンドルフの肉の触手が黒いオーラを纏い始める。そのオーラは肉の触手を伝って、俺の方へと向かってきた。もし、この黒いオーラが俺の元にたどり着いた時、俺は死ぬ。
その時初めて、俺は死ぬ恐怖が心の底から溢れ出てくる。普通なら、泣きわめいたり、命を懇願したりするはずだ。しかし、俺の頭はパニック状態となりもうどうすることもできなくなっていたのだ。
抵抗することもできたかもしれないでも、身体が動かない。恐怖で体が動かない。今まで自分は死ぬことがないと思っていたがいざ死ぬ直前になると何も考えられない。黒いオーラはどんどん近づいてくる。
俺の冒険はここで終わってしまうのだろうか……
「シネェエエエエエエエエエエエ‼」
俺は死を覚悟し、目を閉じた。
「我が妹エルザよ、私ライザに力を与えてくれ『魔力集中』‼」
その時、遠くから眩い赤い光がこの部屋を照らす。その光の光源はライザ自身だった。本棚の裏に隠れていたらしい。
「悪しき魂を浄化する冥界の炎よ、我が杖より解き放て!!」
ライザがアンドルフへと向かた大杖が胸のライザの赤い石の光に共鳴して赤く光りだす。
≪詠唱:【煉獄炎柱術】≫
そして、アンドルフの足元に赤い閃光が生まれたその瞬間、アンドルフの体をすべて飲み込むほどの赤黒いまるで溶岩のような炎の火柱が上がる。
その魔法はこれまで見てきたものとは比にならないほどの威力を保持しているようで俺がまねできる代物ではないことが見て取れる。炎に巻き込まれたアンドルフは苦しみの声を上げていた
「アアアアアアアア‼ アツイイイイイイ‼ グァアアアアア‼」
ライザの攻撃によって魔法の詠唱はまたもや解除され、俺を拘束していた肉の触手も解かれ俺は地面に落ちていく。しかし、その下までライザが近づいており、俺を受け止めてくれた。
「大丈夫か?」
「ラ、ライザさん。ありがとう、はは……もう少しで死ぬところだったかも」
「……私はもう誰も殺させはしない。ケルト、お前にあとで頼みがある。聞いてくれるか?」
「私で良ければいいですよ」
俺がそう答えたとき、ライザは初めて俺に向けて人間としての笑顔を見せてくれた。
しかし、二人っきりでそんなことをしている最中でもアンドルフはまだくたばってはいなかった。炎によって体がドロドロに溶けて、肉の塊のような状態であったがそれでも意識はあるようだ。
「ギ……ギザマラァアアアアアアア!!!!!!!!!!」
もはやどれが顔なのか分からない外見であり、もうグロテスクと言う域を超えているがアンドルフはまだ戦闘の意思を持っている。
俺は、ライザの支えで立ち上がり、服を整える。
「ケルト、やれるか?」
「ええ、アルト‼ 貴方も来れる?」
(もちろんだ)
アルトのクールダウン状態が復帰したようで、俺の後ろの影からアルトがまた登場する。
「待たせたなケルト、死にそうだったな」
「うん、でもへまはお互い様でしょ?」
「はいはい……じゃ、寝起きの運動でもやるか」
ライザは大杖を、アルトは光の剣を、俺はティターニアを構えアンドルフとの最終決戦に臨む。





