107 ケルト&ライザ VS アンドルフ
ケルトによる攻撃で負傷したアンドルフは額に汗をかきながら、ガチガチと歯を擦らせて怒りの表情を見せる。
「また貴様かぁあ‼︎ わたくしがキマイラを仕掛けたと言うのに平気でノコノコとやって来ましたねぇ⁉︎ しかもわたくしの邪魔をするなど‼︎」
キリキリとこちらの方を睨むアンドルフを無視して、ライザの元へと駆け寄る。
俺は右手をライザにかざし、麻痺状態を回復する魔法を詠唱する。
「お前は……あの時の」
「すぐ終わりますから」
≪詠唱:神聖魔法:祝福…【完全回復】≫
「これは、回復魔法? それに高速詠唱まで……お前は一体?」
痺れが治まったライザ体を起こし、俺の方を向くと不思議そうな顔をしていた。
「ライザさん、やっぱり最上階まで来てましたか。流石です。でも、危ないところでしたね」
「ケルト、お前がどうしてここへ?」
「私達の仕事の為にここに来たんです。この塔の攻略を進めている途中であいつと出会い、恐ろしい怪物を出して道を塞がれたのですけど、為さねばならない使命の為に私だけここにやってきました」
俺たちが淡々と会話をしていると目の前で地団駄を踏んでこちらに注目をさせようとするアンドルフがいる。
「貴様らぁ‼︎ わたくしが目の前にいると言うのを忘れては無いだろうな⁉︎ 貴様らなどわたくしの魔法と禁術の前では無力にしかならん‼︎」
アンドルフは禁術の書かれた本を開くとすぐさま魔法を詠唱し始めた。
≪詠唱:暗黒魔法:呪殺…【呪霊術】≫
アンドルフの周囲に紫色の魔方陣が広範囲に展開されるとその魔方陣から黒色の浮遊体が複数現れる。その浮遊体の一つ一つに苦しんだ様子を現した顔が浮かび上がってくる。そして、アンドルフが俺たちに向けて手を前に出すとその浮遊体は俺たちに向かって飛んでくる。
俺はこの剣を引き抜き、その浮遊体を切り裂いていく。切り裂かれた浮遊体の周りから薄い膜が生まれるとその膜から先の浮遊体がその膜にぶつかり、移動先をアンドルフへと変えた。そう、これがラミーさんが付与してくれた魔法反射の効果だ。
「魔法反射ですか!?」
そう言って驚くアンドルフは紫の魔法陣を自分の前に生み出すとその魔法陣を盾にして跳ね返された闇を防ぐ。そして、その闇は魔法陣の中へと吸い込まれるように消えてしまった。
「ふぅ……危ないところでした。この本に【魔法吸収術】
が書かれていたので本当に私は運が良いですねぇくひひひひっ!」
「何よ、結局魔法はダメなのね。じゃあスキルと肉弾戦で戦うしかないか。ライザさん、まだ戦えますか?」
「ええ、当たり前よ」
「私が近接戦をします。ライザさんは奴の隙ができるように魔法で援護してください」
「……」
「ライザさん?」
「……ええ分かったわ。さっき、借りができてしまったからね」
「頼もしいです! じゃあ私も……出てきて! アルト!」
(はいよ)
俺がアルトの名を呼ぶと俺の後ろに生まれていた影が浮き出ると俺と同じ姿の分身体が現れる。
「久しぶりの使用空間だ」
「アルト、早速仕事だよ」
「仰せのままにだ主」
俺が普通に分身体を出したが、後ろでライザが驚いたような顔をしている。
「分身体? 精霊と契約したのか?」
「うん、今はアルトって名前だけど付いて行きたいって言うから名前つけてあげたの」
「ぶ、分身体から付いていきたいだと?」
「話は後で、先にこいつを倒してからにしましょう」
ライザには色々疑問に思うところがあるかも知れないが今は目の前の敵に集中だ。
俺はアルトとアイコンタクトを取ると、アルトがその場から消える。そして一瞬にしてアンドルフの真横へと現れた。
「遅いね」
「何っ⁉︎」
≪発動:【獰猛な大気】【神速】≫
そして、アルトは右手に溜めていた大気の塊をアンドルフの前へと突き出すと、目の前で破裂する。
流石はアルト、俺よりも俺の体の使い方も能力も理解しているのか、はたまた運動能力が元から高いのか見事なポテンシャルである。戦ったあの時、初めての身体なのにうまく動けていた事が今になって良い武器になっている。
吹き飛ばされた、アンドルフは本棚へとめり込んだが、傷がついている様子がない。また魔法を使ったのだろう。
アンドルフはめり込んだ壁からゆっくりと降りてくる。
「あ、危ないところでした……常時結界術をはって置いてよかったですよ。ですが、精霊の分身体でありながら一度の攻撃でわたくしの結界術を打ち破るとは驚きましたよ。ここまでの威力を持った分身体は初めてです。私も本気を出さなくてはいけませんね……あまりやりたくわないのでしたが」
アンドルフは片目のレンズが割れた眼鏡を投げ捨てる。眼鏡を外したアンドルフの顔は至る所に青い血管が浮き出てきており、相当お怒りの様子だった。
そして、何かを呪文を詠唱し始める。するとアンドルフの痩せ細った身体がどんどん大きく膨れ上がっていく。それは服が破けるほど大きくなり、異形の変化を遂げた。
≪詠唱:【異形術】【暴走術】≫
それは人間の姿などからはかけ離れた姿へと変貌していた。体長は3メートルオーバー、はち切れんばかりに膨れ上がった腕や足の筋肉。爪楊枝のように細かった指は鋭い爪が伸びた獣の蹄へと進化を遂げ、そして顔はあの頬骨が出たげっそり顔ではなく、鼻息を荒し、天に向いて伸びる尖った牙が特徴的な豚頭……まさに豚鬼と呼ばれる化け物に似つかわしい様子だった。
「グヒッヒッヒッヒ!! ミロ!! コノキタナラシイスガタヲォオオ!! ワタクシハコウミエテ豚鬼族ナノデス!!
コンナコギタナイスガタヲマホウデカクシテイタガ、ヒサシブリニチカラガミナギッテクルゥウウウウウウウ!!!!!」
アンドルフの異形に変化してしまった様子に少し驚いていたが、ライザとアルトはそれに対して動じている様子はあまりなかった。あれ? この中で驚いてるの俺だけ?
「まさか、異形術を変装用に使っていたとはな……まぁだからどうしたという話だ」
ライザはアンドルフに向かって大杖を向ける。
「的が大きくてちょうど良いよな、ケルト」
アルトは俺の隣で準備体操をして、やる気満々の様子である。しかし、俺には何か違和感を感じていた。
あいつの能力は『魔学者』と言われる恐らく魔法特化のスペシャルスペックであることは確かだ。しかし、そんなスペックを持っているのなら異形化などしなくても物理攻撃も魔法行使も身軽にできる変装状態のままでよかったはず。下手をすればその大きな図体で攻撃の的にもなるはずなのにそんなリスクを背負う必要があるのだろうか。もしかしたら、奴に何か考えがあるはずだ。俺がそう思考を凝らしている時、準備運動が終わったアルトが動き出す。
「さてと、死ぬ準備はできてるか? 行くぞ‼」
アルトは地面を蹴って、相も変わらない超スピードでアンドルフへと近づくとその突き出た腹に向かって一発蹴りをかまし、その蹴りから空中で宙返りするとアンドルフの顔面に向けて風の大気を溜める。その脅威の運動能力はさっきの心配事すらも忘れさせるほどに華麗なものだった。
「終わりだ」
≪発動:獰猛な大気≫
アルトとアンドルフの間で大気の大爆発が起こり、辺りに埃が飛び散る。俺は腕でその衝撃と埃から顔を守りながら様子を確認する。アルトは手ごたえありと言った表情でその先を見つめていたのだが俺は目を疑った。
「アルト‼ その場から離れて‼」
「は?」
埃が収まってきたときアルトの目線の先には傷一つ付いていないアンドルフの姿がそこにはあった。そして、大きな蹄がアルトを捉えて地面へと押さえつける。
「なにっ!? 攻撃は確かに当てたのに……」
「グヒョヒョオオオオオオ‼ コノテイドノチカラデワタクシガタオレルハズガアリマセン‼ ソレニワタシハコノスガタデチカラヲハッキスルノウリョクヲエスデスサマからイタダイテイルノダ‼」
すると、アルトを掴んだアンドルフの右手の蹄が肥大化し、右手だけでアルトを掴むとそのまま握りつぶしてしまった。そして、アルトは煙となり、俺の中へと戻ってくる。
「アルト⁉」
(俺は大丈夫だ……くそ、油断した。ケルトお前じゃなくてよかったとだけ言える。……悪い、俺は少し寝る)
俺の中のアルトの反応が消える。どうやらアルトは倒されるとクールタイムが発生し、次呼び出すのに時間が掛かってしまうと言う事か。とりあえず、俺の中で眠っておいてくれ。
それにしても、俺じゃなくてよかった。俺みたいな人間を一発で握り殺せるほどの威力……これも魔法なのか?
「これは魔法じゃない、あいつのスキルかもね。……まさか?」
「ライザさん、魔法じゃないなら……」
俺とライザは同じことを考えたはずだ。その様子を見てアンドルフがニタニタと笑い、口を開く。
「ソウダ、オレハエスデスサマカラノウリョクヲモラッタ‼ ソノナモ【狂乱者】‼ オレハスペシャルスペックヲフタツショユウシテイルノダァ‼グヒョグヒョオオオオオ‼」
やはりそうだった。こいつはスペシャルスペックを2つ所有する異端者だったのだ。
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