106 啓蒙ノ塔 最上階
一方、ライザは啓蒙ノ塔最上階にて数多に並べられた本棚を一つ一つ物色していた。これまでにいくつの本棚に並んだ魔導書を見てきたのだろうか、それすらも覚えることが嫌になるほどライザは数多くの本を手に取っていたが未だに目的の本が見つからない。
ライザが探している目的の本、それはこの世界で禁術として指定されている呪文が書かれた魔導書であった。この世界で意味する禁術とは主に命を司る呪文である。死んだ者の命や肉体を蘇らせる蘇生魔法、新たな生命体を生み出し、召喚する錬成魔法、そして生きている者の命を一瞬にして奪う即死魔法、この3つの魔法がこの世界では禁術指定されているのだ。
もし、この禁術を習得したことを知られれば、お尋ね者として国から追われることになり、間違いを犯してでも使用してしまったら神直々から狙われるほどの大犯罪者とされてしまう。
しかし、習得しただけでも国から狙われてしまう呪文なのだがライザにはそれが必要だった。
それは、ライザがまだ未熟な魔女だった時に傍にいた妹を蘇らせる使命を果たさなくてはならなかったのだ。そのためにライザはフィフ地方で厳しい魔術の修業を積み、ここまでやってきたのだ。何時間立ったのだろうか。ここに来るまでに相当な時間を費やしてここまで来た。さらに時間を重ねるが一向にその魔導書が見つかることがなく焦り、苛立ちを感じてくるようになる。それでも、ライザの燃えるその情熱と果さなくてはいけないと言う固い責任感が心を折らせることをさせない。
「っ……ここも駄目……」
悔しさからか本をしまう力も強くなり、自分が相当焦っていることが自覚できる。まさかここまで来て無いなんてことがあるのではないか? いや、そんなことはない。ここは啓蒙ノ塔……この世界の知識がここに詰まっている塔なのだから絶対にどこかにあるはずである。ライザは首に巻いている中央に大きな赤い石の装飾が付いたペンダントを持ち、中央の石の横にあるボタンを押すとその石が開いた。その中には元気に笑う青白いショートヘアでライザによく似た顔の少女の絵が入っていた。
「エルザ、私はお前のためにここまで来たのだ。どうか、姉の事を見守っていてほしい」
ライザは小さくそう呟きそのペンダントの石を握る。その時、背後から気配を感じたライザは咄嗟にそちらの方へと向く。
「おお、わたくしの存在にすぐに気が付くとは素晴らしいですよくひっひ」
そこには宙に浮いてニタニタと笑うロン毛の男がこちらを見ていた。
「まさかまさか、奴ら以外にもこの塔に来ている者が居たなんて……退屈せずに済みそうですねぇ」
「お前は一体何者だ」
「これはこれは失礼致しました。わたくし、エスデス様の傘下で魔法研究をしておりますエスデス代行7柱の中の1人、3柱目である魔族アンドルフと申します。以後、お見知り置きを」
そう言って男は丁寧にお辞儀をする。ライザは背中につけた大杖を掴むと男の方へとそれを向ける。
勿論、ライザとしても魔族と聞いては友好関係を結ぼうなど思うはずもない。
「おやおや、そんな物騒なものを私に向けるなど……もう少しコミュニケーションを取りませんと」
「お前と話す事などない。薄汚い魔族がここに用があるように見えないが?」
ライザの言葉にニヤリと男は笑う。そして、近くに置いてある。読書用の椅子へと腰掛け、その長い足を組む。
「失礼な。わたくしだって求めている物があるのですよ。それはもしかしたら……貴方と同じものかもしれませんがね」
「……貴様も禁術が目的か」
「ええ、やはり貴方もそうでしたか。ならば貴方とは話ができそうだ。ところで貴方はどんな禁術をお求めで?」
「貴様には関係のない事だと言ったはずだ」
「蘇生魔法、貴方が求めているのはそれではないですか?」
「!?」
アンドルフが心を読み取って言ったのか、それとも当てずっぽうだったのか。どちらであってもライザはその蘇生魔法という言葉に遂反応を示してしまった。勿論、その一瞬をアンドルフは見逃さなかった。
「そうですか、図星ですかくひっひひ。でも、良いのですかねぇ? そんな物を手に入れてしまったら貴方は神から狙われる事になる。そんなリスクを犯してでも禁術に手を染めようなど何を考えてらっしゃるのでしょうか?」
その時、アンドルフの正面からアンドルフの体を簡単に包み込めるほど大きな火の玉が一つ、アンドルフに向かって飛んでくる。アンドルフはそれに気がつき、上へと飛び上がり、その火球を回避する。その火球がアンドルフのいた場所に着弾すると大きな爆風が起こり、そこ一帯が消し飛んでいた。
ライザの大杖から白い煙が出ており、ライザの放った魔法による物であった。
「これは……下級魔法の火球術……それなのに何て破壊力なんですか」
「黙れ」
下に目線を向けている隙に気がつくとその火球がアンドルフに向けて複数個飛ばされて来ている事に気がつく。
アンドルフはそれを空中で紙一重で避けていく。その避けられた火球がアンドルフの後ろで破裂をすると爆風によってアンドルフは地面へと叩き落とされる。
「な……なんて威力……そして硬直時間のない高速詠唱……まさか貴様」
地面にひれ伏したアンドルフの頭上には大杖の先が向けられていた。そこには鋭い眼差しで見下しているライザの姿があったを
「私は能力者、【魔術者】のスペシャルスペックを持つ者だ」
「……くひっ、やはりそうでしたか。普通の魔法使いでは高速詠唱取得など不可能……それに低魔力で使える下級魔法さえもこれ程の破壊力を持つとはわたくしも少々油断しすぎたみたいですねぇ……」
腕で体を支え、うつ伏せ状態のアンドルフに向けた大杖は全くぶれることがない。
「……貴様の目的を教えろ」
「くひひひ、貴女の真似をしますと関係の無い事ですよ」
「言わないのなら今すぐにでも貴様の頭を破壊する」
「それは嫌ですねぇ……今回は特別にお教えしましょう。
即死魔法について探しておりました」
「即死魔法……」
即死魔法、それは禁術の中でも最強最悪の呪文であり、簡単に世界を滅亡へと追いやることのできる呪文として恐れられていた。即死呪文は神に対しても有効とされており、神殺しが可能となることから蘇生魔法や錬成魔法よりも深い場所へと封印されていると言う噂があった。
それと対になる呪文である蘇生魔法はその即死魔法に対抗する為に作られたと言われている。これも神に有効とされており、死んだ邪神を蘇らせる事ができると言う理由により禁術指定されてしまった。
この2つを比較しても即死魔法の恐ろしさの方が圧倒的である。
「この塔には即死魔法の書物が存在していると聞いてやって来たのですが、ここは面白いところだ。貴女と出会うまでに様々な書物がらあり、今すぐにでも魔法研究がしたくなってしまうほど夢中になりました」
「だからどうしたと言うのだ」
「でもその中でもっと面白いものがあったんですよ。1箇所だけ最上級結界魔法がかけられた本棚がありましてね、わたくしの知識でなら軽々とそれを解く事ができたのです。その中に何とね……」
アンドルフは胸元から何かを取り出す。それが薄いがどこか禍々しいオーラが漂う本を取り出した。魔法使いであるライザがその本がどんな本か一瞬で理解し、どれほど危険なものかを理解してしまった。
「それは魔導書! まさか貴様!?」
「くひ」
アンドルフが笑った瞬間、アンドルフの体の下から紫色の魔法陣が出現すると、そこから黒い波動がライザへと襲いかかり、ライザを吹き飛ばす。大杖で瞬時にガードしていたとしても大きく吹き飛ばされた事によってその魔法の威力は強大である事が分かる。
「実はわたくし、肉弾戦もいけるクチでしてね」
吹き飛ばされたライザの近くに瞬間移動したアンドルフの長い足による横蹴りがライザのお腹に脆に喰らってしまうとそのまま本棚へと叩きつけられる。
「ぐはぁ……」
蹴られた所を押さえながら、立ち上がろうとするが足に力が入らない。
「こ……これはまさか……麻痺術」
ライザの体がどんどん痺れて来て、立ち上がろうとしても顔を上げるのが精一杯だった。
ゆっくりと歩いてくるアンドルフに対して、ただ睨むことしかできない。
「き……貴様……まさか、禁術を……だが、魔導書の魔法は……使用するのに1週間は必要とするはずなのに……」
「いやーー申し訳ないですねぇ。先に私の目的のものが見つかってしまうとは……それにこの魔導書は素晴らしいですねぇ‼︎ 即死魔法以外にも有用な呪文が多数記載されてるんですよぉ‼︎ もう大興奮ですくぅーーひっひひひひ!!
因みに、私のスペシャルスペックは【魔学者】、ユニークスキルである【高速学習】によって一度読むだけですぐに魔法を行使する事ができるのですよーー‼︎」
くそ……この体じゃ状態回復呪文すら詠唱できない。ここまできて、私は負けるのか? 死ぬのか? 私の愛する妹よ……私はもう、ダメみたいだ。
「さて、私は覚えたての魔法は使いたくてしょうがない性格なのですよーー‼︎ せっかくだから最初の即死魔法の被験者は貴女に決定です。名誉ですよ? 何故なら世にも珍しい禁術で死ぬのですから。勿論わたくしも【高速詠唱】は持っていますから……楽に行かせてあげますからね……あの世へ」
アンドルフの周りに黒色の魔法陣が生まれるとそこから黒い煙が立ち込み、どんどんその量が増してくる。そして、その煙がライザの体内へと向かう。
≪詠唱:【特殊魔法:禁術:即死術】≫
すまない……エルザ……
【発動:飛来風刃】
その時、何処から飛んできたのか分からない複数の風の刃が黒い煙を掻き切って、アンドルフの体に直撃する。
「ああぁ‼︎ ば、馬鹿な⁉︎」
呪文の詠唱が阻まれた事により、黒い魔法陣がかき消され、黒い煙も消えていく。
「はぁ⁉︎ わたくしの美しい魔法実験が⁉︎ 一体誰ですか⁉︎」
「私よ‼︎」
高い位置の本棚から飛び上がり、華麗な着地を決める。
そして、アンドルフに向けて顔向けるのは……この俺、ケルト=シグムンドだった。
「やっと見つけたわ。観念しなさい、この魔法馬鹿」





