104 啓蒙ノ塔 ⁇階層
ダンとアマにキマイラを任せて、転送盤へと進んだ俺は転送最中に気を失ってしまっていたみたいだ。地べたに倒れており、目を擦りながら顔を上げ、体を起こす。
俺は既に何処かへと転送されていたようだがやけに妙な場所だった。部屋中が霧で覆われたかのように揺らめいており、何も物体がない。平面がどこまでも続き、壁が無い。
それどころか紫色の淡いライトで照らされているかのような不思議な空間だった。
ぱっと見ただけでは此処が最上階であると言う事は到底思えない。転送盤も何もない。少し歩いてみるがまるでその場から動いている感覚がしない。
「誰かーー! 誰かいませんかーー⁉︎」
思いっきり叫んで、走り回ってみるがやはり何も返答は返ってこない。それどころか俺の声が霧に包まれ、消えているかのようにこの部屋で声が響かない。
この様子がいつもの雰囲気と違う事を悟った俺は段々恐怖心が生まれてくる。
思いっきり走って数分、何も変わる事がない景色の中で息が切れて立ち止まる。俺の息切れの音もこの霧に吸い込まれているかのようだった。
先が見えない、誰もいない、出口がない、色々な要素が俺を精神的に苦しめる。
早く、早く向かわなくては行けないのに、先に進まなくては行けないのに。
此処は一体どこなんだ⁉︎
俺は風支配で突風を生み出して霧を晴らそうとする。
しかし、突風が生み出され、その霧にぶつかった時、霧は動く事はなく、そのまま揺らぎ続けるだけであった。
「おぉーーい! 誰かーー‼︎」
だめか……そう思った時、部屋全体から声が聞こえてくる。
「人間が入って来たか」
「⁉︎」
俺は驚き、部屋中を見回すが人影らしきものは見当たらない。そんな俺の様子を無視して謎の天の声は話し続ける。
「此処に外部の奴が入ってくるのは何年振りだろうか。本当に退屈していたところだったから丁度いい。少しは遊べる玩具ぐらいにはなってくれるだろう」
「どこ? どこで喋ってるの⁉︎ 出てきなさい⁉︎」
「慌てんじゃねえよ。折角此処にきたんだからゆっくりして行けよ。すぐに帰ろうだなんて寂しいぜ?」
焦っている俺とは裏腹にとても楽し気な口調で話す謎の声が俺の背後から聞こえた気がした。俺は恐る恐るゆっくりと後ろを振り向くとそこには黒い影のようなものが宙に浮いており、その影は人を模った様子ではある物の顔はついていなかった。ゆらゆらと揺らめきながらにじり寄ってくるその影から俺は離れるように後ろに下がる。
「ちょ……ちょっと! 趣味が悪いよ‼ いったい何が目的なの⁉」
「目的? フフフ……それはだな……」
その影の顔から赤い口が生まれ、にやりと笑うとまるで埃が風に吹かれるかのようにその影が晴れる。そして、その真の姿に俺は驚いてしまった。
「どうだ? 似てるだろ、お前に」
俺の目の前には俺と全く同じ姿をした俺が目の前に現れたのである。しかし、よく見てみると瞳の色が黄色く不気味に光っている。ただし、それ以外の部分では完全に今の自分とほぼ同じ姿をしているので、一目で判別することは難しいだろう。声も肌も顔もみんな一緒。違うのは瞳の色と顔つきだけ。これほどまでに俺の姿が一緒であるとかなり不気味である。確か、ファンロンも俺の姿になれると言っていたがそれと同じ能力なのだろうか?
俺の姿をした別の何かは俺とは正反対に余裕の表情でにやにやとにやけながら俺の方を見ていた。
「私と同じ姿?」
「驚いたか?」
「あなたはいったい誰なの?」
そう俺が訪ねると偽物の俺は鼻で笑ってみせる。
「俺か? 俺はお前だよ」
「な、何を言ってるの?」
「まぁ、正確に言うなら他者の外見を真似て悪戯する幽霊みたいなものだけどな」
「幽霊?」
よく見てみると、身体全体がはっきり見えているわけではなく足元の方がぼやけていたりしてシルエット自体がはっきりとしていない。
「あなた、死んでるの?」
「生きてるけど死んでる。俺はもともと、魔法で召喚された精霊で術者の分身としてこの世に呼び出された。しかし、その術者が俺を残して去っちまったから俺は主を失っちまった。そして、主が俺から離れていったことによって実体としても姿を出すことができずに唯一俺たちが居られるこの魔空間で彷徨ってたんだ。ここには時々色んな奴が迷い込んでくるからそいつらを脅かして遊んでたよ」
「ここは魔空間って言うの?」
「ああ、俺たち精霊種が居られる空間だ。普通の物質が暮らせるところは仕様空間と言われている。お前たちはその仕様空間から逸脱されてここへ来てしまっただろうな」
つまり、今いる世界と言うのが幽霊のような目に見えない者たちが彷徨える場所に俺が迷い込んでしまったという事。ゲームで言うところの壁抜けをしてしまったようなものである。
しかし、そんな空間に来たとなると話は変わってくる。俺には一刻も早く向かわなくてはいけない場所があるのだ。こんなところでゆっくりとしている暇など無かった。
「ねえ‼ あなたここから出る方法分かるんでしょ? お願いだ、ここから私を出してくれ‼ 急いで向かわなきゃいけないところがあるの‼」
俺の言葉を聞いた偽物の俺は少し目線を下げる。
「そうか、出てぇのか……早えよ早すぎるぜ」
そう言うと突然もう一人の俺体には見慣れたものが生み出される。それは、俺がいつも使う風支配の応用スキルの飛来風刃のエフェクトだった。偽物のケルトの体に纏わられた風の刃は偽ケルトが腕を前に出す合図とともに俺の方に飛んできた。俺は驚いて行動が一歩遅れてしまったが間一髪のところで残像を生み出すことが出来たため、回避することができた。
「それは私の能力⁉」
「ここに来た奴らはみんなすぐに出たがる。俺はそれにイラついてそいつの魂を喰らって生きながらえてるんだ。お前もいつもの奴らと同じだ‼」
そう言って、偽ケルトは攻撃を畳みかけてくる。飛んでくる風の刃を回避する。偽ケルトの単調な攻撃で油断していたのか気が付くと目の前に偽ケルトが距離を詰めてきていたのだ。
そして、偽ケルトの右腕から光が生み出され、その光は刀の形となると俺へと振り下ろす。俺はすぐに腰の妖刀を抜きその攻撃を受け止めた。
光の剣と神器、お互いが武器で鍔迫り合いながらにらみつける。
「何してんのよ私‼」
俺は偽ケルトの剣を弾き、後ろへと下がって距離を取る。
「はぁはぁ……」
「……」
息切れする俺と余裕そうな偽ケルト。同じ姿なのにまるでどこか対照的な感覚だった。
「俺にはもう一つ特徴がある。それは、姿を真似た者の弱みや考えを見ることができる能力だ。これは、術者と意思疎通を図るために宿された能力なのだがもう術者がいない以上俺の好きに使って構わない」
「な、何よ……だから何だって言うの」
「お前には仲間がいるんだな、とても頼りになる仲間だ」
「ええ、いるわよ……」
「だけど、怖いんだろ? 仲間の事が……」
「え?」
「自分には個性がない」
「⁉」
偽ケルトの言葉に俺の心臓がまるで太い矢にでも打ち抜かれたかのような衝撃が襲い掛かった。俺にとって言われたくないこと……俺にとってのタブー、それは個性の話だった。





