96 機械仕掛けの神
質素だがどこか風格のある大きな木製の椅子に座り、両手は椅子の肘おきに置かれ、まるで人形のように佇むその少女、背中には長いコードが数多に刺されており、そのコードを目で辿ると後ろに続いているように見えるが暗闇で何があるのかよく分からない。
少女の肌はとても白く、まるで石膏で作られた人形なのではないかと思うほど色が無い。
唯一、色彩を確認できる薄い金の髪色が彼女が生きている証拠だと示してくれている。
「ようこそ……人族」
突然目の前の少女は吐息のような声で俺たちに声をかけてきた。少女は目も開けず、ただ静かに目の前で目を閉じたまま口だけを開いている。
「驚かせたこと……ごめん」
少女は少しだけ、頭を下げたような気がする。身体が少しだけ縦に揺れたからそう見えたのだ。
「おいで、グラウクス」
そう言うと後ろの扉から鳴き声が上がると共に空中からグラウクスの身体が色づいて実体化すると少女の椅子の隣に着地する。
「この子は門番……不審者が来ないように印を持った人だけを通すようにしてたから……」
「貴女がここの神様?」
「うん……私はマキナ、このハイエロストンの生命」
マキナとはリベアムールから言われていた神の名前だった。彼女こそがここの神、『マキナ=グラウコービス』なのだった。
俺が想像していた姿とはちょっと違ったため意外な感じだった。リベアムールやケテルネスのように見た目だけで神の風格が漂うような感じだと思っていたのだけど、マキナは神というよりかは身体が弱い病人、もしくは貧しい少女のような見た目をしている。
しかし、どこか不思議なオーラが漂っており、得にもマキナをつなぐ後ろの数多のコード類が少し不気味であった。
「ごめん……身体弱いから……【魔力補助武装魔導器】が無いと上手く話したりも出来ない……」
それを3人でジッと眺めすぎたのかマキナが気を利かせて言ってくれた。
「ご、ごめんなさい! じろじろ見すぎました!」
「いいよ……人族はみな好奇心旺盛……」
そう言って、口元が少しだけ緩んだ。
「で……あなたたちの名前は?」
「申し遅れました。私はケルトって言います! こっちは仲間のダンとアマです」
「こんにちはーー」
「ども」
「うん……で……要件は何? 印があるって事は普通の人族では無いと思うのだけど……」
「はい、実は私たちワンス地方にいらっしゃるリベアムール様のお使いとしてこちらに来ました」
「リーベ……そう、続けて……」
「それで、リベアムール様が邪神エスデス討伐のために他地方の神様達と共同同盟を結びたいと言う話がありまして、リベアムール様ご本人がマキナ様の元にうかがえないと言う理由で私たちが代わりに現れました」
「そう……それはご苦労様……」
それからマキナは口を閉ざし、部屋には沈黙が広がる。グラウクスがキョロキョロと首を動かし、主であるマキナの顔を見ている。そして、少し経ってからマキナの口が開かれる。
「残念だけど、その契約には答えられない……ごめんなさい」
結果は『契約拒否』の言葉だった。やはり、そう上手く契約には乗ってくれないのは検討はついていた。では今度は理由を聞き出すほか無い。
「どうしてですか? 何かマキナ様に問題でもあるんですか?」
「……理由は二つ。一つは私は他の神よりも力にならない事。そして……もう一つは……私自身、ここから動けない事」
「動けない?」
「この国の民も絡繰も殆ど魔導器で動いている。その魔導器を動かすには魔力のこもった【魔導石】と呼ばれる物を核としなくてはならない。今、私がこの国の魔力の殆どを供給している。だから……私がここから離れたらこの国は機能を停止する。死んでしまうの……私の国が……」
つまり、この神自身がこの国全体の魔力を供給しており、ここから離れると国の機能が全停止するから大規模なブラックアウトが起こると言う事か。
「もしかして、俺らが歩いてくる最中にあっためっちゃくちゃ沢山繋がってたパイプラインっちゅうのはまさかあんたの魔力を通してたのかいな!?」
「ええ……その通り。私の神器【魔力補助武装魔導器】が無いといけないのは
その為……この神器は私の魔力を吸い出し、それを様々な機能へと置換する。今なら、他者への魔力供給と私の生命維持に設定してる……」
「そうなんや……なら、ここから動けないのもしょうが無い話になるんやな。どうするかケルトちゃん? 下手に契約を強要できひんけど、このまま帰るわけにもいかんよな」
リベアムールから期待された頼まれたこの大きな仕事を何の成果もなく帰る事なんて出来るわけがない。もし、魔力供給の方法がマキナが離れても一時的に継続して出来る方法は無いのだろうか?
「マキナさん、マキナさんの神器の方法以外でこの国を維持し続ける方法はないんですか?」
「……」
マキナは目線を下げ、少し考えている。しかし、言おうか言わないか悩んでいる様子である。
きっと何かしらの方法があるんだろうが、難しい内容なのか、はたまた俺たちの事をまだ信用していないのか。
もし、どちらとも捉えるなら『難しい内容だからこそ任せられるかどうか不安』と考えた方が良い。
なら、どうすれば信用してもらえるのだろう。
そのとき、ダンが口を開く。
「マキナ様! ケルトちゃんのこれ見てくださいよ!」
そう言って、ダンが俺の身体をぐるっと回し、俺のお尻をマキナの方へと向ける。
「え!? ちょ!?」
「この剣なんと……マキナ様と同じ神器なんですぜ!! 普通の人間がこんな物持っている訳ありませんよね? これはもうリベアムール様が認めてくださるわけだ!!」
「それは……【深緑の妖刀】」
ダンの突拍子もない行動に俺がウィスパーボイスで突っ込みを入れる。
(ちょっと!! 急にやられるとびっくりするじゃん!!)
(すまん! でも、信用を高めるには神器見せた方が早いんちゃうかなっておもったんや)
神器が信用の証明になるか分からないが争いなどがない以上、私たちの力の証明を表す物はダンの言う神器しかない。
しかし、これでマキナが私たちに提案を話してくれるのだろうか。
「それ……どうしてあなたが持っているのかしら?」
マキナが俺に真剣なまなざしで質問をしてくる。
「とある事件を解決して、妖精から貰った羽から生まれました」
「そう……」
マキナがまた少し考えた後、言葉を発する。
「……一つだけ方法がある」
話を持ち出してくれたと言う事は信用を得ることが出来たみたいだ。神器って本当に凄い物なんだな……
ダンがどや顔でこちらを見てくる。いつもならウザいだけだが、ここはダンのお手柄なのでどや顔させておこう。
「だけど……この提案は普通の人族ならとてもとは言えないほど過酷な試練……その試練を行う覚悟があるの?」
過酷な試練なんて物は今まで何度も経験している。もう怖じ気づいていられる暇など無いので即答でその問に答えた。
「覚悟はあります」
「……その目は確かな覚悟の目、それなら私はあなたたちに話しましょう」
私はマキナと契約するためにやってきたんだ。マキナが契約に承諾してくれるのならどんな仕事でも受けようではないか。それくらいの覚悟でここに来ていることを忘れてはならないのだから……





