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SS 貴婦人ブリュンヒルデとアイスティー・パーティー(3)

 アレクセイとナターリヤの家に入った。

 木でできた粗末な造りの家にも関わらず、ところどころに刺繍の入った布や植物の緑を使っていて、派手さはないが清潔感に溢れた落ち着いたインテリアだ。

 

「キレイにしてあるな」

「ユーリ様がいらっしゃるからキレイにしているだけですよ」


 アレクセイは謙遜しながら、床の扉を開けてワインを取り出した。


「葡萄酒でいいですか?

 奥には、はちみつ酒もありますけど」


 その言い方だと、葡萄酒がおすすめなんだろうな。

 

「オレ、葡萄酒好きだよ」

「では、これで」


 アレクセイが器用に葡萄酒を開けると、ポンっといい音が響き渡った。


「へえ、発泡してる葡萄酒か」


 葡萄酒は透きとおっていて、色はパープルとピンクの中間、泡は真珠のようで飲むのがもったいないくらいだけど……美味しそうだよな。


「王都に来ている商人から葡萄を買い付けた時に、発泡する酒の作り方を聞きました。

 うまく作れたようですね」


 アレクセイは葡萄酒をグラスに注いでくれた。

 「失礼します」といいながらアレクセイは自分の分も注いでいた。


「では、乾杯しようか」

「はい」

「「乾杯チアーズ」」


 グラスのふちとふちを軽く触れ合わせると、小さくチリンと鳴った。


「発泡しているので舌で転がして味わうより、グッと飲み干すのがおいしい飲み方だそうです」

「じゃあ、グッと飲み干してみるよ」


 オレは言われた通りにしてみる。

 おお、葡萄の熟成された香りと爽やかな刺激が鼻と喉を通り抜けていく。


「プハア」

「……フウ」


 アレクセイはおかわりを注いでくれた。


「ユーリ様、いい飲みっぷりでしたからもう一杯と言わずお好きなだけどうぞ」

「うん、うまいな。コレ」


 二杯目の葡萄酒を今度は少しずつ味わう。

 アレクセイがナッツを大皿で持ってきた。


「酒のあてはこちらで」

「ありがとう……そろそろ話を聞こうか。

 アレクセイがうなだれるくらいの話を」


 アレクセイはオレの真正面に座った。


「軍事作戦での演説より、自分のことを話す方が緊張しますね」


 アレクセイは照れたように笑って、少しだけ歯をのぞかせていた。


「さて、どこから話したものでしょうか。

 先ほどの女、ジーナには兄がいました。

 名はキリル。

 キリルは、雪山で遭難した私とナターリヤを助けてくれました。

 村一番の英知と強さを兼ね備えた男……私はキリルを尊敬していました」


 アレクセイがグッと葡萄酒を飲み干した。

 オレがおかわりを注いでやる。


「す、すみません」

「気を遣うな。

 今は飲み友達と話をしているだけだ、そうだろ」


 アレクセイを恐縮させないようオレは目いっぱいの笑顔を向けた。


「ありがとうございます」


 アレクセイの顔は酒で赤くなっている。

 酒には弱い体質なのかもしれないな。

 ロシヤにはたとえばウォトカなどのもっと強い酒があり、フツーの大人は寒さに対抗するため強い酒を常飲しているから葡萄酒一杯くらいじゃアレクセイみたいに赤くはならない。


「キリルは、この小さな村で一生を終える器ではありませんでした。

 勉学に打ち込み、試験を受けて騎士となり、領主に仕えました。

 私はキリルを目標に、日夜勉学や魔法の修練に励んだものです」


 アレクセイにしては珍しく語りに抑揚がある。

 酒も入っているし、無意識なのだろうな。

 アレクセイにとっても、楽しかった子ども時代の話だからだろうか。

 

「私もキリルを追うように騎士となり領主ガガーリン家に仕えました。

 体術、剣術の苦手な私が配属されたのは、騎士とは名ばかりの後ろ暗い仕事ばかりの暗部でしたが……

 それでもね、ナターリヤは褒めてくれました。

 ジーナもキリルもまるで自分のことのように喜んでくれました。」

 

 アレクセイの目に輝きが増す。


「私とは違って、剣術も使え見目麗しいキリルはどんどん出世していきました。

 若年層の騎士たちのリーダー格となり、サロンを開いては理想の政治、理想の国について熱く語っていました」


 アレクセイは眉を吊り上げた。

 怒りの表情は珍しい。

 

「その頃、地方に配属された騎士たちの村への統治はずさんで過酷なものでした。

 徴税官の騎士たちは村々に重税を課してピンハネし、上役に賄賂を使って悪行のお目こぼしをしてもらう……そんなことが平然とまかり通っていたのです。

 そのことにキリルは心を痛めていました」

「立派な人物だったのだな」

「ええ……最期まで立派な人物でしたよ」


 アレクセイは空のグラスを置いた。


「アレクセイ、まだ飲めるか?」

「飲まずにいれますか」


 オレがおかわりを補充するとすぐ、アレクセイはグイっと飲み干して話を続けた。

 オレはアレクセイのグラスを満たした。


「キリルは革命を企てていました」

「……気持ちはわかる」


 オレは実際に国に反逆したから。


「年初めの村祭りに参加するため、私もキリルもこの村に帰省していたことがありました。その時に私も誘われたんです。

領主に反抗するレジスタンスに参加しないかと」


 アレクセイは拳を握り、ナッツを口に放り込んだ。


「私はね、ユーリ様。

 キリルに誘われたとき既にガガーリン家の騎士たちへの内偵の仕事をしていたんです。

 味方殺しだってやりました」


 アレクセイは自分の手のひらを見つめ力強く握った。


「だから、キリルとレジスタンスを結成する奴らの中にロクでもない奴らがいるのを知っていた。

 農奴の身を憂いたその足で、獣人たちの村を略奪するような奴らでした。

 私はレジスタンスに参加するにあたって、条件を付きつけました。

 ロクデナシの奴らを仲間から追い出せと」


 アレクセイは下を向いた。


「キリルは皆を信じていました。

 昔、略奪をしていた奴らだって、自分と同じ理想の国に帰るため、改心したんだと。

 私はガガーリン家の内偵としてキリルを裏切ることも、レジスタンスに参加することもせず、ただ一言『逃げろ』とだけキリルに伝えました。

 村には既に領主の手が回っていたからです」


 アレクセイは葡萄酒で喉を潤し、グラス片手に話し続けた。


「領主ヨシフは、祭りに浮かれるこの村を人質に取りました。

 重武装の騎士たちを引き連れ村を囲み、キリルが姿を見せなければ家を一軒、一軒焼いていくと……

 キリルの仲間たちは、村のことなど気にせず我先に逃げていきました。

 きっと逃げた先で略奪でもして、再起を図るつもりだったのです。

 しかし、キリルはこの村を捨てられはしなかった。

 この村には妹ジーナがいるのです。

 キリルは領主の目の前に姿を現し、重武装の騎士達を10人ほど躯に変え、領主にもう少しで刃が届くかといったところで、心臓に矢の直撃を受け、帰らぬ人となりました」


 アレクセイが持っていたグラスを空にするとすぐにオレがおかわりを注ぐ。


「ありがとうございます、ユーリ様。

 私はキリルと共に行けませんでした。

 ナターリヤとともに家で震えておりました。

 ですから、この国を良くしたいというキリルの思いくらいは継いでいきたいのです」

「オレも、手伝うから」

「よろしくおねがい……します……」


 酒に弱いアレクセイは寝てしまったようだ。


「失礼します」

「ユーリ様……ここにいたのですね」


 ナターリヤとブリュンヒルデが連れ立って家に入ってきた。

 

「ユーリ様、もう遅いのでナターリヤに頼んで今日は泊めてもらいましょう」

「もう暗くなっていますからね」

 

 ナターリヤは窓から外を覗いていた。辺りはすでに暗くなっていた。


「じゃあ、ブリュンヒルデみんなを呼んで来てくれ。

 今日はこの家でみんなで寝よう」

「はい、ユーリ様」


 ブリュンヒルデは頷くとオレに耳打ちした。


「みんなが寝たら、二人で夜の散歩に行きませんか?

 夜の森にはオオカミが出るかもしれませんけど」

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