SS 貴婦人ブリュンヒルデとアイスティー・パーティー(2)
オレたちはアレクセイとナターリヤの用意してくれた屋外の席に座る。
今日は天気もいいし、外でのティーパーティーとなった。
「クッキーおいしい」
「冷やし飴もおいしい」
カンナとキヅチはさっそく座るやいなやテーブルに用意されたお菓子へ全力投球だ。
「どうぞ、奥様」
オレの隣に座ったブリュンヒルデのカップへナターリヤが紅茶を注いでくれた。
「ありがとう、ナターリヤ」
「水出しなので、雑味が少ないですよ
どうぞ、ユーリ様も」
オレの分も注いでくれた。
いただくか。
「へえ、雑味もないし、アイスの割に香りも良く出ているな」
「ありがとうございます。
香りの良くて強いものをいつもアレクセイが王都から送ってくれるんです」
アレクセイが頭をかいた。
「あまり村に帰れないときもありますから、せめて妻に贈り物をしてやりたくて」
「いい旦那だな」
アレクセイはほんの少し目を開いてくれた。
「妻はティーパーティーが好きなのです」
「あなたが送ってくれるものだから家の中は本当に茶葉で一杯で……」
二人は互いに思いやっているいい夫婦のようだ。
二人の熱々ぶりにあてられたのか、ブリュンヒルデがオレの手を取った。
「私も、ユーリ様からの贈り物が欲しいのです」
ブリュンヒルデは熱のこもったひとみでオレを見つめていた。
「なんだ、今日は素直だな」
「いつもは陰からお守りしていますけれど、隣にいる今日くらいは素直にふるまわせていただきます」
口元まで笑っているブリュンヒルデはめずらしいな。
「木工細工でよければ、何か作るよ。
いつも頑張ってくれているからな」
「本当ですか、言ってみるものですね」
ただの木工細工にはしゃぎすぎだぞ。
ブリュンヒルデはうれしそうにアイスティーを楽しんでいた。
「本当においしいですわ、ナターリヤ」
「ふふ、ブリュンヒルデさまに褒められて光栄です」
「あ、そうでした!」
何かを思い出したかのように立ち上がると、ブリュンヒルデが手を叩いた。
「ククル、アレをお持ちして」
「はい、ブリュンヒルデ様」
ククルがブリュンヒルデのもとにきて膝をつく。
メイド役だから役割に徹しようとしているのだろう。
立ち上がってパチンと指を鳴らした。
すると、馬車の中から大皿がゆっくりと空を飛んできた。
「まあ、ブリュンヒルデ様、手品ですか?」
「ナターリヤ、これが貴族というものですよ」
ブリュンヒルデは胸を張るが、お菓子を空を飛ばして持ってくるのは貴族が誰でもできるわけではないし、そもそもお前貴族じゃないだろ。
「さすが、ブリュンヒルデ様ですね」
ナターリヤに褒められていい気分になってるブリュンヒルデが楽しそうだから突っ込まないけどさ。
すとん、とカンナとキヅチが食べつくしたお菓子のお皿の上に大皿が収まった。
「おかわり来たー」
「おいしそー」
カンナとキヅチが嬉しそうに新しいお菓子を見た。
「焼き菓子」
「マドレーヌ」
新しい獲物に二人のお菓子ハンターの目が輝いていた。
「ふふ、それはナターリヤにまずあげるモノですわ。
あなたたちのモノではありません。
ククルに教えてもらって、私がナターリヤのために一生懸命作ったのですから」
カンナとキヅチは一気に不機嫌になった。
「ブリュンヒルデは根暗」
「ぶす」
「な、何ですって!」
カンナとキヅチの悪口にカッとしたブリュンヒルデがドレスから飛び出してきた暗器を周りに漂わせた。
「謝りなさい、カンナ、キヅチ」
「やだ」
「べーだ、おっぱい小さいくせに」
暗器が宙を回転していた。
「……消えなさい、二人とも。
かすっただけで死ぬ暗器がお望みのようですからね」
あ、ブリュンヒルデのやつ目がマジだ。
ククル達はおろおろしていた。
それにしてもカンナとキヅチは口悪いな、あとでお尻ぺんぺんしておこう。
「まあまあ、二人とも一緒に食べましょう。
ブリュンヒルデ様も」
ナターリヤが間に入ってくれた。
「きっとマドレーヌが美味しそうだから二人とも食べたくなったんでしょうね。
ブリュンヒルデさまのつくってくれたマドレーヌみんなで食べましょう。
ブリュンヒルデ様、私のためにありがとうございます」
「ナターリヤ」
ナターリヤがブリュンヒルデの手を取った。
「ブリュンヒルデ様、さあ、気を取り直してみんなで食べましょう」
「……そうですね、貴婦人たるものいつも余裕を持っていませんと。
さあ、みんなで食べますよ」
「「はーい」」
カンナとキヅチも自分たちも食べられそうでご機嫌だ。
結局みんなで食べることにしたらしい。
ブリュンヒルデはいっぱいつくってあったようだ。
ナターリヤもブリュンヒルデもアイスティーを飲みながら、マドレーヌをほおばっていた。
ん? アレクセイから手招きされた。
みなに聞かれたくない内緒話でもあるのかな。
ティーパーティーから離れた場所までアレクセイと歩いた。
「ユーリ様、ありがとうございます」
アレクセイが深く礼をした。
「何だよ、かしこまって」
「ナターリヤは、以前は明るい性格だったのです。
ですが、最近は尋ねる人もいなくて……パーティーを開きたいとしきりに私に訴えていたのですが……尋ねる人もいないまま私が送る茶葉が溜まるばかりで」
アレクセイの涙目なんて初めて見たぞ。
「ブリュンヒルデ様の来訪、心待ちにしているようでした。
ナターリヤは雪女ですから、誰にも相手をしてもらえなくて……」
アレクセイは鼻をすすっている。
「……こんなに嬉しそうなナターリヤは初めて見ました」
「そんなに喜んでくれるなら、また一緒に来るぞ」
「ぜひ、茶葉は腐るほどありますから」
おっと、アレクセイの糸目が開いている。感激しているようだ。
ん? 女性の村人が歩いている。オレと目が合ったはずだが、目をそらし足早に通り過ぎようとしていた。
「ジーナ」
アレクセイは村の中を歩く女性に声をかけた。
「何よ」
ジーナと呼ばれた女性はアレクセイの声に足を止めた。
「今、ナターリヤの友達とティーパーティーをしてるんだ。
良かったら、お前もどうだ」
「ふーん、友達ねえ。
友達って、ユーリのこと?」
その女性はオレのことを知っているようだった。
まあ、反逆者の親玉だから知っていても不思議はないけど。
「ユーリ様、だ。
この村にも良くしてくださってる」
アレクセイが近寄ると、ジーナは手を払った。
「近寄らないで。
雪女の入れた紅茶なんてまずくて飲めたもんじゃないわ」
「お前……」
アレクセイは辛いのか、下を向いた。
「世渡り上手よねえ、アレクセイ。
ユーリが強いって知ると、身を立ててくれた領主を捨てて反逆者にゴマをする。
グラマラスなナターリヤでも献上したの、ご主人のユーリに」
アレクセイはナターリヤを馬鹿にされて怒っているようだ。
ジーナに近づく。
「何よ、殴りたいなら殴れば?
この村に来た騎士みたいに好きにすればいいじゃない、どうせ、あなたはナターリヤしか守らない」
「ジーナ」
アレクセイは足を止めた。
「いいのよ、別に私のことは。
騎士達だって酌でもすれば殺しはしなかったからね。
でも、アレクセイ。
お兄ちゃんのことは私、忘れてないから」
「ジーナ」
ジーナはそう言い捨てると村の奥へ走って行った。
「家に入ろうか、アレクセイ。
酒ぐらいあるんだろう」
「ユーリ様……」
いつも余裕を見せていたアレクセイがこんな表情を見せるなんてな。
「オレも、【人から嫌われるスキル】がなくなったからお前の話ぐらい聞いてやれるぞ。
それでも、アレクセイ。オレの酒が飲めないか」
「……ブリュンヒルデ様がいてくださるから、私も今日ぐらい偵察の任務から解かれてもいいですか、ユーリ様。
私は、いつも気を張っていたのです」
「ああ、ご婦人たちは楽しんでるようだから、オレたちはオレ達で楽しもうか」
打ちひしがれたアレクセイに肩を貸し、オレたちは家の中に入った。




