ss カラダを取り戻した九十九神(2)
オレの手を握ってくるクリームから体温が伝わってくる。
『女神』を倒したことにより、九十九神は力を取り戻したと言っていたが……
「近い」
「近づいていますから」
ベッドの上でクリームが手を握ったまま、オレに関節技を極めようとしてくる。
「隙ありです」
はは、オレを誰だと思ってるんだ。
王国最強の戦士、ユーリ・ストロガノフだぞ。
鮮やかに体を翻し、クリームをベッドに押し倒す。
「まだまだあ!」
クリームが闘志を燃やしているのでオレも盛り上がってしまった。
「オレに寝技で勝てるかあ!」
オレはジャイアントグリズリーを相手にして締め倒したことだってあるのだ。
「……ユーリさま……」
オレは頭に血が上って全力で寝技をかましてしまい、スカート姿のクリームはあられもない姿でオレに極められてしまっている。
「参りました」
「あ……うん……」
オレが力を緩めると、自由になったクリームはオレの胸に転がり込んできた。
「私、温かくなりました」
「わかるよ、良かったな」
向き合ったままのクリームがオレのほっぺたをつねる。
「なんだよ」
「私の長年の夢をかなえてくれた人が、なんでこんなに可愛い顔をしてるんでしょうかと思って」
オレの頬をつねるクリームの手はまるで寝起きのように温かかった。
「からかうなよ、童顔なのは気にしてるんだ」
「ふふ、すいません。
だって、なんだか嬉しくなって」
クリームはオレの方に体を向けた。
「体温が戻ったこと以外にも、体を取り戻したのでいろいろ変化したんです」
クリームは満面の笑みでオレを見つめている。
「表情が豊かになったな、そういえば」
「それはきっと内面の変化が顔に出てるんでしょうね。
感情が豊かになったんです」
「だから笑顔が良く出るようになったのかな」
クリームは自分の顔を触った。
「あ、今笑ってましたか」
「うん」
「ユーリ様と一緒にいるからですよ」
ちょっとオレが照れるくらいの笑顔を向けてくれるので思わず反対側に体を向けた。
「どうして後ろを向くんですか」
「クリームの服が乱れているからだ」
「ユーリ様が言いますか?」
確かに闘志を燃やしてしまって、クリームに寝技を極めてしまってあられもない姿にしたのはオレなんだけど。
背中から音が聞こえる。
クリームがなにやらガサゴソと取り出して、服装を整えているようだ。
「直しましたよ」
「そうか」
オレがクリームの方へ寝返りをうった。
「どこが直ってるんだ!」
オレが見たクリームの服装はさっきと全く変わらないので、スカートはめくりあがっているし、ジャケットの下のブラウスははだけてしまっている。
「お団子が乱れてしまっていたのと、お化粧が落ちていたので直しました」
確かにクリームが言ったところは直っている。
オレは、クリームが差しだしてきた頭のお団子をなでた。
「頭を撫でられるのって、こんなに嬉しいものなんですね」
感動したように胸の前で手を合わせているクリームは体をぎゅっと押し当ててきた。
「はあ……」
「どうしたんですか、ユーリ様」
「結局、オレはお前の思い通り篭絡されて、女神を倒してしまったな」
オレはクリームのほっぺたをつまんだ。
「もう、痛いですよ」
オレは手を離した。
「でも確かに、ユーリ様は女神を倒してしまいました。
……でも、それは私じゃなくてハガネに篭絡されたんだと思いますけどね」
クリームは後ろを向いた。
「否定はしないけど、すねるなよ」
「すねていません。
後ろ姿も可愛いねって褒めてほしいだけですよ」
いや、やっぱり少し声色が怒っているようだけど……
ちょっと話題を変えてみよう。
「なあ、クリーム。
武器にはもう戻れないのか」
クリームは、言葉もなく武器に変わった。
――それが、武器となった暮らしが長かったせいなのか、まったく問題なく戻れるんです。
オレが武器となったクリームに触れるとあっという間にまたヒト型に戻った。
「だから、問題なく今後も握ってくださいね」
オレはクリームの肩を握った。
「これからも頼むぞ」
「任せてください!」
元気のいい返事だ。
「後ですね、ユーリ様の世継ぎの件なのですが……」
今までクリームはオレの【九十九神】スキルを後世にまで残そうと、戦いで負けた女戦士を裸で縛り上げてオレの寝室に放り込んだり、ネコ族の娘たちを勧誘してきて素っ裸でベッドにもぐりこませたり無茶苦茶をし続けてきた。
「クリーム、そろそろ戦いに負けた女戦士を裸で縛り上げてオレの部屋にぶち込むのはやめてほしい。
オレも『ヒトから殺したいほど嫌われるスキル』がなくなったから、人間を縛り上げる必要なんてないからな」
「ええ、ユーリ様。
もう、人間なんてモノをユーリ様の寝所にぶち込む必要はなくなったんです」
あのな、『人間なんてモノ』ってモノ扱いするなよ。
オレは人間なんだからな?
「私が間違っていました。
子作りは愛をもって行うもの。
もう金輪際、人間なんてユーリ様に指一本触れさせません」
クリームはぎゅっとオレの手を握った。
「わかったくれたのか、クリーム!」
「ええ、ユーリ様!」
オレもクリームの手を握り返した。
「でも、金輪際人間に触れさせないって何?
触れないと子作りできないんだけど……」
クリームは手を握っているオレの手をゆっくり外し、手指のひとつひとつをクリームの手指と絡ませた。
「私たち九十九神は神としての力を取り戻しました。
一つは、体温を。
もう一つは、感情を。
そして、最後に神としての『肉体』を取り戻しました」
クリームはうるんだ瞳でオレを見つめた。
「……ユーリ様、私は生物としての体を取り戻したのです。
生を受け、子を成し、死んでいくその肉体を」
クリームの吐息がオレの首筋にかかっていた。
「だから、ユーリ様は他の誰にも触れる必要はないのです。
私にだけ、触れてくれれば……」
クリームは絡んだ手指をほどき、両手を出してオレを招いている。
――重ねた唇はいつか触れた時よりも温かかった。




