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84 指輪

 女神を吸収した6本の短剣はふわふわと空中に漂っている。

 短剣は氷竜の魔力によって研ぎ澄まされており、青白い光を放っていた。


「女神は6つに分割され、この短剣に入っています。

 フフフ、やっと私たちの勝ちを確信してくれたみたいですね」


 クリームがいつのまにか立っていた女に声をかけた。

 赤いミディアムヘアーに同じく赤い瞳で褐色の女性。前髪はおでこを出しており、額にはルビーのような赤い宝石が埋まっていた。

 いつものように何も着ていないので、オレも九十九神だろうな、とはわかる。


「クリームったら、今度の当代様をうまくたらし込んだのね。

 あの女神に反逆させるとはやるじゃないの」


 褐色の女はクリームとオレを見てニヤニヤ笑っている。

 とりあえず、服を着ろ。

 あと、大人の色っぽい女みたいな態度だが、背も小さくてスレンダー控えめ体型だ。


「ユーリ様相手にそんな言葉づかい許しませんよ」


 クリームは褐色の女を睨みつけた。


「はは、クリームのその反応見たことないわね。

 まさか、当代に惚れてるっていうの?」


 ハガネはいつのまにかヒト型となって、褐色の女を威嚇していた。


「クリーム様、ユーリに向かって態度の悪い女神は私が滅します。

 よろしいですね」


 ハガネはオレを軽く扱うこの女を良く思っていないみたいだ。


「私も、同意見ですが……残念ながらこの女は役に立ちましてね。

 決して信頼はできませんけど。

 女神と我々と、どちらが勝つか今の今まで様子を見ていたのでしょう」

「ハハ、だってしょうがないわよ。

 今まであいつに勝てる奴なんていなかったじゃない」


 褐色の女は悪びれもなく言い放つ。

 

「感じの悪い女だな」

「ひどいこと言うわねえ、ユーリ様」


 褐色の女は、微笑みを崩さない。

 体型と似合ってないけどな


「この女、ムドラもただの剣となった女神を見限り、我々につくつもりでしょう。

 まあ、嫌がったところでユーリ様が無理やりモノにしてしまえばいいのですが」


 クリームは短剣を指刺した。


「【封印の剣】ムドラよ。

 ユーリ様に従い、女神を封神しなさい」

「ま、さっきの言い草もただの強がりだしさ。

 どうせ、ユーリ様にはいい様にされるんだから。

 私の体なんて、どうとでも使えばいいわ」


 ムドラは封印の剣となって、オレの手に来た。

 オレがムドラを握りこむと、ひとりでにどう使えばいいかが分かる。

 これも、オレのスキル【九十九神】の効果だ。


 オレは剣を水平に突き出し、口上を述べる。

 

「6本の氷の短剣よ。

 汝が抱きし女神のかけら、刀身奥深くへ押し込めよ。

 【封神・武器堕とし】」


 封印の剣の剣先で刀身に触れていく。


 氷剣からキラキラと光るエネルギーが抜けていき、封印の剣にまとわりついた。


――クリーム、女神がアンタたちから奪った力だよ、受取りな。


 ムドラの言葉に合わせてオレが跳躍し、一振りすると光が飛び出していってクリームやルタ、イゾルデへと向かっていく。


「ああ、力が戻ってきました」


 クリームやブリュンヒルデはうれしそうにしているが、九十九神から奪った力が女神から抜け出て、女神が完全に封神されたことで女神が維持していた結界が弱まり、あちこちで地割れや竜巻、雷鳴等、異常気象が起きていた。


「イゾルデ、ブリュンヒルデ、そしてムドラ。

 あなたたちもわかっているように女神は強大です。

 こうして幾重の手順を踏んで封神したことでさえ、あざ笑うかのように復活して見せるかもしれません。

 だから、6つに分割したのです。

 女神の氷剣のうち、4つを東西南北に分けて埋め、結界の維持に役立ってもらいましょう

 それでよろしいでしょうか、ユーリ様」


 こういった神事にはオレは疎いからクリームやみんなに任せっきりだ。

 それでも、一応オレの指示を仰いでくれる。


「うん、それで」


 クリームは嬉しそうに笑った


「では、氷剣を各自各所に埋めてきなさい。

 散開!」


 イゾルデと、ブリュンヒルデとムドラは氷の剣を持ち、飛び立っていった。


「さて、私も旅立つとしましょうか」


 クリームが飛び立とうとしていた。


「待って」


 建物の陰から半分ほど姿を現した茶色のポニーテールの背の低い女。

 我が国きっての癒し手、オリガ・ベリヤ。


「あなた、まだ痛みが残っているでしょう」


 オリガが、呪文を詠唱した。

 オリガの指先から放たれた魔力がクリームにしみ込んでいく。


「内部の細胞の修復を助ける魔法と痛みを抑える魔法です。

 女神とはいえ、受肉したあなたになら効果があると思います」

「ありがとうございます」


 オリガは、クリームに一礼するとオレに向かって笑いかけた。


「ユーリ、あなたとはいつかお茶でもと思っていましたが……私はソフィアと離れ、一人になるロランを放ってはおけないのです。

 ソフィアを頼みます、ユーリ」


 オリガは、あっという間に塔の陰に隠れるとどこかへ行ってしまったようだ。

 ロランも、いつの間にやらいなくなっていた。


「それでは、私も旅立ちます」


 クリームと伝説級の武器たちは、女神の氷の剣を携えて各所へ天変地異を治めに向かった。


 ☆★


 王都を制圧したオレたちは疲労がたまっていたので各々の部屋に戻って泥のように眠った。

 ゆっくり眠って疲れを取ってから、この国をどのように治めるかを決めていくのだろう。


 獣人と人が手を取り合って暮らしていける、誰もが追い出されない世界――なんて言うと理想家に過ぎるだろうか。

 隅っこで生きている人を追い出すような世界にして欲しくない。

 オレが望むのはそれくらいだけど、案外これが難しいってこともオレは知っている。


 ベッドで眠るソフィアの横で、そんなことを考えていた。


 封印の剣ムドラの破片が体を食い破った傷はオリガの手当てによってきれいに治療されていたらしい。

 応急お抱えの癒し手たちを呼んできて、体に傷跡がないか丹念に見て回らせた。

 背中の火傷以外に後遺症となるような大きな外傷はないそうだ。


 ……良かった。少し安心した。

  

 zzzzz


 オレの手に温かな感触がある。

 いつのまにか眠ってしまったようだ。

 顔を上げると、ソフィアが微笑んでいた。


「ただいま、ユーリ」

「おかえり、ソフィア」


 オレたちはおはようじゃない挨拶をした。


「起きたらドレスでもなくて教会でもなくて、ユーリがいて……本当にビックリしたの」


 ソフィアは白くて肌触りのいいワンピースを着ている。

 ゆっくり眠れるよう、オレがシザーに頼んで作ってもらった。


「説明しようと思ったんだけど、寝ちゃってごめんね」

「ううん。

 活躍したから疲れたんでしょ?」


 ソフィアはオレの手をぎゅっと握り続けている。


「私、ユーリに勝ちたかった。

 だって、ユーリはいつも私の先にいたから。

 憧れていたんだ、そしていつの日かユーリに勝って認めてほしかったの」


 ソフィアはオレの手を握った手を自分の胸の前に持っていった。


「でも、ユーリは優しいから私と戦いたくないんだよね。

 今回だって、私ずっと眠らされてたみたいだし」


 ソフィアはちょっとなじるような表情を見せた。


「ソフィア、これからどうするんだ?」

「どうするって……国を滅ぼして私の嫁ぎ先のガガーリン家を潰して、教会から花嫁姿の私をさらっておいて……そんなこと言うの?」


 ソフィアがオレを引き寄せた。


「それもそうだな」

「……ユーリ、今まで辛い思いをさせてごめんね」

「ようやく悪い夢から覚めることができたんだ、ソフィアは悪くない」




「もし、許してくれるなら……ユーリと一緒に今までの7年間をやり直したい。

 ずっと、ずっと……色んなことを話したかったよ、ユーリ」

 ソフィアはオレを見つめている。


「好きだよ、ユーリ」


 よくとかしてある艶やかな金色の髪、意思の強さを表している大きな青い瞳。

 誰もが振り返るその美貌を見つめて、ソフィアは()()()()()()()なあと思った。


「オレもずっと好きだったよ。ソフィア」


 どちらからともなく抱き締めあった。


「好きだった、か。

 ユーリは誠実なヒトだよね……褒めてはないからね」


 褒めてないなら、何なんだろうか。

 ソフィアはオレの左手に触った。


「木の指輪か。

 7年間ユーリを支えてくれた子にも感謝しないとね」


 ソフィアはオレの右手をとると、呪文を詠唱した。


 ソフィアが息を吹きかけると、氷の指輪が二つ。


「ねえ、ユーリ。

 これから、7年分の思い出を取り戻すための約束の指輪だよ」


 ソフィアが木の指輪をはめているオレの指に重ねて氷の指輪をはめた。もう一つの指輪はソフィアの手の左手薬指にはめていた。


「私まだ疲れているみたい。

 横になるね。

 ユーリも疲れているだろうけど、指輪が溶けるまでは一緒にいて、話をしてくれる?」

「もちろん」


 傷を負ったソフィアに無理はさせられない。

 ソフィアがベッドの中から伸ばしてきた手を強く握った。


 ……ソフィアがオレを嫌っていた7年間でも、確かにオレとソフィアの思い出は存在したんだ。

 その時の話や、追放されてからの話、ネコ族の村での暮らしなど、一晩中話しても話題は尽きなかった。

 一晩中、氷の指輪は溶けずソフィアが寝たのは明け方になってからだった。

 時折、オレの薬指に冷気が当たっていたからソフィアが魔法をかけ直していたのかもしれない。

 オレもソフィアとずっと話していたかったから気づかないふりをしたけど。



 ソフィアが寝たのを確認して、オレは部屋を出た。

 廊下には、鎧姿のハガネが壁にもたれかかって寝ていた。


 オレを心配して立ち聞きしていたのか?

 このままだと風邪を引くだろうから、オレの部屋に連れていこう。


 いわゆるお姫様抱っこでハガネを連れていく。

 オレに用意された寝室の扉を開け、ベッドにハガネを寝かせた。


「ん……」


 ハガネは目を覚ましたみたい。


「どうして、廊下で寝てたんだ」

「ソフィアが、ユーリに斬りかかられたらどうしようって思って。

 

 まだスキルが消えたことに半信半疑なんだろうか。

 

「ソフィアはもう、オレに攻撃しないよ。

 もともと心の優しいヤツなんだ」

「うん、それは知ってるよ」


 ハガネはあたりを見回している。

 

「ユーリは王様だから大きな寝室で寝るんじゃないの?」

「今日はこの部屋がいいんだ。

 ここは、よく眠れるんだ」

「ふーん、ただの部屋みたいに見えるけど」

「オレには大切な場所だからな」


 オレは聖水と清潔な布を用意して床に座った。


「一生懸命戦ったハガネを、労って拭き清めてやろう」

「急にどうしたの? 聖水まで取り出して……ねえ、ユーリ。

 昔を思い出すね。

 ユーリはいつも丁寧に私を扱ってくれていたよね。

 そう、ユーリが追放された時だって……あ!」


 ようやく気付いたのか興奮気味に立ち上がって部屋をくるくる見渡している。

 ハガネは鈍い、鈍すぎるぞ。


「私が九十九神になって、ユーリと会った場所だ!」


 ハガネは興奮してぴょんぴょん飛び跳ねている。


「せっかく王都に戻ったから、思い出の場所に来たかった。

 オレは、王都にはロクな思い出がないけど、ここだけには、来たかったんだ。

 ハガネと一緒に」

「ユーリ!」


 ハガネがオレの胸に突っ込んできた。

 ぎゅっと強く抱きしめた。


「あの時みたいに拭き清めてやるからな」

「うん!」


 ハガネはその場でぴょんっと跳んで剣型になった。オレとハガネは今までの戦いなどを振り返りながら、ハガネをきれいに拭いてあげた。

 

「じゃあ、一緒に寝ようかユーリ」

「うん」


 ヒト型となったハガネと一緒にベッドに入った。


「ハガネの仕事は終わらないから」

「そうかなあ、ユーリを寂しがらせない仕事は大成功だと思うんだけどなあ」


 ハガネは自分の仕事を誇りたいようだ。

 でも、オレはハガネにずっとオレの側にいる仕事をしてほしいんだ。


「この指輪がなくなるまでは一緒にいてよ」

「じゃあ、それまでの間だけだからね」


 疲れていたのか、ハガネの言葉を聞いた途端、安心して寝てしまった。


「ユーリ、お休みなさい。

 っていってもあと一時間もしないうちにご飯ができたって起こされるだろうけどね。

 ……それまでは、私の胸を貸してあげるよ」


 あとでハガネに聞いたところによると、オレは寝ぼけながらもありがたく借りていたらしい。


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